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やっぱり高い英語の壁

英語を母語としない科学者の前に立ちはだかる英語の壁は、時に研究に支障を来すほど手強い。

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Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2019.191028

原文:Nature (2019-06-10) | doi: 10.1038/d41586-019-01797-0 | When English is not your mother tongue

Chris Woolston & Joana Osório

科学者という職業に魅力を感じる人は世界中にいる。しかし研究者は、たとえ出身地が北京やベルリン、ブエノスアイレスであっても、自分の思い付きや発見のほとんどを英語で表現しなければならない。科学は英語という優勢言語を持つことでプロセスを合理化することができたが、余分な壁や衝突の可能性も生じさせてしまった。例えば2019年1月には、デューク大学(米国ノースカロライナ州ダラム)の生物統計学のアシスタント・プロフェッサーが中国出身の学生にキャンパスでは中国語で会話をしてはならないと注意したとして物議を醸した。

そこでNature は、7人の研究者にプライベートや仕事に関して経験した言葉の壁について語ってもらい、考えを聞いた。

単純な問題ではないYANGYANG CHENG物理学者、コーネル大学(米国ニューヨーク州イサカ)

デューク大学での一件は世間の耳目を集めたが、これは単純な問題ではない。中国人学生が母語で会話をすることに不満を表明したアシスタント・プロフェッサーがソーシャルメディアで激しく叩かれたのは当然だ。しかし、中国で生まれ育った私は、今回の騒動を世間とは異なる視点から見ている。私は多くの国際共同研究に参加した経験から、欧州の研究者同士は海外の学術環境でも母語で会話をすることが多いが、中国人や韓国人の科学者はあまりそうしないことに気付いた。母語で科学の話をしようとすると違和感があるのだ。

英語圏の教授の一部が中国人学生に不満を感じていることは知っている。しかし、中国で英語教育を受ける機会は非常に限られているのだ。英語をはきはきと話せない学生は、科学においても明快な思考力がないと思われがちだが、そうした捉え方は間違っている。

幸い私は小学校から英語を学び始め、早い段階で高い英語力を身に付けることができた。中学校に通う頃には、(英語が得意な中国人女性の多くがそうであるように)将来は通訳か翻訳者になるのだろうと思われていた。けれども私がなりたかったのは科学者だった。私は大学の入学試験を英語で受けることに何ら困難を感じなかったが、科学が非常によくできた仲間の多くが英語での入試に苦戦していた。彼らは言葉の壁だけを理由に国外で博士号を取得することを断念してしまった。

中国人研究者は世界の科学に多大な貢献をしてきたが、そのほとんどが英語を用いて成し遂げられた。中国語は豊かで美しい言語だが、物理科学の記述に必要な語彙の多くを欠いている。私自身、自分の研究を中国語で説明してくれと言われたらどうすればよいのか分からない。大変な努力が必要だろう。

心を開いてSNEHA DHARWADKAR野生生物学者、ベンガル野生生物研究センター(インド)

私は、インドの科学者は英語を話せない人を見下す傾向があることに気付いた。私は自然保護分野の研究をしている。欧米の科学者が現地調査のためにインドに来て地元住民を雇用するとき、英語を話せる人が強く好まれる。英語をうまく話せないスタッフを雇ってしまうと、訓練に余計な時間を割かなければならないと考えているからだ。確かにその通りである。インドにいる自然保護活動家のほとんどは時間も資金も足りておらず、余計な手間をかけたくないと考えている。けれどもそうすると、英語を学ぶことができた恵まれた境遇の人々ばかりが雇用されることになる。

インドには、科学に貢献したいと思っているが、英語が操れないためにそれができない人が大勢いる。研究資金配分機関が客員研究員への資金提供条件として、英語を流暢に話せなくても地元住民を雇用するように促す条項を付ければ、こうした状況の改善に役立つだろう。地元住民は、その地域を訪れたことがない科学者よりも問題をよく理解している。研究にとって重要なのはその知識であり、ヒンディー語で語られようと英語で語られようと関係ない。

私は@herpetALLogyというTwitterグループのメンバーだ。このグループには経歴も言語も指向も異なる爬虫類・両生類学者が集まっていて、自分自身について語るスペースもある。言語の壁の高さは、それに直面したことのない人には想像がつかないものかもしれない。

科学は地元住民に手を差し伸べ、プロジェクトの管理者以外にも恩恵をもたらすべきだと思う。私がスタッフを採用するときには、彼らにどんな貢献ができるかだけでなく、彼らがどんな経験をすることになるかも考えるようにしている。私たちは彼らが抱えている問題について話し合い、私はそこから多くを学ぶことができる。科学者は、科学を好む全ての人にオープンな心で接する必要がある。

協力が必要VERA SHERIDAN言語・異文化間関係研究者、 ダブリンシティー大学(アイルランド)

私の母語は英語ではない。1956年のハンガリー事件の際に、家族と共にハンガリーからアイルランドに亡命してきたからだ。このため非英語圏出身の学生たちには同情する。学生はただでさえ多くを学ぶ必要があるのに、まずは英語を学ばなければならないからだ。私は、世界のさまざまな地域から来た研究者が学術英語の基礎を学べる資料のリスト作りを手伝った(go.nature.com/2wx54tc参照)。

多くの学者は、学生たちが十分に仕上がった状態で自分のところに来ると考えているが、どんな学生も自分の専門分野の文化を学ばなければならない。英語を母語としない学生にとっては、これは気が遠くなるような作業であり、一人では到底達成することが不可能で、指導教員や機関の協力が必要だ。

指導教員は、英語で科学論文を執筆する際の慣行や各種の学術誌が投稿者に期待することを学生が十分理解できるように、もっと時間をかけて教える必要がある。博士論文を科学誌に掲載される論文に変えるにはコツがある。指導がなければ、学生がどうにか書き上げた不格好な論文が受理される可能性はほとんどない。

機関は、世界中から集まる学生の支援にもっと力を入れる必要がある。アカデミック・ライティングの専門家を雇用するだけでは不十分だ。こうした専門家は人文科学か社会科学を学んできていることが多いからだ。自然科学を学ぶ学生は、専門分野の論文の執筆を科学者に支援してもらう必要がある。

私の知り合いのインド人研究者は、論文を投稿したが主に言葉の問題で返却された。問題点を訂正できたと思った彼は論文を再投稿したが、結局却下されてしまった。問題は研究の質ではなく、英語の質だった。彼は、人生で最悪の経験の1つだったと言っている。

彼の論文に訂正すべき点がそんなにたくさんあったとは思わない。世界の豊かな国々の力をもってすれば、非英語圏の人々が科学の世界に入りやすくすることはできるはずだ。言語サポートや翻訳サービスを研究助成に組み込むこともできるだろう。

英語話者は科学の門番になった。この門を閉ざし続けることで、私たちは多くの展望と多くの優れた研究を失っている。

必要なのは指導者CLARISSA RIOS ROJASエクパパレク(オランダ・ファルケンボスクワルティール)理事

私はペルー生まれで、母語はスペイン語だ。外国の出身であることには利点がある。研究室が国際化するにつれ、異なる国籍の人々と仲良くなる能力が役に立つようになってきたからだ。例えば私は、スペイン語によく似た言葉を話すイタリア人やポルトガル人の科学者とすぐに打ち解けることができる。私が彼らと関わることには大きな理由がある。

私の経験上、非英語圏で育った人々が科学に携わろうとすると、競争において非常に不利になる。単に、科学論文を読んだり書いたりするのに苦労するからではない。科学のプロセスや文化に触れたことのない人が多いからだ。科学の世界で成功を収めるためには、新しい語彙を身に付けるだけでは足りない。自分の母語で、親身な指導を受ける必要がある。

2015年、私は中南米出身の学生が学問の世界で生きられるように指導するエクパパレク(Ekpa’palek、アマゾン先住民の言語で「子どもに最初の一歩を踏み出す方法を教える」という意味)というプログラムを設立した。指導を受けている学生の約90%がスペイン語、約10%はそれ以外の言語を母語としている。優先度が高いのは、やはり英語の習得だ。ほとんど全ての博士論文が英語で執筆され、就職のための面接も英語で実施されるからである。YouTubeには多くの言語のチュートリアルがあるので、私は学生たちにこうしたものを利用するように勧めている。インターネットを利用できる環境にない学生には(ペルーではよくある問題だ)、教会に行くように勧めている。通常、教会にはネイティブの英語話者がいるし、多くの場合、練習に快く付き合ってくれるからだ。

言語の多様性を受け入れるTATSUYA AMANO動物学者、クイーンズランド大学(オーストラリア・ブリスベン)

英語を母語としない人々は新たな視点をもたらす存在だ。 | 拡大する

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日本語を母語とする私は、言葉の壁に常に苦労してきた。けれども科学の戦いも苦しいものだ。自然保護の分野では、多くの研究がいまだに現地語で行われている。私と同僚は2014年に発表された生物多様性の保全に関する論文7万5000編以上について、どの言語で書かれているかを調査し、2016年にPLoS Biologyで発表した(T. Amano, J. P. González-Varo & W. J. Sutherland PLoS Biol. 29, e2000933; 2016 )。その結果、約36%の論文が英語以外の言語で発表されていたことが明らかになった。こうした情報は、英語で書かれたものに比べてアクセスしにくいため、広く読まれない。

英語が優勢言語であることは、科学記録にかなりのバイアスを生じさせている。私たちは2013年にProceedings of the Royal Society Bに発表した論文において、英語話者の割合が比較的高い国の方が生物多様性データベースの完成度が高いことを発見した(T. Amano & W. J. Sutherland Proc. Biol. Sci. 280, 20122649; 2013) 。別の言い方をすると、英語話者がほとんどいない国では、生物多様性の記録が比較的手薄である。その結果、世界の多くの地域の生物多様性に関する私たちの知識は、しっかりしたものにできる可能性があるのに、いささか心もとないものになっている。

私たちは言語の多様性を受け入れ、英語以外の言語での科学的知識を掘り起こすために力を合わせる必要がある。これが、クイーンズランド大学での私の研究の大部分を占めている。私は保存的介入を評価する研究を世界中から探しており、英語以外の言語で執筆され、査読を受けた論文をこれまでに600編以上発見している。私はこうした言語を母語とする人々と協力することで、論文に書かれている内容をよりよく理解し、英語による知識がどのように補完され、あるいはその欠落が埋められるかを確認しようとしている。

英語を母語とする人々の多くが、言語の壁を小さな問題と考えているのではないだろうか。彼らはグーグル翻訳が全てを解決してくれると思っているかもしれない。けれども、そんな技術はまだ存在していない。科学論文を翻訳プログラムにかけても、意味のある文章は出てこない。

私たちは英語を母語としない話者への態度を変える必要がある。あなたが科学誌への投稿や求人への応募を審査する機会があったら、英語を母語としない人々がもたらす新たな視点について考えてほしい。あなたが英語を母語としない人であるなら、国際コミュニティーに多様な意見やアプローチをもたらす存在であることを誇りに思ってほしい。

英語教育の改善をMONTSERRAT BOSCH GRAUin vitro研究部門長、センソリオン社(フランス・モンペリエ)

私がスペインのジローナ大学で受けていた博士号奨学金には、国際共同研究を助成する「機動的予算」が含まれていた。そのおかげで、2000年から2002年にかけて、合計12カ月にわたってフランス国立科学研究センター(CNRS;モンペリエ)で過ごすことができた。私はそこで2つの言語を同時に学ばなければならなかった。研究のための英語と、日常生活のためのフランス語である。意思疎通ができないのはもどかしかったが、私は常に神経を研ぎ澄ませ、積極的でいることを心掛けた。同じ言葉を話せない私のところに人々が来てくれることはなく、私の方から働き掛けなければならなかったからだ。

私は中等学校で英語を学んでいたが、ごく初歩的なものだった。スペインには英語のテレビ番組もなかった。私が通った大学では英語を全く教えていなかった。フランスでは、外国人学生がフランス語を学べる課程はあったが、英語の課程はなかった。

私は英語の文章をなるべくたくさん読んだ。科学論文だけでなく文学作品も読んだ。英語でくだけた会話ができる相手を常に探した。滞在国がフランスだったため、同僚や友人の多くは非英語圏出身の人々で、お互いを利用して英語を勉強した。私たちは英語を母語とする人々にも話し掛けたが、相手が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。特に分からなかったのがイギリス人の英語だった。イギリス訛りは難しいというのが私たちの共通の感想だった。英語を母語とする人々の多くが、自分の話し方が速過ぎることに気付いていない。英語を母語としない人々の一部は、英語で話す相手として、ネイティブの人よりもネイティブでない人を好んだ。その方が楽に話せるからだ。

言葉は成功を手にするための道具である。話し方や概念の定義の仕方を習得する技術は絶対に必要だ。科学における意思疎通には共通の言語が必要で、今は英語がそれなのだ。英語が科学の共通語になっているのは良いことだ。正確で率直な英語は、科学にうってつけの言語である。英語に堪能なら、学術機関でも産業界でも、自分が望む仕事やプロジェクトを手にすることができる。

私自身は、言葉の壁にやりたいことを阻まれたことはない。それでも、英語を母語とする人々と比べれば、学会で英語を話したり、英語で論文を書いたり特別研究員奨励費を申請したりするのは難しく、より多くのエネルギーを必要とする。まずは英語と戦わなければならないからだ。

学会では、完璧な英語を話せないことは大した問題ではなく、ある程度話せれば理解してもらえる。けれどもそれにも限界はある。あまりにも話せないと、コミュニケーションを取れなくなる。後で科学的な議論をすることもできず、情報や知識を共有する機会は失われる。

大学入学前と在学中の英語教育は改善する必要がある。どの国も、私が経験したような外国での研究を博士課程に組み込むべきだ。

英語でのコミュニケーションは常に完璧にはいかないことを受け入れて、とにかくやってみよう。英語の本を読み、英語のテレビ番組を観よう。研究室の報告書は全て英語で書き、会議も英語で行おう。英語の訓練を受けられるように所属機関に頼んでみよう。博士課程の間に外国の研究室に滞在したり、他の研究室と共同研究を行ったり、行き来したりするための費用を出してくれるように、研究室の主宰者に頼んでみよう。旅はあなたの英語力を磨き、外国や外国での暮らし方を教えてくれ、あなたの心を開いてくれる。

長く不公平な歴史MICHAEL GORDIN近現代史教授、プリンストン大学(米国ニュージャージー州) 『Scientific Babel』(シカゴ大学出版局、2015年)著者

英語が他の言語よりも本質的に科学に向いているということはない。中国語でもスワヒリ語でも、科学は同じように進んだはずだ。けれども多くの経済的および地政学的な力が、善かれ悪しかれ、英語を科学研究の優勢言語にした。

国際語を1つだけ持つことは科学の取り組みの効率を高めた。現在、世界には約6000の言語がある。こうした言語の全てで科学が行われていたら、多くの知識が失われてしまっていただろう。18世紀と19世紀の欧州の科学者の多くは、専門分野の進歩についていくために、フランス語、ドイツ語、ラテン語を学ばなければならなかった。使用する言語を1つに絞ることで、私たちの負担は大いに軽減された。しかし、不公平さの問題もある。英語を話さない国では、高い教育を受けた人しか科学に関わることができない。そのせいで本当に優秀な人材を失っている可能性がある。

これまでの数世紀間、世界の科学者は英語を用いることに適応してきたが、英語も科学に適応してきた。英語は概念やプロセスを表す語彙を獲得した。新しい分野が生まれると、既存の語彙に新しい専門用語が追加される。コンピューターサイエンスの分野では、「インターネット(Internet)」「ソフトウエア(software)」「サイバネティクス(cybernetics)」などの英語の専門用語がほぼ例外なく使われている。多くの言語は英語のような歴史を持たないため、土台となる科学的語彙がない。タイ語やヒンディー語を科学の共通語にしようとすると、全ての専門用語を一から作る大作業が必要となる。

私はよく、英語はいつか他の言語に取って代わられるのだろうかと質問される。私はそうは思わない。英語は特異な言語であるからだ。英語は人類が初めて手にした単一の世界語で、同じことがもう一度起こるとは思えない。将来的には、もしかすると今世紀中にも、科学は3つの言語に分裂するかもしれない。英語と中国語ともう1つの言語、例えばスペイン語、ポルトガル語、アラビア語などだ。

今、英語を母語とする全ての科学者が突然いなくなったとしても、英語は今後も科学の優勢語であり続けるだろう。それだけ多くの知識が英語で記されているからだ。そうした知識がすぐに失われることはない。

(翻訳:三枝小夜子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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