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超重力理論に特別ブレイクスルー賞

「超重力」理論の提唱によって2020年基礎物理学特別ブレイクスルー賞を受賞した、Peter van Nieuwenhuizen、Sergio Ferrara、Dan Freedman(左から順に、2016年撮影)。 Credit: CERN

自然界の全ての力を統一しようとする超重力理論が提案されて40年以上になるが、この理論が世界の真の記述なのかどうか、いまだに結論は出ていない。それでも今回、理論の生みの親たちに科学界で最も気前の良い賞の1つが贈られた。賞金300万ドル(約3億2400万円)の基礎物理学特別ブレイクスルー賞だ。

超重力理論は1976年に欧州原子核研究機構(CERN;スイス・ジュネーブ近郊)の素粒子物理学者Sergio Ferrara、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)のDaniel Freedman、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校(米国)のPeter van Nieuwenhuizenによって考案された(D. Z. Freedman et al. Phys. Rev. D 13, 3214–3218; 1976)。選考委員会は、この理論が重力の理解に及ぼした影響の大きさなどに鑑みて今回の授与を決めた。超重力理論は、物理学者たちのお気に入りの「万物の理論」候補の1つである弦理論の基礎にもなっている。弦理論は素粒子がエネルギーの微細な弦からできていると主張する理論だが、まだ証明はされていない。

ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の弦理論研究者で、ブレイクスルー賞の選考委員であるAndrew Stromingerは、「過去40年間の物理学の発展にとっても、自然に関する私たちの知識を超えたものの探究にとっても、超重力理論は卓越した重要性を持つ理論です」と言う。

ブレイクスルー賞はロシア人起業家Yuri Milnerによって2012年に創設され、現在の出資者にはグーグルの共同設立者Sergey BrinやフェイスブックのMark Zuckerbergも名を連ねる。授賞式は毎年11月か12月に行われ、対象は科学と数学の広い範囲にわたる。さらに、同賞の過去の受賞者からなる選考委員会は、特に優れた研究に対して特別賞を授与することがある。

物理学者たちは1970年代初頭までに素粒子物理学の標準模型を構築していた。そこでは自然界の4つの基本的な力のうちの3つが固有の粒子と関連付けられていた。電磁気力は光の粒子である光子によって担われ、原子核を束ねる強い力はグルーオンによって媒介され、放射性崩壊を支配する弱い力はW粒子やZ粒子と関連付けられている。これらはいずれも実験により観察されている。しかし第4の力である重力は、これを標準模型に組み込もうとするあらゆる努力にあらがっている。素粒子物理学をアルベルト・アインシュタインの重力理論である一般相対性理論と組み合わせる超重力理論は、そうした初期の試みの1つである。

Ferrara 、Freedman、van Nieuwenhuizenは、標準模型の拡張として1973年に最初に提案された超対称性理論から超重力理論のヒントを得た。超対称性理論は、既知の粒子のそれぞれに、「超対称性パートナー」と呼ばれる、より重い未知の粒子が存在すると考える。最後の基本的な力である重力をこの粒子群に組み込もうとするモデルは、重力を媒介する粒子として「グラビトン」という仮説的な粒子を導入した。研究チームは、グラビトンの超対称性パートナーとして「グラビティーノ」を提案した。van Nieuwenhuizenは、コンピューター・プログラムが超重力理論の計算をするのをハラハラしながら見守っていたある夜のことをよく覚えている。計算が途中で止まってしまったら、理論が間違っているということだ。「座って待っている間、緊張がどんどん高まっていきました」と彼は言う。プログラムが首尾よく結果を出すと、彼は超重力理論の正しさを確信した。

それから40年余りが経過し、今回の受賞の知らせを受けたvan Nieuwenhuizenは言葉を失った。「理論が認められることはもうないと思っていましたから」。

ケンブリッジ大学(英国)の弦理論研究者David Tongは、当時は素粒子物理学者と重力研究者の交流がほとんどなかったことを考えると、超重力理論の背景にある革新は「驚異的」だったと指摘する。「彼らはそんな時代に素粒子物理学の手法を重力に応用し、コンピューターを使ってそれを検証していたのです。このようなことにコンピューターを使う研究者など、当時は他にいませんでした」とTongは言う。

超重力理論は今日、現実を記述する究極理論の候補として人気のある弦理論の土台になっている。何十年もの間、CERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)をはじめとする粒子加速器は、グラビティーノや弦理論の正しさを裏付ける証拠を探してきた。いまのところ、そうした兆候は全く捉えられていないが、だからといって弦理論が完全に否定されたわけではない。「私たちが生きている間には、これらの理論を検証できるようにはならないのかもしれません」とTongは言う。

Stromingerは、超重力理論は重力を巡る謎解きに利用されており、証拠がないからといってその功績が否定されることがあってはならないと言う。例えば、一般相対性理論は明らかに粒子が負の質量やエネルギーを持つことを理論的に許容している。「それが本当なら、物体を支えている手を離したときに、地面ではなく宇宙に落ちてゆく場合もあることになります」とStromingerは説明する。実際にはそんなことは起こらないが、その理由は誰にも説明できなかった。物理学者たちは、超重力理論の手法を一般相対性理論に用いることで、粒子が負の質量やエネルギーを持てないことを証明することができたのだ。

一方で、フランクフルト高等研究所(ドイツ)の理論物理学者Sabine Hossenfelderは、LHCで超重力理論の裏付けが得られなかったことは、この理論にとってほぼ致命的な打撃であると指摘する。Hossenfelderは、受賞者たちは「功績を認められるに値する、素晴らしい数学的研究をしました」と言う。「けれどもその賞は純粋数学に対するものであるべきです。これは物理学ではないからです」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2019.191114

原文

Speculative ‘supergravity’ theory wins US$3-million prize
  • Nature (2019-08-06) | DOI: 10.1038/d41586-019-02397-8
  • Zeeya Merali
  • 編集部註:この他、生命科学、基礎物理学、数学の各部門の2020年ブレイクスルー賞受賞者が決定している。「2020年基礎物理学ブレイクスルー賞」は、ブラックホールの直接撮像の功績で「Event Horizon Telescope Collaboration(イベント・ホライズン・テレスコープの共同プロジェクト)」のメンバー347人に(2019年7月号「ブラックホールを初めて撮影」参照)、「2020年生命科学ブレイクスルー賞」は飽食シグナルを伝達するホルモンであるレプチンを発見したロックフェラー大学(米国ニューヨーク)のJeffrey Friedman、脳の細胞でタンパク質がもつれ合う仕組みを調べたペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)のVirginia Man-Yee Lee、分子シャペロンによるタンパク質折りたたみの原理を解明したマックス・プランク生化学研究所(ドイツ)のFranz-Ulrich Hartlとエール大学(米国)のArthur Horwich、痛覚の分子機構を明らかにしたカリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)のDavid Juliusの5氏に、「2020年数学ブレイクスルー賞」は、「ビリヤードボール問題(billiard ball problem)」に取り組んだ、シカゴ大学のAlex Eskinに贈られる。授賞式は11月3日に行われる予定。