優れた研究は論文執筆のかなり前から始まっている
Nature は、研究の再現性が低いという差し迫った問題に対処するため、2013年から生命科学分野の論文の著者に追加情報の提出を求めています(2013年7月号「論文の内容を再現・再確認できるようにする新方針」、2015年2月号「再現性向上を目指して論文誌が団結」参照)。Nature に掲載された論文の著者を対象として2016~2017年に実施された調査では、回答者の86%が、再現性が低いという問題が生命科学分野で深刻化していると考えていることが判明しました(go.nature.com/2vm2fxwおよび2016年8月号「『再現性の危機』はあるか?−調査結果−」参照)。
現在Nature では、生命科学分野の研究者の皆さまが弊誌に論文を投稿される際に、reporting summary(研究報告要約)フォームの記入・提出も求めています(nature.com/nature-portfolio/editorial-policies/reporting-standards参照)。このチェックリストでは、実験的知見が再現されたかどうか、適切なサンプルサイズをどのように決定したか、サンプルを無作為化したかどうか、データ評価者にはどの試験群を割り当てたかを知らせていないかどうかについて、論文著者が明記することを義務付けています。
このようなチェックリストは、査読者に送付され、生命科学分野の各論文に添付されて、学術誌に掲載され、研究報告の透明性向上に役立ってきました1,2。しかし、多くの学術誌の編集者や研究者は、やるべきことがまだあると認識しています。
2017年に、このような透明性と再現性を確保するための系統的アプローチを改善し、より多くの学術誌で採用されるようにする方法を議論する会合が開かれました。その結果が、Materials Design Analysis Reporting(MDAR;材料設計分析報告)フレームワークです。この枠組みの詳細は2021年4月に発表されました3。
このMDARイニシアチブは、Science、Cell Press、Public Library of Science、eLife、Wiley、Nature Portfolio各社の編集者が、再現性や研究改善の専門家と共同で行った取り組みの成果です。その目的は、生命科学の論文原稿の4つの領域において、これまで以上に詳細な情報の開示を促進することにあります。4つの領域とは、1)材料(試薬、実験動物、モデル生物など)、2)データ、3)分析(コードや統計を含む)、4)報告(分野別ガイドラインの順守)です。Nature の基準には、MDARイニシアチブの目的の大部分が含まれていますが、さらなるすり合わせが計画されています。また、MDARは、設立メンバー以外の学術誌にも参加を呼びかけています。
ただし、この活動領域で重要な役割を果たすのは、出版社だけではありません。この新しい枠組みに対応する研究助成機関や大学がどれくらいになるかが、極めて重要な試金石となるのです。透明性と再現性の向上につながるイニシアチブは全て歓迎すべきです。しかし、MDARが登場したのは、欧州の最大級の研究助成機関の一部が、研究における負担や煩雑な形式的手続きと考えられるものを削減する計画を発表した頃だったのです。例えば、欧州委員会は、医薬品法制の見直しを行っており、その目的の1つは、煩雑な形式的手続きを減らすことです。そして英国政府は、サセックス大学(ブライトン)の副学長アダム・ティッケル氏を、研究者の煩雑な形式的手続きを減らすことを明確に目的とした「見直し活動」のリーダーに任命しました。
これらの研究助成機関がこうした措置を画策する目的の1つに、科学におけるイノベーションと競争力の障害になると認識されているものを取り除くことがあります。しかし、その結果として、質の高い施策を成功に導くのに不可欠な研究管理と運営支援への資金が削減されることになれば、透明性と再現性を向上させるための取り組みにも影響が及ぶことになります。
この点については、全ての関係者(研究助成機関、出版社、研究管理者、管理担当者)が同じ考えを持つ必要があります。特に欧州諸国の全国レベルと地域レベルの研究助成機関が忘れてならないのは、透明性と再現性を高める取り組みとは、科学研究の過程と科学研究の公正の基盤をなすものであり、決して「煩雑な形式的手続き」ではないということです。
幸いなことに、多くの研究者がこの流れを積極的に評価しています。2019年に行われた予備研究では、289本の論文原稿に関与した33人の学術誌編集者と211人の著者の協力の下、MDARチェックリストの検証が行われ(go.nature.com/3xaue84参照)、拡張されたチェックリストが役立つという回答が、編集者と著者のそれぞれ大部分から得られました。また、Nature の2016~2017年の調査では、回答者の約4分の3が、Nature に論文投稿する予定があるかどうかにかかわらず、そのチェックリストをある程度利用すると答えています。
これと並行して、歓迎すべき展開がありました。研究者とNature の各種学術誌をはじめとする学術出版社が、Registered Report(査読付き事前登録研究論文)と呼ばれる方式を取り入れたことです。この方式では、研究者が、研究プロジェクトの詳細な企画書を提出し、この企画書には、研究課題、研究計画、研究方法などが記載されます(go.nature.com/335ovtf参照)。編集者が査読の実施を承認し、査読者が企画書を十分にロバストだと判断した場合、研究結果のいかんにかかわらず、論文誌での論文出版が約束されます(2019年10月号「研究のプロセスも高く評価する論文形式」参照)。
優れた研究は、論文を執筆し始めるよりもかなり前から始まっていることを、研究過程に携わる全ての人々が知っています。科学の進歩は、キラキラした輝きやシンバルの音と共にやってくるのではなく、何年にもわたる熟考、実験的検証や継続的な精緻化を経て、慎重に作成された文章によってもたらされます。MDARフレームワークもそのような成果の1つです。科学に関わる各種組織が、透明性と再現性の向上を求める研究者の声に応える時が来たのです。MDARが全てを解決するわけではありません。しかし、研究の信頼性を高めることができれば、MDARに寄せられた期待にある程度応えることができると考えられます。
翻訳:菊川要
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 8
DOI: 10.1038/ndigest.2021.210847
原文
Good research begins long before papers get written- Nature (2021-04-29) | DOI: 10.1038/d41586-021-01167-9
参考文献
- Hair, K. et al. Res. Integr. Peer Rev. 4, 12 (2019).
- The NPQIP Collaborative group BMJ Open Sci. 3, e000035 (2019).
- Macleod, M. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 118, e2103238118 (2021).
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