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フッ素とアミド基の連続導入に成功

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2019.191238

原文:Nature (2019-09-05) | doi: 10.1038/d41586-019-02611-7 | Fluorinated compounds present opportunities for drug discovery

Jonathan Clayden

これまで合成が不可能だった、フッ素原子とアミド基を近接して持つ化合物群の実用的な合成法が考案された。この反応は、創薬分野で大いに役立つ可能性がある。

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Peter Dazeley/Photographer's Choice / Getty Images Plus/Getty

「アミド基」として知られる原子団(官能基)は、医薬品化学の花形である。2018年に最も売れた医薬品の上位40種類のうち、実に36種類にアミド基が含まれているのだ(go.nature.com/30f709w参照)。一方、薬剤の安定性などを高めるには、フッ素原子が導入されることが多い。しかし、アミド基とフッ素原子が近接して存在する有望な化合物群N-トリフルオロメチルアミド類は、これまで合成がほぼ不可能とされてきた。今回アーヘン工科大学(ドイツ)のThomas Scattolinら1は、N-トリフルオロメチルアミド類を直接的に合成する巧妙な方法を開発し、Nature 2019年9月5日号102ページで報告した。この方法は多様な関連化合物に応用可能であることから、創薬に利用可能なアミド類の幅が一気に広がると期待される。

カルボニル基(C=O)の炭素原子に窒素原子が結合した構造を持つアミド基は、医学的に重要な数多くの化合物に含まれるが、これは、この官能基が非常に安定な(反応性が低い)だけでなく、極性を持つ(正電荷の密度が高い領域と負電荷の密度が高い領域を有する)ことにもよる。こうした電荷の偏りに起因して、アミド基を持つ薬剤は生体内の受容体や酵素と相互作用することができるのだ。アミド基はタンパク質のアミノ酸残基間をつなぐ結合部に見られ、そうした意味では、薬剤にアミド基を使うのは自然界の例に倣うものといえる。だが薬剤は、単に生物学的な標的と相互作用すればよい、というわけではない。人体という複雑な環境において、迅速な代謝分解に耐えねばならないのだ。

代謝分解から薬剤分子を守る確立された方法の1つに、フッ素原子の導入がある。炭素とフッ素の結合(C–F結合)は、極性を持ち反応性が低いという点ではアミド基と似ているが、この結合はアミド基とは異なり、生物界にはほとんど見られない。これはつまり、生物の代謝酵素はフッ素を含む分子を素早く分解できないことを意味する。従って、フッ素原子の導入は、薬剤化合物の代謝安定性など望ましい特性を向上させる効果的な方法となる2

そのため、アミド基とフッ素原子を組み合わせることは、医薬品開発にとってとりわけ有益な戦略になり得る。実際、史上最も売れている薬剤である「アトルバスタチン」というコレステロール低下薬には、アミド基とフッ素原子の両方が含まれている。ただし、アトルバスタチンのアミド基とフッ素原子は分子内の別々の場所にあり、これらが近接して存在する分子に関しては合成が非常に難しいことが分かっている。フッ化アミド類の構築では、過酷な反応条件が必要とされることが多く、そうした条件では目的の分子内の敏感な官能基が分解されてしまうからだ。

今回Scattolinらは、これまで合成不可能とされていた、N-トリフルオロメチル基(N–CF3)を持つフッ化アミド群であるN-トリフルオロメチルアミド類を合成する実用的な解決策を見いだした(図1)。研究チームは、比較的反応性の高い「フッ化銀(AgF)」という塩を用いることで、「フッ素イオンは有用反応に関与しにくい」という問題を巧妙に克服し、有機化学者にはおなじみだがめったに併用されることのない2つの試薬間の結合形成を促進させたのである。

1つ目の試薬は「イソチオシアネート」という硫黄化合物で、タンパク質やペプチドのアミノ酸配列決定に古くから用いられている「エドマン分解法」の試薬として知られる。Scattolinらの研究グループなどは以前、銀イオンを用いることで、硫黄原子をフッ素原子で置換する反応を促進できることを報告した3,4。フッ化銀は今回の研究でも同様に、イソチオシアネートから硫黄原子を引き抜いてそれを3個のフッ素原子に置換し、トリフルオロメチル基(CF3)を持つ反応中間体を形成する役割を果たしている(図1)。

2つ目の試薬は「炭酸ビス(トリクロロメチル)」で、この試薬はアミド類やアミド様誘導体の合成に用いられることが多い5。トリフルオロメチル基を含む中間体は通常、非常に反応しにくいが、Scattolinらによると、炭酸ビス(トリクロロメチル)はフッ化銀と併用すると、この中間体を捕捉して「フッ化カルバモイル」と呼ばれる化合物を形成するようになるという。今回の研究で概念的ブレークスルーをもたらしたのは、このフッ化カルバモイルだった。

窒素原子へのトリフルオロメチル基の導入は困難だが、フッ化カルバモイルにはすでに炭素と窒素の結合(C–N結合)が含まれているため、フッ化アミド類の合成に伴うこの難題を回避できる。また、フッ化カルバモイルは単離できるほど安定である一方、アミド類合成の構成要素として用いるのに十分なほど反応性が高い。Scattolinらは、フッ化カルバモイルと、「グリニャール試薬」として知られる一連の有機マグネシウム化合物を反応させることで、多様なN-トリフルオロメチルアミド類を合成した(図1)。この最終段階では、尿素基を持つN-トリフルオロメチル尿素類やカルバメート基を持つN-トリフルオロメチルカルバメート類なども容易に合成できる。Scattolinらは実際に、多様な官能基を持つ関連化合物を数十種類合成することで、この化学反応の応用可能性がアミド類以外にも拡張できることを示した。

図1 N-トリフルオロメチルアミド化合物の合成反応
N-トリフルオロメチルアミド類は、アミド基(青色)とトリフルオロメチル基(赤色)が結合した化合物群であり、その合成はこれまではほぼ不可能だった。R1およびR2は任意の官能基を表す。今回Scattolinら1は、創薬的に関心の高いこうした化合物の実用的な合成方法を開発した。この方法では、まずイソチオシアネートをフッ化銀(AgF)で処理して、窒素原子にトリフルオロメチル基が結合した反応中間体を得る。次に、この中間体をフッ化銀の存在下で炭酸ビス(トリクロロメチル)(CO(OCCl32)と反応させて、フッ化カルバモイルとした後、これをグリニャール試薬として知られる有機マグネシウム試薬(R2MgX;Rは有機基、Xはハロゲン原子)で処理して、N-トリフルオロメチルアミドを得る。この図では反応の副生成物は示していない。 | 拡大する

今回の研究でScattolinらは、併用できないと考えられていた極めて反応性の高い複数の試薬の反応を実に見事な順序とタイミングで組み合わせ、完璧に制御した。そして、この巧妙な手法によって、単純なN-トリフルオロメチルアミド分子だけでなく、アミノ酸系分子、薬剤の骨格、ポリマー材料合成用モノマーなど、化学的に敏感な分子を多数合成できることも実証した。

医薬品化学にとって、今回報告された反応は重要な意味を持つ。この反応を用いることで、創薬化学者たちはこれまで合成不可能だった多くの化合物を合成し、さまざまな創薬プログラムで試験できるようになるからだ。そうした化合物の中には、新しい生物活性を示すものがあるかもしれない。薬剤候補化合物の生物活性は分子のコンホメーションを変えることで変化させることができ、その手法としては、アミド基の窒素原子へのメチル基付加が長く用いられてきた6。今回、N-トリフルオロメチルアミド類の合成が可能になったことで、こうした戦略の幅も広がるだろう。

だが、今回の新しい化学反応には、医薬品製造に必要な工業規模へとスケールアップする前に取り組むべき欠点がある。主な問題点は、この反応がかなりの量のフッ化銀を必要とすることだ。フッ素原子を1個導入するごとにフッ化銀分子1個が必要だが、反応途中で2個のフッ素原子が出ていくため、反応全体ではフッ化銀が5当量必要になる。創薬の初期段階(リード化合物の開発と最適化)であれば、扱うのは一般的にミリグラム量からグラム量と少量のため、容認できる量だろう。しかし、臨床試験に必要なキログラム規模の合成では、費用面と大量の廃棄物の問題から持続可能ではないとみられ、さらに大きな、工業生産の規模に至っては言うまでもない。そのため、N-トリフルオロメチルアミド類の持続可能な大規模合成法を見いだすために、別のブレークスルーが必要になると考えられる。

医薬品化学以外の分野に目を向けると、Scattolinらの今回の知見は、窒素原子と結合したトリフルオロメチル基の前駆体としてイソチオシアネート基が使えることを明示しており、こうした反応には、化学合成においてより広範な用途が見いだされる可能性がある。トリフルオロメチル基で置換した窒素化合物を合成できるこの画期的な反応は、新しい特性を持つ触媒や材料の設計と合成をも促進することだろう。

(翻訳:藤野正美)

Jonathan Claydenは、ブリストル大学(英国)に所属。

参考文献

  1. Scattolin, T., Bouayad-Gervais, S. & Schoenebeck, F. Nature 573, 102–107 (2019).
  2. Purser, S., Moore, P. R., Swallow, S. & Gouverneur, V. Chem. Soc. Rev. 37, 320–330 (2008).
  3. Tyrra, W. J. Fluor. Chem. 109, 189–194 (2001).
  4. Scattolin, T., Deckers, K. & Schoenebeck, F. Angew. Chem. Int. Edn 56, 221–224 (2017).
  5. Eckert, H. & Forster, B. Angew. Chem. Int. Edn 26, 894–895 (1987).
  6. Yamaguchi, K. et al. J. Am. Chem. Soc. 113, 5474–5475 (1991).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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