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放射性炭素年代測定法が大幅改訂へ

放射性炭素年代測定法では、樹木の年輪年代データが較正の基礎になっている。 Credit: Tomekbudujedomek/Moment/Getty

放射性炭素年代測定法は、先史時代の試料の年代決定に欠かすことのできない重要なツールで、測定結果は較正曲線を用いて暦年代へと変換される。この較正曲線が今回、数千に及ぶ新たなデータに基づき、7年ぶりに改訂されることになった。この更新は、多くの考古学的試料の推定年代に影響を及ぼす可能性があり、例えばシベリア最古の現生人類の化石の年代は、以前の推定結果より1000年新しくなるという。今回の改訂ではまた、較正の適用限界も5万5000年前まで延長される。これは、現在使われている2013年版の限界年代よりも5000年古い。

この待望の改訂に、考古学者たちは完全に舞い上がっている。「新型コロナウイルス対策のロックダウンが長過ぎたせいか、較正曲線が改訂されると知ってもう大興奮です!」と、オタゴ大学(ニュージーランド・ダニーディン)の考古学者Nicholas Suttonは早速ツイートした。

ほとんどの場合、再較正によって変化する年代の幅はわずかだが、事象の年代を狭い時間枠内に特定しようとする考古学者や古生態学者にとっては、微小な調整も大きな違いとなり得る。そのため、今回の較正曲線の改訂は先史時代を理解する上で「決定的に重要だ」と、オックスフォード大学オックスフォード 放射性炭素加速器ユニット(ORAU; 英国)のディレクターで考古年代学者のTom Highamは言う。

年代測定の試み

放射性炭素年代測定法の原理は単純だ。自然界の放射性炭素(14C)は、大気圏上層で宇宙線の作用による核反応で生成し、二酸化炭素として大気中を拡散する。生物体内の14C濃度は、生きている間は周囲環境と同じに保たれているが、死ぬと炭素の取り込みが止まるため、蓄積された14Cは放射性崩壊によって徐々に減少していく。従って、残された14Cの量を測定することで、死後の経過時間を推定できるのだ。

14C年代の計算では、環境中の14C量が過去から現在まで地球全体で常に一定だったと仮定しているが、実際はそうではない。地磁気や太陽活動の変動によって地球に降り注ぐ宇宙線の強度が変化するため、大気中の14C量もそれを反映して増減する。また、ここ数十年に関しては、化石燃料の大量燃焼に伴う大気中14C濃度の大幅な減少や、度重なる大気圏内核実験に起因する14C濃度の劇的な増加など、人為起源の変動が複数確認されている。そのため、14C年代の暦年代への変換では、これらの変動を全て反映させた較正曲線が必要だ。

それだけではない。海洋は炭素を大量に吸収するため、海洋面積が広い南半球の方が北半球より大気中14C濃度が低く、また、海中の炭素はより長い時間をかけて循環するため、その14C年代は大気中のものより数百年古いなど、事態はさらに複雑だ。そのため、放射性炭素年代測定法では、北半球用の「IntCal」、南半球用の「SHCal」、海洋用の「Marine」と領域ごとに異なる3つの較正曲線が用意されている。これらは、1998年に初めて国際基準として導入されて以来、最新のデータに基づいて計3回見直されてきた。今回、国際研究グループによってまとめ上げられた新たな較正曲線は、IntCal20、SHCal20、Marine20としてRadiocarbon 第62巻第4号に掲載される(2020年8月を予定)。

14C年代の暦年代への較正は、1960年代から主に樹木を用いて行われてきた。年輪を数えて暦年代を決定した上で、その年輪試料について14C年代測定を行い、年輪年代と14C年代とを対応させるのである。これまでに年輪データが得られている単独の樹木(非クローン樹木)として最古のものは、米国カリフォルニア州のブリッスルコーンパイン(Pinus Longaeva)で、その樹齢は約5000歳に達する。こうした長寿の樹木の情報に加え、埋もれ木や古建築部材など、年代の異なる複数の樹木の年輪幅の変動パターンを対比させて次々とつなぎ合わせることで、さらに時代をさかのぼる較正データが得られる。今回の改訂では、それが1万3910年前まで延長された。

これより古い年代の較正には、湖沼や海洋の年縞堆積物、洞窟の石筍、サンゴに、ウラン–トリウム(U–Th)年代測定法などの別の手法を適用して得られた年代データが使われてきた。近年、そうした技術の進歩によって数々の重要な成果が報告されており、今回の較正データにはそれらが加わっている。例えば、2018年には中国の葫芦洞(Hulu Cave)の石筍から、5万4000年前までさかのぼる14C年代とU–Th年代の対応データが得られている1

IntCal20の作成で用いられたデータポイントの数は実に1万2904と、2013年版のIntCal13(データポイント数7019)に比べて2倍近い。「はるかに満足のいく結果が得られました」と語るのは、IntCal作業部会の議長を務める、クイーンズ大学ベルファスト校(英国)の放射性炭素年代測定施設14CHRONO Centreの所長Paula Reimerだ。例えば、約4万年前に起きたとされる地磁気エクスカーション(地球磁場の大きな変動)は、IntCal13では14C濃度のピークが低過ぎる上、その年代も500年古かったが、新しい較正曲線ではこうした欠点が修正されているという。

再較正と再評価

IntCal20発表に先立ちオンラインで公開された関連論文では、実際にいくつかの試料で再較正が行われている2。ルーマニアのペシュテラ・ク・ワセで発見されたホモ・サピエンスの下顎標本の年代は、IntCal13による較正では約4万1770~3万7310年前だが、IntCal20では約4万1900〜3万7700年前(共に95.4%信頼区間)と数百年古くなる。この標本の遺伝子解析からは、わずか4~6世代前の祖先の1人がネアンデルタール人だったことが分かっているため、「この見直しで、欧州にネアンデルタール人がいた年代も数百年さかのぼることになります」とHighamは説明する。一方、シベリアのウスチイシムで発見されたホモ・サピエンスの大腿骨標本は、IntCal13による較正では約4万6880~4万3210年前だが、IntCal20では約4万5950〜4万2890年前(同上)と1000年近く新しくなる。「これは、中央シベリアで最古とされる現生人類の年代が変わることを意味します」とHigham(2015年7月号「欧州最古の現生人類化石、4世代前にネアンデルタール人と混血か?」参照)。しかし、誤差の原因は較正の影響だけではないと彼は指摘する。「これほど古い骨の場合、年代測定に最も影響を与えるのはコンタミネーションです」。

再較正の試みは、先史時代の環境事象の再評価にも役立つだろう。例えば、ギリシャのサントリーニ島で起きたミノア噴火の時期については、数十年にわたり議論が続いている。これまで、放射性炭素年代測定法で得られた最良の年代は概して紀元前1600年代後半と、従来の考古学的評価で得られた結果より100年以上古かった。今回、IntCal20の作成過程でこの時代の年輪年代測定が精力的に行われた結果、較正の正確さは大幅に向上したが、較正曲線の凹凸が増大したため単一の14C年代に6つの暦年代候補が存在するなど、複雑さは増しているという。とはいえ、最も可能性が高いのは紀元前1605年ごろと紀元前1595年ごろで、いずれもIntCal13で較正された年代より5〜15年新しい2。「まだ議論は続いています。確かな答えはないのです」とReimerは言う。

それでも、この5万年間の人類史に少しでも関わっている研究者であれば、誰もが今回の改訂を歓迎するだろうとHighamは言う。「過去を研究するのが、たまらなく面白い時代になりました」。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200702

原文

Carbon dating, the archaeological workhorse, is getting a major reboot
  • Nature (2020-05-19) | DOI: 10.1038/d41586-020-01499-y
  • Nicola Jones

参考文献

  1. Cheng, H. et al. Science 362, 1293–1297 (2018).
  2. van der Plicht, J. et al. Radiocarbon https://doi.org/10.1017/RDC.2020.22 (2020).