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珍しい北極のオゾンホールが異例の大きさに

北極のオゾンホール
この春、北極上空のオゾン層に記録的な大きさの穴が開いた。南極上空では毎年春になるとオゾンホールが現れるが、北極上空では珍しく、前回観測されたのは2011年だった。 Credit: SOURCE: NASA OZONE WATCH

2020年3月下旬、北極地方中央部の上空にオゾン濃度が記録的に低い領域が大きく広がり、その範囲はグリーンランドの面積の約3倍に及んだ(「北極のオゾンホール」参照)。数週間で消滅すると予想されたが、記録に残る異常な大気現象だといえる。

ドイツ航空宇宙センター(オーバープファッフェンホーフェン)の大気科学者Martin Damerisは、「北極のオゾンホールについて語れるのは、これが初めてではないでしょうか」と言う。

大気中のオゾン濃度が高くなっているオゾン層は、通常、高度約10~50kmの成層圏にあり、太陽からの有害な紫外線を吸収して地上の生命を保護している。毎年、南極地方が冬になると、極端な低温により上空の高高度に極成層圏雲という特殊な雲が形成される。冷媒やその他の工業発生源に由来する塩素や臭素を含む化学物質は、この雲の表面で、オゾンを破壊する化学反応を引き起こす。ユーリッヒ研究センター(ドイツ)の大気科学者であるJens-Uwe Grooßによると、北極ではここまで低温になることは滅多になく、また気温の変動が大きいため、普通はオゾン層の破壊は起こらないという。

しかし今年は北極の周りで強い偏西風が吹き、低温の空気を「極渦」の中に閉じ込めた。アルフレッド・ウェゲナー極地・海洋研究所(ドイツ・ポツダム)の大気科学者Markus Rexは、北極上空には1979年の観測開始以来、最も多くの寒気があったと言う。この低温の中で高高度雲が形成され、オゾンを破壊する化学反応が始まったのだ。

研究者たちは、北極地方の観測所から観測気球を上げて大気中のオゾン濃度を測定している。3月下旬の観測では、オゾン層の中心にあたる高度18kmでのオゾン濃度が90%も減少していた。気球が観測するオゾン濃度は通常は約3.5ppmだが、今回は約0.3ppmだったとRexは言う。「オゾン層がここまで破壊されたことは過去にありませんでした」。

北極地方では1997年と2011年にもオゾン層の破壊が見られたが(G. L. Manney et al. Nature 478, 469-475; 2011)、2020年のオゾン層破壊はそれらを上回るものになりそうだ。ノースウエスト・リサーチ・アソシエイツ(NWRA;米国ニューメキシコ州ソコロ)の大気科学者Gloria Manneyは、「少なくとも2011年と同程度のオゾン層破壊が起きています。それ以上になる徴候も見えています」と言う。NASAの人工衛星に搭載された大気中の塩素を測定する観測機器を使用している彼女は、塩素はまだかなり残っていて、今後数日間にわたりオゾンを破壊することになると言う。

しかし、3月下旬の高緯度地域では太陽が地平線の上に顔を出すようになったばかりであり、北極のオゾンホールはこの地域の人々の健康への脅威とはならないだろうとRexは言う。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200706

原文

Rare ozone hole opens over the Arctic — and it’s big
  • Nature (2020-03-27) | DOI: 10.1038/d41586-020-00904-w
  • Alexandra Witze
  • 註:世界気象機関(WMO)は5月1日、4月に成層圏の気温が上昇したことで極渦が縮小し、また低緯度地方のオゾンに富む大気が流入してきたことで、北極上空のオゾンホールは消失したと発表した。