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議論激しい米大陸到達時期に新説を投げ掛ける石器

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201006

原文:Nature (2020-07-22) | doi: 10.1038/d41586-020-02190-y | Controversial cave discoveries suggest humans reached Americas much earlier than thought

Colin Barras

発掘された石の遺物は、人類が米大陸に3万年以上前に居住していたことを指し示していると研究チームは考えている。しかし、その説に異論がないわけではない。

チキウイテ洞窟(メキシコ)での発掘と、この遺跡で見つかった石器の1つ。 | 拡大する

MADS THOMSEN

メキシコ中部の山中にある洞窟の発掘で、人類が3万年以上前にその地に居住していたことを示す証拠が出土した。このことは、人類の北米到達が従来の想定を1万5000年以上さかのぼることを示唆している。この研究結果はNature 8月6日号93ページに掲載された(C. F. Ardelean et al. Nature http://doi.org/d4wz; 2020)。

古い石器が多数出たその発掘は、他の遺跡のデータを組み合わせた統計解析によって裏打ちされた。しかし研究チームが導き出した結論は、一部の研究者の間に論争を巻き起こすこととなった。

米大陸に到達した最初の人類は東アジア由来だが、その到達が始まった時期については激しい議論が行われてきた。中にはそれが13万年も前だった可能性を想定する研究者もいるが、その説を支持する考古学的証拠の大部分には異議が唱えられている(2017年7月号「人類の北米への到達は通説より10万年も早かった?」参照)。例えば、その証拠とされる石の遺物の中にはごく単純なものがあって、人の手ではなく自然の地質学的な働きによって作られたのだろうと疑われているのだ。これまでのところ、米大陸の人類居住については、遺伝学的証拠と1万4000年前のモンテベルデII(チリ)などの遺跡で発見された人工物に基づいて、約1万6000~1万5000年前に始まったとする見方が主流となっている(2016年12月号「人類の米大陸進出ルートはカナダ回廊でなく沿岸」参照)。

今回の発見は、その共通認識に異を唱えるものだ。サカテカス自治大学(メキシコ)のCiprian Ardeleanが率いる研究チームは、同国アスティジェロ山地(Astillero Mountains)の海抜2740mにあるチキウイテ洞窟(Chiquihuite Cave)の発掘を2012年から行っている。Ardeleanらが発見した石器は2000点近くに上り、そのうち239点が埋もれていた砂礫層は、炭素年代測定法で3万2000~2万5000年前のものと判定されている。

その遺跡は特に厳しい冬に逃げ場として利用されていたのではないかと、Ardeleanは考えている。最終氷期の真っ最中だった2万6000年前にあって、北米は危険な場所だったことだろう。「激しい嵐やひょう、雪に見舞われていたに違いありません」とArdeleanは言う。その洞窟は、暴風雪に巻き込まれた全ての人の避難場所になっていたのかもしれない。

Ardeleanらは大昔の人類の居住を見事に証明したと、考古学と古人類学を専門とするアリゾナ大学(米国トゥーソン)のFrançois Lanoëは評する。しかし、洞窟から得られたデータは、解釈が「知っての通り厄介だ」とも言う。石器は地質学的または生物学的な作用(穿孔性動物が動かすなど)によって下の地層へ潜り込み、実際よりも古いと判断されている可能性があるのだ。

ただしこれは、Ardeleanらが発見したものが本当に石器ならば、の話だ。「遺物が石器なら、刃から剥離した無数の破片が見られます」。ミシガン州立大学(米国イーストランシング)の考古学者Kurt Rademakerはこう話す。論文中の画像にはそれを示す明らかな証拠が見られないという。

Ardeleanは、一部の石器には下の地層への潜り込みがあった可能性を認めるが、最も古い239点は最終氷期に形成された透過不能な泥の層の下にあったため、少なくともそれだけ古いもののはずだと話す。そして、そのうちのいくつかには、熟練者に石器作りを学ぶ初心者が作ったものであることを示唆する印がはっきりと残されているため、それは石器であるとArdeleanは力説する。

その遺跡では、石器以外の人間を示す証拠があまり発見されていない。コペンハーゲン大学(デンマーク)のEske Willerslevが率いる遺伝学者のチームは洞窟の土に古代人のDNAを求めたが、見つけることができなかった。

初期の定住者

別の論文(L. Becerra-Valdivia and T. Higham Nature http://doi.org/gg5s5f; 2020)では、Ardeleanの共著者のうちオックスフォード大学(英国)の2人の考古学者Thomas HighamとLorena Becerra-Valdiviaが、チキウイテ洞窟の証拠を北米およびベーリンジア(シベリア東部とアラスカ西部にまたがる地域)の他の41遺跡のデータと組み合わせ、初期の人類の定着に関する統計学的モデルを構築した。その結果、北米各地には、1万6000~1万5000年前という定説よりもはるか以前に人類が存在したという結論が得られた。

考古学者の中には、こうした説に真剣に向き合うべき時が来たと考える者もいる。「1万5000年前よりも昔にベーリンジアに人類が存在した証拠は増えつつあり、2万年、あるいは3万年前にメキシコのような場所に人類がいたとしてもそれほど不思議ではなくなっています」。コロラド大学ボールダー校(米国)の考古学者John Hoffeckerはこう話す。

一方、Becerra-ValdiviaとHighamはチキウイテ洞窟などの初期の遺跡が人間活動の明白な証拠を示すと決め付けているとして、この説を受け入れない研究者もいる。

Becerra-Valdiviaは、モンテベルデIIを除けば大半の遺跡の証拠に異論があることを認めるが、分析では、証拠の説得力を強めるために、最も議論のある遺跡群の情報をあえて除外したのだという。

それほど昔の北米に人類がいたとした場合、その身に何が起こったかは分からない。「1万5000年以上前の米大陸に人類が存在したことを示す確かな遺伝学的証拠は、今でも存在しません」と語るのは、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の遺伝学者David Reichだ。

Ardeleanによれば、遺伝学的研究によって米大陸での人類の広がりが比較的新しいものとされていることには、単純な理由があるという。チキウイテ洞窟に存在したとArdeleanが考えているような初期の集団は途中で絶えてしまい、現代人の遺伝子プールに寄与していないからだというのだ。「私は、集団が消滅したという考え方を断固主張します」とArdeleanは話す。

(翻訳:小林盛方)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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