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標的を定めた攻撃で造血幹細胞移植の安全性を高める

遺伝性疾患である鎌状赤血球症(写真)でも、造血幹細胞移植が有効であることが示された。 Credit: London Scientific Films/Oxford Scientific / Getty Images Plus/GETTY

造血幹細胞移植は、血液がん、あるいは自己免疫疾患や遺伝性疾患の原因となる異常な造血幹細胞を、ドナーまたは患者自身の正常なもので置き換える治療法だ。最近、一部の自己免疫疾患や遺伝性疾患の治療にも造血幹細胞移植が有効だという報告が増えてきている。しかし、造血幹細胞移植は現在、主に血液がんに対する治療として行われている。効果的な治療法だが、前処置として既存の造血幹細胞(全ての血液細胞に分化できる骨髄の細胞)を根絶しておく必要があり、この前処置により造血幹細胞以外の重要な骨髄細胞も破壊され、大きなリスクを伴うからだ。造血幹細胞移植の適応拡大のため、科学者たちは、造血幹細胞だけを標的として選択的に破壊する方法を模索してきた。

現在行われている方法では、全身放射線照射やDNAを損傷させる毒性のある化学療法薬によって既存の造血幹細胞をあらかじめ根絶させ、移植された細胞が骨髄に再び生着できるようにしている。しかし、そのような前処置は、不妊症を引き起こしたり、後年になってがんを発生させたりする可能性がある。また、造血幹細胞だけでなく骨髄の免疫細胞も殺されてしまうので、免疫機能が低下して長期の入院を要することも問題となる。「患者にとっては実に耐え難いことです」と、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の幹細胞生物学者David Scaddenは言う。「アプローチを根本的に変えないかぎり、この治療法はちょっと受け入れられないでしょう」。

新しい標的アプローチの背後にある考え方は、骨髄細胞を無差別に破壊する現行の前処置に伴う副作用を回避するために、造血幹細胞だけを根絶して、移植した細胞が生着できる下地を作ることだ。

幹細胞のホテル

バイオテクノロジー企業フォーティー・セブン(Forty Seven;米国カリフォルニア州メンロパーク)の研究担当副社長Jens-Peter Volkmerは、骨髄をホテルに例えて言う。「ホテルのオーナーは一部の悪質な宿泊客を追い出したいと考えています。現行の前処置は、そのためにホテル全体を爆破するようなもので、宿泊客は1人残らず死んでしまうでしょう──患者を感染から守るのに必要な重要な細胞も含めて」。骨髄内の特定の細胞を標的にする新しいアプローチでは、オーナーは一部の宿泊客と個別に交渉して出て行ってくれるよう頼むのだとVolkmerは話す。

患者の骨髄を採取する準備をしている医師。 Credit: BSIP/UIG/GETTY

2019年12月7日から米国フロリダ州オーランドで米国血液学会の年次総会が開かれ、そこでフォーティー・セブン社の研究者は、2種類の抗体の併用をサルで試験した研究の結果を発表した。1つの抗体は造血幹細胞の表面に発現しているc-Kitと呼ばれる分子に結合し、マクロファージによる貪食を促進する。もう1つの抗体はCD47という分子に結合し、その機能を阻害する。CD47も造血幹細胞の表面に発現しており、通常はマクロファージによる貪食を防いでいる。試験では、これら2種類の抗体の併用により、骨髄中の造血幹細胞の数が減少した。ただし、この処置により、移植した細胞が生着するために十分な数の既存の細胞を排除できるかどうかは、まだ実証されていない。

一方、マジェンタ・セラピューティクス社(Magenta Therapeutics;米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)は、国立衛生研究所(NIH;米国メリーランド州ベセスダ)の研究者との共同研究で、造血幹細胞の表面に発現しているc-Kitに結合して毒素を放出する別の抗体を試験した。マウスとサルでの研究データは、この抗体が、免疫細胞などの他の細胞を破壊することなく、移植した細胞が生着するために十分な数の既存の造血幹細胞を殺すことができることを示している。

また、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の移植医Judith Shizuruが率いる研究チームは、アムジェン社(Amgen;米国カリフォルニア州サウザンドオークス)との共同研究で、免疫機能が失われる遺伝性疾患のある乳児において、c-Kitを標的とする第3の抗体を用いた同様のアプローチを試験した。健康なドナーから移植した造血幹細胞は、6人の乳児のうち4人で骨髄に生着した。

拡大する市場

SVB Leerink投資銀行(米国マサチューセッツ州ボストン)のアナリストMani Forooharは、造血幹細胞移植の潜在的な市場が拡大しつつあるので、これらの進歩には意義があると話す。

一部の遺伝子治療(ADA-SCIDと呼ばれる遺伝性免疫疾患の治療法として欧州連合〔EU〕の規制当局によって最近承認されたものなど)では、こうした手法の一種が使用されている。まず患者の造血幹細胞を採取し、遺伝学的に改変して異常を取り除いてから、再び体内に輸注する。フォーティー・セブン社とマジェンタ・セラピューティクス社はそれぞれ独立に、βサラセミアや鎌状赤血球症のような血液疾患に対する遺伝子治療(Nature 2019年12月5日号22ページ参照)を開発している研究者との共同研究を開始している。

1型糖尿病、全身性強皮症など一部の自己免疫疾患の患者では、骨髄の成熟した免疫細胞を一掃し、輸注された自身の造血幹細胞で置き換えることで、長期にわたる寛解が得られることを示す研究結果が増えてきている(E. Snarski et al. Bone Marrow Transpl. 51, 398–402; 2016; K. M. Sullivan et al. N. Engl. J. Med. 378, 35–47; 2018)。デューク大学(米国ノースカロライナ州ダーラム)の幹細胞移植医Keith Sullivanは、この処置は自己の組織を攻撃している免疫細胞をいったん根絶させることで、免疫系をリセットする効果があると考えられると言う。

Shizuruらが発表した初期のデータは興味深く、この分野の研究者と共同研究をするための話し合いを始めたとSullivanは言う。「列車は動き始めました。問題は、どうすれば研究を適切に行えるかです」。

翻訳:藤山与一

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200310

原文

Targeted attacks could make blood-stem-cell transplants safer
  • Nature (2019-11-29) | DOI: 10.1038/d41586-019-03601-5
  • Heidi Ledford