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生物時計を逆回しして老齢マウスの視力を回復

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210304

原文:Nature (2020-12-02) | doi: 10.1038/d41586-020-03403-0 | Reversal of biological clock restores vision in old mice

Heidi Ledford

加齢によるエピジェネティックな変化を操作して加齢関連の衰退を逆行させるという、新しいアプローチが示唆された。

細胞のリプログラミングによって、網膜神経が損傷したマウスの視力を回復できることが報告された。 | 拡大する

Qilai Shen/Bloomberg/Getty

細胞の老化に伴ってDNAに蓄積する数千の化学マークのいくつかをリセットすることで、老齢マウスと網膜神経が損傷しているマウスで視力が回復したことが、Nature 2020年12月3日号124ページ1で発表された。いくつかの細胞をリプログラミングして「若い」状態に戻すと、それらの細胞は損傷を受けた組織をよりうまく修復したり置換したりすることができるようになるというのだ。

「重大な節目となる成果です。哺乳動物の組織再生を高められることを明確に示しています」と話すのは、ソーク生物学研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の発生生物学者Juan Carlos Izpisua Belmonteだ(研究には参加していない)。

しかし、今回発表された成果はまだマウスでしか行われていない。研究者たちは、このアプローチがヒトにも有効なのか、また、時間経過によって損傷が進んでいく他の組織や器官にも通用するのかはまだ不明だとも警告する。

視力回復アプローチ

加齢は無数のやり方で体に影響を与える。例えば、DNA上のメチル基などの化学基が付加されたり、除去されたり、変更されたりといったことが起こる。こうした「エピジェネティック」な変化は人が年を取るにつれて蓄積していく。一部の研究者は、そうした変化の追跡は、生物学的年齢を測定する分子時計を較正する方法の1つだと提案している。生物学的年齢とは、生物学的消耗を考慮に入れる評価法で、実際の年齢とは異なる場合がある(2014年5月号「感染病原体が犯罪を暴く」、2019年5月号「明らかになってきた細胞の老化像」参照)。

そこで、加齢による影響にエピジェネティックな変化が関与している可能性が浮上した。「私たちは、『エピジェネティックな変化が老化の駆動因子の1つであるなら、エピゲノムを変化させることは可能か?』という疑問からスタートしました。時計を逆回しすることはできるのか、ということです」と、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の遺伝学者で、今回の論文の共著者であるDavid Sinclairは言う。

このアプローチがうまくいく可能性は既に示唆されていた。2016年にBelmonteらは、通常よりも早く年を取るように遺伝子改変されたマウスで4つの遺伝子を発現させた場合の影響について報告した2。これらの遺伝子を活性化させると、細胞が自らのアイデンティティー(例えば、皮膚細胞が皮膚細胞のように見えて、皮膚細胞のように振る舞うといった特徴)を失い、幹細胞のような状態に戻り得ることが既に知られていた(2014年5月号「遺伝子の調節で老いた筋肉を若返らせる」参照)。しかし、Belmonteのチームは、遺伝子を活性化させてそのままにする代わりに、数日間だけ遺伝子を活性化させた後に再びスイッチをオフにした。細胞のアイデンティティーは消えずに「若い」状態に戻ることを期待したのだ。

その結果、マウスの老化は遅くなり、エピジェネティックマークのパターンは若い動物のもののようになった。しかし、この技術には欠点があった。以前の研究で、これらの遺伝子の余分なコピーが存在していたり、長期間発現していたりすると、一部のマウスで腫瘍が発生することが示されていたのだ。

網膜神経節細胞(RGC)は視覚情報を軸索と呼ばれる神経突起に沿って目から脳へと伝える。RGC軸索が損傷するとこの情報の伝達が妨げられ、視力喪失につながる。Luらはマウスにおいて、OSKと呼ばれる転写因子カクテル(Oct4、Sox2、Klf4、c-Myc)が細胞をより若い状態に戻し、その結果、軸索が再生して視力が回復すると報告している2。 | 拡大する

Huberman, A. D. Nature 588, 35–36 (2020).

Sinclairの研究室に所属する遺伝学者Yuancheng Luは、より安全に細胞を若返らせる方法を探した。彼は、Belmonteのチームが使用した4つの遺伝子のうち、がんに関連する1つを外して、残りの3つをウイルスに詰め込んだ。このウイルスを使えばそれらの遺伝子を細胞に送り込むことができる。加えて、スイッチも一緒に詰め込んで、ある薬剤を添加した水をマウスに与えれば遺伝子を活性化できるようにした。薬を与えなければ、再び遺伝子はスイッチオフになるだろう。

哺乳動物は、発達の初期に中枢神経系のコンポーネントを作り直す能力を失う。そこでLuらは、中枢神経系でこの手法を試すことにした。彼らが選んだのは目の網膜神経だ。最初にウイルスを目に注入して、3つの遺伝子の発現によって損傷した神経が再生するかを調べた。損傷した神経を治療する方法はそれまで見つかっていなかった。

Luは、損傷した目の細胞から神経が再生するのを初めて見たときのことを忘れない。「まるで損傷部位からクラゲが成長してくるようでした。それは息をのむ瞬間でした」と彼は言う。

研究チームはさらに、加齢関連視力喪失のマウスまたは緑内障の顕著な特徴である眼圧上昇が見られるマウスで、このシステムによる視力の改善を示した。また、この手法はマウスと実験室で培養されたヒト細胞で、エピジェネティックパターンをより若い状態へとリセットした。

細胞がより若いエピジェネティックな状態の記憶を保存している仕組みはまだ明らかではないが、我々はその解明に取り組んでいるとSinclairは言う。

その間にハーバード大学は、同じくボストンにあるライフ・バイオサイエンシズ社(Life Biosciences)にこの技術の使用を許可した。Sinclairによれば、同社はヒトを対象とした臨床使用法の開発を視野に、前臨床安全評価を行っている。この技術は、視力喪失に対する革新的な治療アプローチとなるだろうと、分子臨床眼科研究所(スイス・バーゼル)の所長を務めるBotond Roskaは言うが、この技術をヒトで安全に使用できる形に持っていくには、おそらく、方法をかなり洗練させなければならないだろうと言い足す。

加齢研究の歴史には、有望視されながらも実現できていない「約束」、つまり若さの泉となる可能性がうたわれたがヒトへの応用に失敗したものが散見される。10年以上前にSinclairは、サーチュインと呼ばれるタンパク質を活性化する化合物(赤ワインに含まれる物質など)が寿命を延ばす可能性を示唆し、センセーションを巻き起こした。Sinclairや他の研究者は今も、元々酵母で観察されたサーチュインと老化の関連を研究している。しかし、そのような化合物を使えばヒトの寿命を延ばせるという考え方はいまだに証明されておらず、議論の的になってきた。

最終的には、これが検証されるのは、他の研究室がこのリプログラミング研究を再現する試みを行って、そのアプローチを加齢によって影響を受ける心臓、肺、腎臓などの他の器官で試すときだろうと、バック加齢研究所(米国カリフォルニア州ノバト)の細胞生物学者Judith Campisiは言う。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Lu, Y. et al. Nature 588, 124–129 (2020).
  2. Ocampo, A. et al. Cell 167, 1719–1733 (2016).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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