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スーパーコンピューターで古生代の生物多様性を探る

動物の爆発的な多様化事象として知られる「カンブリア爆発」後の海の様子。今回の研究では、この事象のこれまで知られていなかった詳細も明らかになった。 Credit: dottedhippo/iStock /Getty Images Plus/Getty

古生物学者たちが見ている地球史の全体像は、実に大まかなものだ。それは、化石記録が不完全で年代測定法が不正確なために、数百万年にわたって続くそれぞれの地質年代区分の中で個々の進化的事象の時期を絞り込むのが難しいことに起因する。今回、南京大学(中国)の古生物学者Jun-xuan Fan(樊隽軒)率いる研究チームは、世界4位の演算能力を持つスーパーコンピューター「天河2号」を用いた解析により、その精度を大幅に改善させた。彼らは、カンブリア紀から前期三畳紀(約5億4000万~2億5000万年前)に生きた計1万1000種を超す海生無脊椎動物の化石データベースを探索し、それらの多様化や大量絶滅といった事象の時期と傾向を、古生代の全ての地質年代において約2万6000年という高い時間分解能で明らかにしたのである。この成果はScience 2020年1月17日号で報告された(J.-x. Fan et al. Science 367, 272–277; 2020)。

「これはちょっとすごいことです」と語るのは、ネブラスカ大学リンカーン校(米国)の古生物学者で進化生物学者のPeter Wagnerだ。彼は今回の研究には関わっていないが、論文と同時に掲載された見解記事で、「種の多様性の変化をこれだけの精度で明らかにできるというのは、例えば、同じ世紀に生きた人たち全てを同世代とする方法から、同じ6カ月間に生きた人たちだけを同世代とする方法に変わるようなものだ」と述べている(P. Wagner Science 367, 249; 2020)。

Wagnerはまた、こうした高精度の年代特定は、海生生物種の95%以上が絶滅したとされるペルム紀末(約2億5200万年前)の大量絶滅のような大規模事象の発生原因の解明だけでなく、化石記録の不足のためにこれまでは見つけるのが困難だった小規模な絶滅事象やその後の回復についての理解にも役立つだろう、と語る。そうした理解が深まれば、現在の地球で起きている生物多様性の減少との類似点が見いだせるかもしれない。

不連続な記録

地球の長い歴史の中では、無数の生物が生まれては消えていった。だが、化石として残ったものはわずかで、発見された化石はそのうちごく一部にすぎない。そのため、化石記録に見られる変化が、本当の変化(大量絶滅など)を表しているのか、それとも単に化石が発見されていないだけなのかは、見分けるのが難しい場合がある。

1960年代、古生物学界では化石記録の体系的な解析が始まり、それによって複数の大量絶滅事象と生命が繁栄した時代が明らかになった。しかし、そうした一連の研究では通常、化石記録は比較的長い地質年代にわたってひとくくりにされ、まとめて解析されたため、生物多様性の変化は約1000万年という低い時間分解能でしか明らかにできなかった。

そうした状況を改善するため、Fanらは今回、既報の3112の層序断面に由来する1万1268種の化石海生無脊椎動物についてデータベースを構築し、その解析を行った。データの大半は中国で得られたものだが、それらが属する地塊は古緯度的にはゴンドワナ大陸南部から北方区までの広範囲に位置していたことから、当時の地球全体を代表するものと見なせるという。データの処理には、新たに改良した制約付き最適化アルゴリズムが用いられた。

三葉虫はペルム紀末の大量絶滅で化石記録から姿を消した。 Credit: Merlinus74/iStock / Getty Images Plus/Getty

このアルゴリズムは、「大抵の種は複数の累層から発見されている(各累層の年代の幅は数十万~数百万年)」という事実を利用しており、この情報に基づいて、個々の種が存在した年代の上限と下限が算出された。その結果、調べた全ての種について、それらがいつどのような順序で出現し、どれだけの期間存在したのかが明らかになった。計算には天河2号を用い、プログラミングと一連の計算処理に要したコア時間は計700万時間以上に達した。

この手法によって、Fanらは既知の大規模な進化的事象についてこれまで知られていなかった詳細を得ている。例えば、約5億4000万年前に始まったカンブリア爆発では、急速な多様化が種レベルよりも属またはそれより上のタクソンレベルで起きていたこと、また、ペルム紀末の大量絶滅では、78万年にわたって種と属の多様性が共に急速に減少した後、わずか6万3000年で生態系が一気に崩壊したことが明らかになった。

今回の結果はまた、約2億6000万年前に多くの海生生物種が絶滅したとされる「グアダルピアン世末の絶滅」と呼ばれる比較的小規模な絶滅事象の存在に疑問を投げ掛けている。この年代の脊椎動物多様性の変化について報告したことのあるブリストル大学(英国)の古生物学者Mike Bentonは、「その点が一番驚きでした」と語る。

Bentonは、Fanらの研究を「非常に素晴らしいビッグデータの試み」だと評価し、そうした試みがより新しい地質年代、特に過去1億年間まで拡張されることを期待している。この期間に動物の多様性が増大しているように見受けられるのが、サンプリングのバイアスによるものなのかどうかを巡って、古生物学界では意見が分かれているからだ。

論文の共著者の1人である南京大学の古生物学者Norman MacLeodによれば、彼らの研究は、環境や気候の変化と対応させられる時間スケールで生物多様性の増減を描き出すことで、そうした変動の原因を解明するのに役立つ可能性があるという。

Wagnerはまた、現在起こっているような比較的小規模の絶滅事象を古代の記録に発見してそれを説明する上で、今回の手法は特に有用だろうとも話す。そのような絶滅事象は、一部の生物群にとって「忌まわしき10万年間」であった可能性もあれば、「忌まわしき1週間」であった可能性もある。「それだけ高い時間分解能が実現すれば、小規模な種の入れ替わりの詳細についても実際に調べる機会が得られるでしょう」。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200408

原文

Supercomputer scours fossil record for Earth’s hidden extinctions
  • Nature (2020-01-16) | DOI: 10.1038/d41586-020-00117-1
  • Ewen Callaway