霊長類胚の体外培養で最長記録達成
中国の2つの研究チームがカニクイザルの胚を体外で受精後20日目まで育てた。 Credit: Taisen Lin/500px/Getty
中国の2つの研究チームが、霊長類の胚を体外で、これまでで最も長く培養したことを報告した。これらのサル胚は、両チームが開発した手法のおかげで、受精後20日目まで体外で育ったのだ。これらの研究は、霊長類の初期胚発生について、重要だがよく分かっていない段階を解明する足掛かりとなるものであり、おそらく、「体外での実験的なヒト胚発生はどの段階まで許されるべきか」という議論を再燃させることにもなるだろう。
研究者が体外で胚を育てるのは、最も初期の胚発生段階を解明するという目的があってのことだ。2016年に、米国の生物学者らがヒト胚を体外で13日目まで培養したが、倫理的理由で「受精後14日目を越えてヒト胚を培養してはならない」という国際ルール(いわゆる「14日ルール」)があるため、研究チームはそこで実験を停止した(2016年8月号「ヒト胚の体外培養で最長記録達成」参照)。サルはヒトに近縁なので、サル胚はヒトの初期胚発生を知るための足掛かりになるが、サル胚のこれまでの体外培養は受精後わずか9日目までだった。
しかし今回、中国の2つのチームが、カニクイザル(Macaca fascicularis)の胚を体外で培養し、いくつかの重要な過程を経て20日目まで育てたことをScienceで報告した1,2。それらの過程の1つである「原腸形成」では、さまざまな器官を生じる基本的な細胞型が受精後14日目ごろに現れ始めた。
「サル胚の非常に良いところは、ヒトによく似たモデルである上、原腸形成を体外で研究するための系が存在することです」と、カリフォルニア工科大学(米国パサデナ)の発生生物学者Magdalena Zernicka-Goetzは話す。「この点にとてもワクワクします」。
今回の2件の研究は、サルの初期胚発生が多くの側面でヒト胚発生の最初の2週間と酷似していることを明らかにしたが、両種のわずかな違いもいくつか報告している。このことから見て、ヒト胚発生のもっと進んだ段階を調べるにはサル胚がモデルとして適切ではない可能性もあると、幹細胞・脳研究所(SBRI;フランス・ブロン)の幹細胞生物学者Pierre Savatierは話す。今回の2本の論文は、ヒト胚発生の「14日ルール」延長を求める動きに拍車をかけるだろうと、彼は予測している。
サル胚を従来よりも長く培養できるようになったことで、ヒトとサルのハイブリッド胚(キメラ胚)の作製という、ホットで議論の多い別領域の研究も後押しされる可能性がある。その目的は、ヒトの細胞が分化して器官ができる仕組みを調べることだ。これまでは、サル胚に注入したヒト細胞がどう振る舞うかを見るのに十分な段階までサル胚を育てることができなかったため、この種の研究は進んでいなかった。Savatierは、今回の培養法を使って、ヒト幹細胞を注入したサル胚を生育させるつもりだと言う。「この培養系はキメラによる実験に非常に重要になります」と彼は話す。
サル胚は研究の鉱脈
今回の研究チームはどちらも、酸素を子宮内よりも多く供給するゲルマトリックス上でサル胚を培養した。この培養法を開発したのはZernicka-Goetzのチームであり、2016年にヒト胚を受精後13日目まで培養した2つの米国チーム3,4の一方である。
今回の2本の論文のうち1本では、ソーク生物学研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の発生生物学者Juan Carlos Izpisua Belmonteと、雲南中科霊長類生物医学重点実験室(KUST;中国・昆明)の理事長Ji Weizhi(季維智)が率いるチームが、200個のサル胚のうち46個が受精後20日目まで生存したことを報告した。もう1本の論文では、中国科学院動物研究所(北京)の発生生物学者Li Lei(李雷)が率いたチームが、3個のサル胚を20日間培養したことを報告している。
2つのチームは、体外受精で作り出したサル胚の発生を体外で追跡し、それらの胚が子宮内の場合と同様に育つかどうかを検討した。追跡したのは、胚内の構造ができる時期や形状、胚の成長を支える構造、さまざまな段階で細胞が発現するタンパク質の種類、いずれ卵または精子になる始原生殖細胞についてだ。次に、これらの観察結果を、過去の実験でカニクイザルの胚発生について分かっていることと比較検討した。カニクイザルについてはすでに、妊娠したサル母体から最長で受精後17日目までのさまざまな段階の胚を取り出して調べる実験が行われていた。
カニクイザルの胚は体外でも子宮内の胚と同様に発生したことを、どちらのチームも報告している。「今回得られた観察結果は、子宮内で実際に起こることと同等だと考えていいと思います」とIzpisua Belmonteは話す。
今回、どちらのチームも受精後20日目で実験を停止した。その頃になるとサル胚の色は黒くなり、一部の細胞が遊離した。これらは胚の構造が崩れつつある兆候である。なぜそうなったのかは不明だとLiは話す。彼とIzpisua Belmonteによれば、子宮内の状態をもっとうまく模倣した細胞外マトリックスで胚細胞を培養すれば、さらに長く生存するのを助けることができるのではないかという。Jiは次の目標として、20日目ごろの初期の神経系ができ始める段階まで胚を育てたいと考えている。
微妙な違い
JiとIspizua Belmonteの論文で報告されたサルとヒトの胚の違いの1つは、サルの胎盤を作る細胞で発現される遺伝子群が、ヒトのものと異なっていることだとSavatierは話す。しかし、遅めの段階に相当するこれらの過程をヒト胚で調べるには、規制当局が「14日ルール」を解除する必要があるだろう。
米国の2チームがヒト胚を受精後13日目まで培養した研究を受けて、一部の科学者や倫理学者はヒト胚研究に関する政策の修正を強く求めた。また、2017年に英国で行われた世論調査では、国民が「14日ルール」の日数延長を強く支持していることが報告された。Savatierや他の研究者らは、今回の研究によってヒト胚発生に固有の特徴が明らかになったことで、「14日ルール」の変更を求める声が強まるだろうと考えている。
「14日ルール」が変更された場合、今回使われたゲルマトリックスを使ってヒト胚をさらに先の段階まで育てられるだろうと、研究者らは楽観的な見方をしている。Jiによると、彼の研究所では別のチームがヒト胚専用のプロトコルを開発しており、間もなくそれを発表するはずだという。「この系はヒト胚を受精後20日目まで培養するのに適していると思われますが、今のところ我々はそれを使ってヒト胚を培養することは考えていません」とJiは語っている。
翻訳:船田晶子
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200206
原文
Primate embryos grown in the lab for longer than ever before- Nature (2019-10-31) | DOI: 10.1038/d41586-019-03326-5
- David Cyranoski
参考文献
- Niu, Y. et al. Science https://doi.org/10.1126/science.aaw5754 (2019).
- Ma, H. et al. Science https://doi.org/10.1126/science.aax7890 (2019).
- Deglincerti, A. et al. Nature 533, 251–254 (2016).
- Shahbazi, M. N. et al. Nature Cell Biol. 18, 700–708 (2016).
- Nakamura, T. et al. Nature 537, 57–62 (2016).
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