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植物が塩を感知する仕組み

シロイヌナズナ。 Credit: dra_schwartz/iStock/Getty

人間にとって栄養素としての塩は諸刃の剣である。少量なら美味だが、濃度が上がると有害な反応を生じるからだ。この相反する反応は、動物では異なるタンパク質の受容体によって仲介されることが明らかになっている。塩の過剰摂取は、人間に不健康であるだけでなく、植物にも害がある。土壌中の高濃度の塩が植物の成長と作物の収量を抑制するためであり、高塩濃度の土壌は世界的に問題になっている。農業に利用される土地をはじめ、世界の陸地の約7%が高塩濃度の状況下にあり、灌漑による作物の約30%が高塩分の影響を受けているという現状がある1。このほど、植物が周囲の塩を認識する仕組みについて、深圳大学(中国広東省)と杭州師範大学(中国浙江省)、およびデューク大学(米国ノースカロライナ州ダーラム)に所属するZhonghao Jiangらが、Nature 2019年8月15日号341ページに発表した2

塩、すなわち塩化ナトリウム(NaCl)は、植物の塩ストレスの主因となっている。塩が細胞に有害なのは、細胞内塩濃度が高いとナトリウムイオン(Na+)が生物学的反応への関与を巡って他のイオンと競合するためだ。さらに、イオンだけでなく水のバランスも乱して細胞の機能にも悪影響を与え、浸透圧の摂動を生じる。しかしながら、高塩濃度によって生じるストレスを植物がどのように感知するのか、そして植物がイオンの摂動と浸透圧の摂動とを区別できるのかどうかについては、明らかにされていなかった。

植物が塩ストレスを受けると、直ちに細胞質のカルシウムイオン(Ca2+)の濃度が時空間限定的に上昇する。そうしたカルシウムシグナル伝達に際しては、Ca2+が細胞内へ流入するための通り道を、未発見のカルシウムチャネルが提供すると考えられている。このCa2+シグナルは植物の根で細胞の塩ストレス適応を生じ、さらに広範囲に広がって、植物体全体の適応応答を起こすCa2+波を発生させる3,4。耐塩性の中心は、進化的に保存されたこのSOS経路だ。この経路では、Ca2+と結合できるSOS3などのタンパク質がCa2+シグナルをデコードし、SOS2と呼ばれるタンパク質キナーゼを活性化させる5。するとこの酵素は、細胞膜のSOS1というタンパク質を活性化させる。SOS1は交換輸送体として知られており、Na+を細胞外へ排出することができる。SOS2は、Na+を細胞質から細胞小器官の液胞へ隔離することも促進する6。しかし、細胞外のNa+の感知をつかさどり、塩誘導性のCa2+シグナル伝達を進行させる因子や機序は不明であった。

Jiangらはモデル植物シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)を利用して遺伝子スクリーニングを行い、高Na+への暴露に対するCa2+シグナル伝達応答が異常に弱い一方で、別種のストレスを受けたときにCa2+シグナルを発生させる能力は失われていない変異植物体を発見した。この変異体は、タンパク質IPUT1をコードする遺伝子に変異を持っていた。IPUT1は、スフィンゴ脂質と呼ばれる種類の脂質の合成に必要な中心的ステップに作用する。これは予想外だった。というのも、動物のNa+感知はタンパク質受容体によって行われており、脂質の関与がないためだ。

IPUT1は、脂質GIPC(グリコシルイノシトールホスホリルセラミド)の生成を触媒する。GIPCは植物の原形質膜で脂質二重層の外層を構成する主な要素であり、原形質膜脂質の最高40%を占め、機能面では、動物に見られるスフィンゴミエリンという脂質に相当すると考えることができる7

過去に明らかにされているIPUT1の遺伝子変異には、植物の発生に重大な影響を与えるものもある8。しかし今回、Jiangらが調べた変異は発生を妨げず、おかげで塩に対する応答におけるIPUT1の役割を調べることができた。植物の高濃度の塩に対する耐性にCa2+シグナル伝達が重要であることを強調するように、IPUT1の変異では、異常なCa2+シグナルと長距離のCa2+波が、植物体の高い塩ストレス感受性と関係していることが明らかになった。注目すべきことに、その変異体は、Na+濃度を操作せずに実験的に誘導した比較的重度の浸透圧ストレスに対しては、回復力に変化が認められなかった。

Jiangらは、塩ストレスが引き起こす膜の分極(細胞内外の電荷の片寄り)の変化とSOS経路の活性化が、野生型植物と比較してIPUT1の変異体では損なわれていることを明らかにした。生化学的試験を行った結果、GIPCは、Na+だけでなく、K+やLi+など、1価の正電荷を持つ他のイオンとも結合できることが明らかになった。塩ストレスを受けている植物細胞ではK+濃度とNa+濃度は反比例関係にあるという証拠があり5、この知見は興味深い。GIPCに結合するK+がGIPCのNa+結合能を調節するとともにその逆も行われているのかどうか、行われているならばどのような機構によるのか。これは研究する価値があると考えられる。総合すると、Jiangらの得た証拠は、GIPCとNa+の直接的な結合が植物のNa+感知の重要なステップであり、それが耐塩応答を導くカルシウムシグナル発生のトリガーとなる、という結論を支持している。

Jiangらは、植物のGIPCは動物細胞のガングリオシドという脂質と同じように機能しているのではないか、と考えている。神経細胞では、マイクロドメイン(原形質膜内で特有の脂質構成を持つ特別な領域)にある受容体やイオンチャネルの重要な特性を、ガングリオシドが直接的・間接的に調節している9。Jiangらは、植物のGIPCが、動物のガングリオシドと同様に、Ca2+チャネルと直接相互作用しているのではないかと考えているのだ。Na+のGIPCとの結合は、チャネルの活性を調節し、細胞内でCa2+シグナルの発生を導いている可能性がある(図1a)。

図1 植物が塩を感知してカルシウムチャネルを活性化させる仕組み
a 植物細胞の外で塩のナトリウムイオン(Na+)が感知されると、未知のカルシウムチャネルが活性化されて、カルシウムイオン(Ca2+)が細胞内へ流入する。Jiangら2は、負電荷を持つGIPC(グリコシルイノシトールホスホリルセラミド)という種類の膜脂質が外部のNa+イオンと直接結合することを明らかにした。彼らは、ナトリウムが結合したGIPCとカルシウムチャネルとの直接的な相互作用がチャネルの活性化を導くのではないかと考えている。そして、Ca2+が流入すると、高濃度の塩に対する適応応答が進行し、Ca2+結合タンパク質SOS3がタンパク質SOS2を活性化させ、さらにそれがタンパク質SOS1を活性化させて、Na+の細胞外排出が行われる。
b もう1つのカルシウムチャネル活性化モデルは、Na+のGIPCとの結合が原形質膜中でマイクロドメイン(特有の脂質構成を持つ領域)の形成を生じさせるというものだ。このマイクロドメインがマイクロドメイン中のシグナル伝達タンパク質(NADPHオキシダーゼやGTPアーゼなど)の動態を変化させ、それがCa2+シグナル伝達に影響を与え得るという。未知の機構により、Na+のGIPCとの結合がマイクロドメイン中のタンパク質の集合と活性を変化させ、間接的にカルシウムチャネルを活性化させている可能性がある。

しかし、これまでに得られている証拠は、別のモデルも支持する。それは、GIPCがさらに複雑な間接的機構によってCa2+シグナルを刺激するというものである(図1b)。脂質膜中のマイクロドメイン、特にその中のGIPCが植物のシグナル伝達の調節に役立っていることを示す証拠が蓄積されつつあるのだ。

塩ストレスは活性酸素種(ROS)と呼ばれる分子の生成も引き起こし4,10、それが植物のCa2+シグナル伝達を誘導することもあり得る11。さらに、塩ストレスは原形質膜のマイクロドメインの形成と動態に影響を与え、結果として、ROSシグナルの発生で作用するNADPHオキシダーゼという酵素の活性と側方運動性(動きの速さと範囲)に影響を与える12。そうしたストレスは、NADPHオキシダーゼを調節するGTPアーゼという酵素の側方運動性にも影響を与える12。塩ストレスに応じたマイクロドメイン構成のこのような変化は、原形質膜のGIPC構成に依存している12,13

こうしたことから、Na+やその他の正荷電イオンとGIPCとの結合はマイクロドメイン内のタンパク質複合体の動態と集合を調節しているのではないかと考えたくなる。すなわち、Na+とGIPCとの結合がマイクロドメイン内のシグナル伝達複合体の集合を導き、それが塩誘導性のストレスに応じたCa2+シグナルの発生を可能にしているのかもしれない。このように、Ca2+イオンチャネルの活性化はNa+とGIPCとの結合の間接的な結果であって、こうしたマイクロドメインの別のシグナル伝達タンパク質(NADPHオキシダーゼなど)の動的な集合と活性化が伴っている可能性がある。SOS1がそうしたマイクロドメインに組み込まれているのかどうかを調べるのは興味深い。

植物では、ホスファチジルセリンという別のタイプの膜脂質も、GTPアーゼやCa2+、ROSのシグナル伝達の調節を仲介するマイクロドメインの形成に影響を与え得るという証拠がある13。ホスファチジルセリンは、GTPアーゼが仲介する植物のシグナル伝達を調節し、塩ストレスではなくホルモンが誘導する脂質膜内のGTPアーゼのクラスター化を可能にすることが明らかにされている14。さらに、GIPCは植物において別のシグナル伝達事象の発生にも寄与し得る。例えば、GIPCは植物の病害を引き起こす特定の毒素の受容体として働き、GIPCの構成が変化した植物はそうした毒素への耐性が強い15。これらをJiangらの知見と考え合わせると、植物ではGIPCが多面的な感知・シグナル伝達機能を発揮していることが指摘される。今回の研究成果は、植物における数多くの主要プロセスで機能的に重要なシグナル伝達ドメインの構築では、膜脂質の構成が重大な役割を担っていることを示している。

翻訳:小林盛方

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2019.191132

原文

How plants perceive salt
  • Nature (2019-08-15) | DOI: 10.1038/d41586-019-02289-x
  • Leonie Steinhorst & Jörg Kudla
  • Leonie Steinhorst & Jörg Kudlaは、ミュンスター大学(ドイツ)に所属。

参考文献

  1. Schroeder, J. I. et al. Nature 497, 60–66 (2013).
  2. Jiang, Z. et al. Nature 572, 341–346 (2019).
  3. Choi, W. G. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 111, 6497–6502 (2014).
  4. Steinhorst, L. & Kudla, J. Curr. Opin. Plant Biol. 22, 14–21 (2014).
  5. Yang, Y. & Guo, Y. New Phytol. 217, 523–539 (2018).
  6. Kim, B. G. et al. Plant J. 52, 473–484 (2007).
  7. Cacas, J. L. et al. Plant Physiol. 170, 367–384 (2016).
  8. Tartaglio, V. et al. Plant J. 89, 278–290 (2017).
  9. Posse de Chaves, E. & Sipione, S. FEBS Lett. 584, 1748–1759 (2010).
  10. Manishankar, P. et al. J. Exp. Bot. 69, 4215–4226 (2018).
  11. Pei, Z. M. et al. Nature 406, 731–734 (2000).
  12. Nagano, M. et al. Plant Cell 28, 1966–1983 (2016).
  13. Hao, H. et al. Plant Cell 26, 1729–1745 (2014).
  14. Platre, M. P. et al. Science 364, 57–62 (2019).
  15. Lenarčič, T. et al. Science 358, 1431–1434 (2017).