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オピオイド危機と闘う科学者

Nora Volkowは依存症研究に対する世界最大の研究資金提供機関を率いている。彼女は今、オピオイド蔓延問題における自身最大の試練に直面している。

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ALEJANDRA RAJAL FOR NATURE

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200716

原文:Nature (2020-04-09) | doi: 10.1038/d41586-020-00921-9 | The psychiatrist at the centre of the opioid crisis

Emiliano Rodríguez Mega

1995年2月のある金曜日の寒い夜に、依存症研究者のNora Volkowは、ブルックヘブン国立研究所(米国ニューヨーク州アプトン)での長い一日を終えて、夫と共に車に乗り込んだ。木々や道路は表面を氷に覆われ、きらきらと輝いている。しかし坂に差し掛かったとき、タイヤがスリップし、車は制御を失ってスピンした。対向車が自分の側のドアに向かって突っ込んで来る。Volkowは体を丸めて身を守ろうとした。

金属が彼女の肉に食い込んだ。痛みは容赦なかった。ようやく消防隊がやって来て車から救い出され、救急車で一番近くの救急病棟に運ばれた。そこでドクターが処方したのがデメロールだった。デメロールはメペリジンとも呼ばれる強力で非常に依存性の強いオピオイド鎮痛薬で、モルヒネと似た作用がある。

Volkowは数え切れないほど長い時間を依存症患者との面談に費やし、薬物乱用のメカニズムに関する論文を何百編も読んできた。だが、どちらもその次に起こったことに対処する準備にはならなかった。

「えも言われぬ感覚でした。素晴らしいとしか表現できません」とVolkowは言う。そのエクスタシーの瞬間(彼女はそれを長く続く性的快感に匹敵するものだと説明する)は他の全ての感情を覆い隠してしまった。入院中の数日間、デメロールを服用し、退院時にはその薬を処方された。しかし、彼女は絶対に飲まないと決めていた。恐ろしかったのだ。一度飲み始めるとやめられなくなる患者を見てきたからだ。薬の助けなしで痛みに耐えてやると思った。

ところがその晩、これまで一度も感じたことがない不快感に襲われた。落ち着かなくなり、興奮して、絶望的な気分になった。Volkowは鎮痛剤を飲んだ。すると、幻のように、不快感は消え去った。

「そのとき私は、依存がどれくらい素早く生じるかを悟ったのです」と彼女は言う。「同時に、私自身が麻薬性鎮静剤を非常に恐れているということにも気付きました」。

25年後、Volkowの名前は依存症分野以外にも広く知られるようになった。神経科学者である彼女は、2003年以来、国立薬物乱用研究所(NIDA;米国メリーランド州ロックビル)の所長を務め、依存症は心の弱さというよりむしろ脳の疾患であるという考え方を擁護してきた。彼女の指揮の下、NIDAは依存症の生物学的基盤の研究を最優先させて、医療システムおよび刑事司法制度における薬物乱用者への不当な扱いと闘ってきた。

だが、彼女の探求はここへ来て新たな緊急性を帯びてきた。大麻の法的扱いの変化、電子タバコ市場の成長、コカインとメタンフェタミン流行の突然の復活、そして国内の多くの地域を荒廃させてきた20年にわたるオピオイドの蔓延といった問題と米国が闘わなければならないことが分かったからだ。オピオイドの過量摂取により、約50万人のアメリカ人が死亡している(「オピオイドの蔓延に取り組む」参照)。それに対して、NIDAは、薬物使用を監視するプロジェクトを開始し、ドラッグの渇望や快楽効果を低減できる薬物療法の開発に資金を投入してきた。

オピオイドの蔓延に取り組む
国立薬物乱用研究所(NIDA)への基金で追跡された、過去の10年間のオピオイド過量摂取による死亡者数の増加。
死亡率データは、記録が不十分であったり死亡原因が突き止められていないものを含む暫定的数字に基づく。死亡者数は低く見積もられている可能性が高い。 | 拡大する

SOURCES: DEATH COUNTS: F. B. AHMAD ET AL./US NATL CENTER FOR HEALTH STATISTICS. BUDGET AND ACTIVITY: NIDA.

基金
危機に集中して研究資金を投入している。NIDAは、薬物乱用を促す社会的、経済的状況の研究に対する支援を高めており、他のいか なるタイプの依存症研究よりも神経科学プロジェクトに多くの資金を提供し続けている。 | 拡大する

SOURCES: DEATH COUNTS: F. B. AHMAD ET AL./US NATL CENTER FOR HEALTH STATISTICS. BUDGET AND ACTIVITY: NIDA.

批判家たちは長い間、Volkowが脳に重きを置き過ぎることで、人々を依存に陥りやすくする社会的、経済的な力の関与が軽視されてしまうと主張してきた。2019年、Volkowは、ホームレスになることや失業、孤立などの要因により人々はドラッグに依存しやすくなり、回復が難しくなる可能性があることを認め始めた。しかし、NIDAの研究資金配分の決定には、考え方におけるこのシフトがなかなか反映されないと力説する研究者もいる。彼らは、NIDAの脳への関心は偏っていると述べており、薬物使用と依存症に取り組むための政策に対する影響力が大き過ぎると懸念する。「NIDAの影響力は重要です。人々はそれに従いますから」と、ワシントン大学(米国タコマ)の文化研究者Ingrid Walkerは言う。

とはいえ、薬物過剰摂取の生物学的影響を解明することに対するVolkowの強い熱意(彼女自身の家族の歴史にも一部要因がある)は、神経科学の定説を打ち砕いてきただけではない。依存症の人々が直面する恥辱を緩和する助けにもなってきたのだ。

「彼女の人生における使命は、科学の力で何百万人もの人々の人生を変えることなのです」と、ハーバード大学医学系大学院の精神生物学者で、マクリーン病院(米国マサチューセッツ州ベルモント)に所属するBertha Madrasは言う。「そして、彼女はそれを実現してきたのです」。

革命家の血筋

被験者を陽電子放射断層撮影(PET)スキャンしているVolkow。2003年撮影。彼女は早くから、PETスキャン技術を用いて神経科学研究を行なっていた。 | 拡大する

NIDA (NIH)

Volkowは、ソビエト系およびスペイン系移民の4人の娘の1人としてメキシコシティーで成長した。母親はマドリード出身のオートクチュールドレス専門の職人で、フランシスコ・フランコ(Francisco Franco)の独裁政治から逃げるために難民としてメキシコにやって来た。化学者である父親も難民だった。1939年に13歳だった彼は、唯一生き残っていた親類である祖父と暮らすためにメキシコシティーにやって来た。祖父はロシア十月革命の指導者レオン・トロツキー(Leon Trotsky)で、ソビエト連邦から亡命中だった。

Volkowは10代の頃に人間の脳に魅了され、メキシコ国立自治大学(メキシコシティー)で医学を学んだ。父親は限りなく娘を応援した。「科学と関係があるならどんなことを頼んでも、父は『いいよ』と言ってくれました」と彼女は言う。あるとき、死体を家に持ち帰って解剖していいかと父に尋ねた。父は承諾した。だが母親と姉妹たちが、そんなことをしたら家を出ると脅かしたため、結局Volkowは、いくつかの骨を調べることで妥協した。「何かに興味を引かれると、それを解明できるまで私は決して諦めないんです」と彼女は言う。

その同じ好奇心と頑固さが、彼女のキャリアの大部分を導くことになる。クラストップの成績で卒業後、彼女はマサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)に合格して心理学を専攻した。しかし、1980年にScientific American に掲載された記事によって、彼女の計画は中断した。

その記事では、陽電子放射断層撮影法(PET)という新技術が開発され、神経画像化によって生体脳を調べて、その活動パターンを観察できるようになったことが詳しく述べられていた。Volkowは即座にそれに夢中になった。

記事を読んですぐに、彼女は当時ニューヨーク大学医療センター(NYU;米国)と呼ばれていた施設の精神科医Jonathan Brodieの下で研究員となった。そこでは、神経画像化にPETを使用する刺激的なプログラムがあった。Brodieはヒトの被験者を対象にさまざまな脳の異常を研究する目的でPETスキャンを行い始めていた。

「彼女は初めから花形研究者だったと、誰もが認めるでしょう。彼女の熱意は底なしでしたから」とBrodieは言う。Volkowはすぐに、脳腫瘍のバイオマーカーを探す1ことから、統合失調症の患者と健常者との間の脳活動の違いを検出することまで2、あらゆるプロジェクトに関わるようになった。「人の言いなりにはならないが、才気あふれた科学者」。彼女の評判は固まり始めた。「Noraは、自分がいつも正しいと確信していました。そして正しいことも往々にしてあったのです」とBrodieは言う。「おそらく、たいていの場合において正しかったのです」。

スキャンで洞察を得る

1980年代の半ばまでに、VolkowはNYUでの精神科研修を終了して、イメージング施設で働くために、テキサス大学健康科学センター(米国ヒューストン)に移った。彼女はそこで統合失調症の研究をするつもりだったが、コカインの大流行とともに依存症患者が急増していた。

Volkowはこれらの患者のPETスキャンを行った。すると、どの患者の脳にも異常が見つかった。「血流があるべき場所なのに、穴や隙間が見えるのです」と彼女は言う。彼女は、コカインが血管を狭窄させて、軽度な脳卒中と同様に、正常な血流を妨げているのではないかと考えた3。Volkowの発見は、当時一般的に受け入れられていた考え方と矛盾していた。その頃、コカインは比較的安全な物質だとされていたのだ。だが1986年、米国の著名なアスリート2人(バスケットボール選手のレン・バイアスと、アメリカンフットボール選手のドン・ロジャース)の死が、その認識を変えた。

1987年に、Volkowはブルックヘブン国立研究所に移り、その後16年間、そこでドラッグの脳への影響の研究を続けた。彼女は、コカインを放射性同位体で標識し、コカインが脳でどれくらい急速に神経伝達物質ドーパミンの放出を引き起こすのか、そしてどれくらい急速に消散するかを追跡した。そして、効果が迅速に起こることから、このドラッグがなぜそれほど依存性が強いかを説明できると主張した。

ブルックヘブン国立研究所に在籍中、彼女は神経科学で長い間信じられてきた仮説に疑問を投げ掛け続けた。一般には、依存性物質は脳の報酬中枢に悪影響を及ぼし、そのため人々は快楽を得るためにその物質を摂取し続けようとすると考えられていた。しかしその考え方では、非常に多くの患者が「快感を得られなくなって長い時間が経っても、そのドラッグを摂取せずにはいられないと感じる」とVolkowに語ったことを説明付けられない。まるで彼らは、決断する力を失ったようだった。仮説よりも複雑なこの反応は、報酬を処理する脳領域以外の領域も関与していることを意味しているように思われた。

1990年代に一連の重要な発見がなされた。Volkowは、コカイン依存症の男性では、前頭前皮質(意思決定と自制を調節する脳領域)の活動が低下していることに気付いた。この異常は依存症が発症する前から見られることがあり、そうした人は依存症になりやすい。薬物依存症の人々が自制心を失ったと感じるのは、意思決定領域の機能不全が原因なのではないかと彼女は示唆した。Volkowのチームはさらに、コカインの使用を繰り返すと、ドーパミン受容体が消滅することによって脳の感受性が低下し、そのためにコカインへの依存が高まるにもかかわらず、薬物による快感という報酬がなくなってしまうことを明らかにした4。Volkowらは後に、アルコール、ヘロインまたはメタンフェタミンの乱用者でもこれらの結果を再現した。

ぼんやりとしたPET画像でさえ診断には十分であり、Volkowはどれが依存症患者のもので、どれがそうでないかを特定できた。「全く異なる全体像が浮かび上がってきました」と、2014年に退職した放射線化学者Joanna Fowlerは言う。彼女は、Volkowのブルックヘブン国立研究所時代の最も親しい共同研究者の1人で、友人でもある。「依存症を心の弱さや意思力の欠如として捉えるのではなく、脳の疾患へとシフトさせたのですから」

Volkowの発見はさらに続いた。例えば、アルコール依存によって起こった脳の変化の一部は、数カ月間の禁酒により元に戻る可能性があることを見いだした5。さらに、ドーパミンが人々のモチベーションに影響を与えること6も明らかにした。モチベーションは、薬物依存症によって調節不能になるプロセスである。

彼女の考え方は従来の説に反するものだったと、心理学者のAlan Leshnerは言う。彼は米国科学振興協会(ワシントンD.C.)の元最高責任者で、NIDAでのVolkowの前任者である。意思決定に関わる脳領域が依存症に関与するという説は、数十年にわたる研究結果に反していた。「彼女が変人だと思われていることは知っていました」とLeshner。

Volkowがそれを知っていたとしても、気に掛けなかっただろう。「彼女は極めて勇敢な科学者」であり、脳に目を向けるという全く新しいアプローチを開いたとLeshnerは言う。2003年に、VolkowはLeshnerの跡を継いで、NIDAの所長となった。NIDAは現在13億ドル(約1400億円)の予算を持つ連邦機関であり、依存症研究に対して世界の他のいかなる研究所よりも多くの研究資金を投じている。

Volkowは、NIDAの歴代最長の所長である。彼女は着任して以来、自身の研究を継続して薬物乱用の基礎生物学に関する証拠を集めた。またNIDAは、多くの他の研究所に対しても支援を行ってきた。

NIDAは、例えば、特に若い人、あるいは薬物常用者にとって、マリファナがどのように依存性を引き起こし得るかを明らかにする研究に資金を提供してきたし、依存に関連する遺伝的要因およびエピジェネティックな要因が果たす役割の研究も支援してきた。

また、NIDAは薬物乱用の治療と予防へのサポートも行ってきた。オピオイド離脱の肉体的症状を軽減する、米国によって承認された最初の薬物(ロフェキシジン)の開発を助け、また皮下に挿入する長期作用型薬剤の初期治験に資金を提供した。この治療法は現在、実際に患者に使用され、数カ月にわたりオピオイド離脱症状の苦しみを緩和している。

その上、NIDAは、依存症の人々を助けることを目的とする技術の開発にも資金を投じている。例えば、依存症の人と、コーチや依存症から回復した人々とを結び付けるアプリや、オンラインで不法に販売されている処方鎮痛剤をデータサイエンスを用いて発見するツールの開発などだ。

そうした研究のいくつかは、オピオイド危機における好ましいトレンドにつながった他の取り組みと、うまく溶け合った。例えば、1990年以来初めて、米国の薬物過剰摂取による死亡者数が2018年に約5%減少した。

Volkowは米国食品医薬品局(FDA)が定めた依存症治療薬の承認基準に疑問を唱えてきた。FDAは2018年に方針を変えるまで、その治療薬が依存物質を断つことを促進すると示される場合にのみ、承認を与えていた7。そしてVolkowは、依存症を病的状態という枠組みに入れ直したことが、少なくとも部分的には、2008年の精神衛生と依存症公平法(MHPAEA)などの米国の法律の制定に貢献したと主張している(一部にその主張を批判する人々もいる)。これによって、保険会社は物質使用障害を他の疾患と同等に扱わなければならなくなった。

「米国を含め全世界にとって、NoraがNIDA所長の仕事を引き受けてくれたことは非常に幸運だったと私は考えています」とMadrasは言う。

家族の影響

1970年代、若き日のNora Volkow。 | 拡大する

ESTEBAN VOLKOV

メキシコシティーの石畳の地区にあるVolkowが幼少期を過ごした家の庭には、ハンマーと鎌が刻まれた墓石があり、Volkowの曽祖父の遺灰を守っている。Volkowが生まれるずっと前の1940年に、トロツキーはその家でピッケルを持ったスターリン派の工作員に殺害された。邸宅には、れんがで囲まれた窓、補強したドア、3つの見張り搭など、襲撃から身を守るためにトロツキーが試みた策の跡が残っている。

その日はクリスマスの翌日で、旅行者たちが現在は博物館になっている家の周りをそぞろ歩きながら、Volkowの家族の歴史の雰囲気を味わっている。例年通り、Volkowは親類を訪問するためにメキシコシティーに戻っていた。彼女は骨壺が納められている墓石の小さな金属製の扉を見つめ、しばらくそこにたたずむ。

やがて彼女は「死が触れられそうなほど近くにあるのは、ちょっと衝撃でしたね」とつぶやく。「自宅の庭に墓がある子どもなどいませんから」。

最終的にソビエト連邦の設立につながった1917年の十月革命。その指導者の1人であったトロツキーは、世界的で大掛かりな変革を夢見ていた。その新しい世界では最も弱き者たちに権限が与えられ、平等が行き渡るはずだった。

同様の理想がVolkowの中で生き続けている。彼女はキャリア全体を通じて、米国の医療システムや刑事司法制度は、薬物の誤使用を無視し、依存症患者に医学的な関心を向けず、彼らを施設に閉じ込めることによって依存症の人々を差別しているとしばしば感じてきた。それがきっかけとなって、「私は、証拠を使用してこれらの慣例を変え、依存症を解明して治療するための科学的方法を提供するという機会に目を向けるようになったのです」と彼女は言う。

しかし、彼女には、もっと個人的な動機もあった。母方の家系では依存症は根深い問題だったのだ。子どもの頃の記憶だが、ラファエルおじさんには大きな秘密があった。おじはハンサムで親切な人だったが、アルコール依存症を抱えていた。その数十年後には、彼女の母親が死の床で、彼女の祖父はみんなが言っているように心臓の合併症で死んだのではなく、アルコール依存症を克服できないことを苦に自殺したのだと打ち明けた。その告白にVolkowの胸は引き裂かれた。Volkowは自分の研究生活の全てを、依存症は恥ずべき状態ではなく、他の病気と同じく1つの病気なのだと示すことに捧げてきたのだ。

「それは全て恥辱のせいでした」と彼女は言う。「気の毒にも母は、最期の瞬間まで、どうしても言いたくないことを隠しておかなければならなかったのです」。

依存症の恥辱はいまだ強力である。2018年に物質使用障害と診断された米国の2120万人のうち治療を受けたのが17%だけだった理由は、これで説明できるかもしれない。しかし、Volkowの発したメッセージが全く届いていないわけではない。彼女は、社会において依存症の枠を作り直すのを助け、一般講演を行い、地域と連邦の裁判官を教育し、研修ツールを医師たちに提供し、リハビリテーション施設や刑務所でオーバードーズリバース薬(過剰摂取を逆転させる薬剤)や抗渇望薬を利用しやすいようにすることを推し進めてきた。

脳への偏り

Volkowは神経科学分野で名を馳せた後、2003年に国立薬物乱用研究所の所長に就任した。 | 拡大する

NIDA (NIH)

VolkowはNIDAの所長になって以来、依存症を脳の病気として概念化することに力を入れてきた。NIDAのこの方針を、かなりの数の研究者が非難している。彼らの主張はこうだ。NIDAのビジョンの背景にある科学は貴重だが、不完全である。NIDAが神経科学に重きを置き過ぎているために、依存を減らす経済・社会科学的アプローチを無視することにより、薬物乱用研究を歪めている。NIDAは多くの新薬を送り出していない。そして、NIDAは暗黙のうちに(おそらく無意識に)麻薬撲滅運動を長引かせている。

2009年に、クイーンズランド大学(オーストラリア・ブリスベン)の依存症疫学者Wayne Hallは依存症の神経画像の証拠を精査し始めた。プロジェクトが終わる頃には、「科学は明確なものだとしばしば表現されているが、実際にはそれほど明確ではないという見解に達した」と彼は言う。

Hallらは、Volkowの研究を含めた大部分の研究は、重度の依存症の人々からなる少人数の集団を対象としており、重度の依存症の人々に以前からあったかもしれない脳の違いを抽出していなかったことを明らかにした8。データは、依存症の原因として脳を強調することを正当化できるほど強固なものとは思えなかった。「耳と耳の間で起こることに焦点を合わせると、しばしば、より広い社会政策を無視しがちになります。そうした政策は、ドラッグの問題の広がりに大きな影響を持ち得ることが分かっています」とHallは言う。

他の人々も、そうした批判に同調する。NIDAの神経生物学への偏重は、貧困や人種差別のような社会的、経済的背景から薬物乱用を抜き出してしまっているだけでなく、依存症という悪癖は捨て去ることが可能なものであるとする他のモデル9を軽視していると、エッジヒル大学(英国オームスカーク)の依存症心理学者、Derek Heimは言う。「うまく働かないのは脳だけではないのです」。

また、NIDAに集まる政治的な注目は有害な政策に翻訳される可能性があると主張する者もいる。ドラッグが脳の病気を引き起こすというメッセージを広げると、どんなことをしてでもドラッグの供給を阻止しようと厳格な措置が取られることが多いと、ノースフロリダ大学(米国ジャクソンビル)の薬物歴史家David Courtwrightは言う。「私は、NoraやNIDAの人々はそうした措置には賛成できないと感じることもあると思います。彼らが本当に望んでいることは、依存症の人々を刑務所に入れることではなくて、彼らを治療することなのですから」と彼は言う。

しかし、彼女を批判する人々の中にも、予想外にVolkowを支持する人もいる。「私は本当に彼女を称賛しています」とCourtwrightは言う。「彼女はNIDAにとって非常に有能なリーダーだと思います」。そして彼らは、重要な改善があったことを認識している。

例えば2019年にVolkowは、約1万1900人の健康な小児を成人早期まで追跡するプロジェクトに着手した。神経画像化を用いて子どもの生物学的状態と社会環境(あらゆる物質使用も含めて)がどのように脳の発達に影響を与えるかを捉えようという試みだ。これによって、どの脳領域の異常が依存症に先行して存在していたか、そして、どれが依存症を引き起こす可能性があるかを明確にする助けになるかもしれない。この結果は、現在計画中の別の研究によって補足される予定だ。その研究では胎児期および出生後の薬物への曝露の長期的影響を評価する。

また、NIDAは、麻薬の蔓延が激しい地域でのオピオイド関連の死亡を減少させることを目指すプロジェクトの先頭にも立っている。2019年に発進したこの3億5400万ドル(約380億円)の取り組みは、2023年までにオハイオ州、ニューヨーク州、マサチューセッツ州、およびケンタッキー州の67のコミュニティーでの死亡を40%削減することを目指す。研究者たちは、オピオイド処方率を低下させられる戦略、薬物療法による治療を受けられる人々の数を増やす戦略、ナロキソン(過量摂取している人々を救うための解毒剤。鼻スプレー用、または注射用がある)の分配を広げる戦略などを試験することになるだろう。

2019年10月の暑い日に、Volkowは米国ペンシルベニア州フィラデルフィア近郊のケンジントンを訪ねた。ここは米国でのドラッグ危機が致命的な痕を残してきた場所だ。通りには注射器が散らばっていた。白昼堂々と自分自身に麻薬を注入している人もいれば、地面に横たわっている者もいる。離脱症状であることは明らかだ。1人の痩せ細った男性が、1個の砂糖がけドーナツを、全身を震わす友人と分け合って食べていた。

その光景は衝撃的だった。彼女には、研究室でのドラッグ依存症研究や、他の研究者のプロジェクトへの資金配分において数十年の経験があったが、それでも十分でなかったのだ。「これが現実なのだ」と思った。薬物依存症の社会的な現実に対処しないなら、ドラッグの蔓延を止めることも、将来の流行を防ぐこともできないのだと彼女は悟った。

ケンジントンへの旅行から数カ月が経ったが、あれ以来ずっと、ある考えが振り子のように彼女の頭の中で行きつ戻りつしていた。眠る場所と食べる物がなければ、依存症から抜け出す闘いで彼らに勝ち目はないだろう。NIDAがいかに多くの薬物療法研究を助成しても、彼女がどんなにたくさんの脳スキャンを行っても。

彼女の生家であるトロツキー博物館に12月に訪問した際、Volkowは群衆から離れて静かな書斎に行く。アルコール依存症だったおじや祖父の思い出が共鳴し始め、フィラデルフィアで見た光景が彼女の思考を満たす。

彼女は今、依存症との彼らの闘いには、脳のダメージ以外のことも多く関わっているということを知っている。

(翻訳:古川奈々子)

Emiliano Rodríguez Megaは、メキシコシティー在住の科学ジャーナリスト。

参考文献

  1. Volkow, N. D. et al. Science 221, 673–675 (1983).
  2. Volkow, N. D. et al. J. Cerebr. Blood Flow Metab. 6, 441–446 (1986).
  3. Volkow, N. D. et al. Br. J. Psychiatry 152, 641–648 (1988).
  4. Volkow, N. D. et al. Synapse 14, 169–177 (1993).
  5. Volkow, N. D. et al. Am. J. Psychiatry 151, 178–183 (1994).
  6. Volkow, N. D., Fowler, J. S., Wang, G.-J. & Swanson, J. M. Mol. Psychiatry 9, 557–569 (2004).
  7. Volkow, N. D. & Sci. Transl. Med. 10, eaan2595 (2018).
  8. Hall, W., Carter, A. & Forlini, C. Lancet Psychiatry 2, 105–110 (2015).
  9. Lewis, M. N. Engl. J. Med. 379, 1551–1560 (2018).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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