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シナプス強度を制御する分子機序を解明

廣瀬 謙造

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180815

脳機能を支える神経回路は、神経細胞同士がシナプスというつなぎ目を介して複雑につながることで作られる。脳の情報や指令は、神経細胞内においては電気的に伝達されるが、シナプスでは神経伝達物質を内包した小胞を介して化学的に伝達される。しかし、伝達の強度を左右する小胞放出の場の数や、場の形成過程などは不明であった。このほど、廣瀬謙造・東京大学大学院医学系研究科教授らは、独自に開発した高感度のイメージング技術に分子の超解像可視化技術を組み合わせることで、場の形成に関わる分子実体の解明に成功した。

–– 単一レベルのシナプスを直接観察して成果を挙げました。

廣瀬: 私は薬理学の出身で、イメージングを用いた「もの、現象、かたち」の生理学研究を進めています。「もの」とは分子を、「現象」とは活動電位などの物理学的に測定可能な現象を、「かたち」とは解剖学的な形態や大きさを意味します。そもそもは細胞内のカルシウムイメージングをやっていたのですが、そこからカルシウム情報伝達に関与するイノシトール三リン酸(IP3)、さらに約10年前からグルタミン酸のイメージングへと進みました。グルタミン酸は脳における神経伝達物質の本丸といえますが、脳のイメージングは他の組織よりも遅れており、グルタミン酸の挙動が分かれば脳機能について面白いことが分かると考えたのです。今回の成果は、シナプスから放出されるグルタミン酸のイメージングに加え、分子の超解像可視化技術を組み合わせて得られたものです1

–– シナプスを介した情報伝達とは、どのようなものですか?

廣瀬: シナプスは、神経細胞同士で電気信号をやりとりするための「つなぎ目」として機能しています。伝える側の神経細胞(シナプス前終末)から情報伝達物質を含む直径約40nmの小胞が放出されると、内包していた情報伝達物質が受け手の神経細胞(シナプス後細胞)の受容体に結合し、信号が伝わる仕組みです。情報伝達物質にはグルタミン酸の他、ドーパミン、GABAなどがあり、それぞれに固有の機能を担っています。例えば、グルタミン酸は電気信号を伝える興奮性シナプス伝達を担います。

–– 今回の研究の目的とは?

廣瀬: 神経伝達物質の放出強度は、「シナプス前終末における小胞を放出する場(サイト)の数」「放出する確率」「小胞内に充塡される神経伝達物質の量」という3因子によって決まると考えられますが、具体的にどのような分子メカニズムで実装されているのか分かっていませんでした。特に、1つのシナプスに放出サイトがいくつあり、それがどのような分子によって制御されているかなどは、全く不明でした。これらの疑問を、私たちが独自に開発したグルタミン酸のプローブを利用して解明しようと目論みました2。このプローブは、グルタミン酸受容体のタンパク質を一部人工改変して蛍光色素を結合させたもので、極めて高感度に解析できるのが特徴です。

–– どのような実験をされたのですか?

廣瀬: まず、ラットの海馬から神経細胞を取り出し、数週間、シャーレで培養して神経回路を作らせました。培養するだけで神経細胞同士が接続し始め、自然に回路様の構造が出来上がるのです。次に、この神経回路にグルタミン酸プローブを加え、グルタミン酸の局在を可視化しました。この状態で回路を何度も電気刺激して小胞の放出を促し、放出されるたびにグルタミン酸が明るく光る様子を録画しました(図1)。

図1 グルタミン酸放出のイメージング解析
上段:海馬培養神経細胞を標識したグルタミン酸蛍光センサー (EOS)の蛍光画像。
中段:電気刺激によって誘発されたグルタミン酸シグナル(EOS の蛍光強度変化)の画像。
下段:シナプスマーカーvGlut1の蛍光免疫細胞化学像。vGlut1の染色パターンとグルタミン酸シグナルの空間パターンが良く一致しており、EOS により単一シナプスから放出されたグルタミン酸が捉えられたことが示された。 | 拡大する

動画にすると光が点滅しているように見えるのですが、そこからある単一のシナプスのデータだけを抜き出し、小胞が放出される様子を詳しく解析しました。その結果、電気刺激しても全てのシナプスが小胞を放出するわけではなく、ばらつきがあると分かりました。機械やAIを設計する際にはエラーがないようにしますが、シナプスは少なからず小胞放出に失敗していたのです。

このような傾向はある程度知られていました。「シナプスには小胞の放出サイトが1つしかないので、確率的に『放出しない』という事象が起こりやすい」とする報告があったからです3。一方で、「放出サイトが1つでは、説明できない現象がある」と反論する研究者もいました。

–– 先生も、放出サイトは複数あると考えたのですね?

廣瀬: はい、そうです。そこで、シナプス1つ当たり約100回の電気刺激試行を刺激の強さを変えながら繰り返し、小胞放出に成功したか失敗したか、成功した場合はそのシグナルの大きさを計測しました。蓄積したデータを統計学的に処理したところ、放出サイトの数はシナプス1つ当たり2~18個程度で、その数はシナプスが大きいほど多い傾向にあると分かりました。やはり、放出サイトは1つだけではなかったのです。このことから、伝えられる情報も0か1かの二進数ではなく、幅のある量(複数ビット量)だと分かりました。

加えて、シナプス前終末とシナプス後細胞とで信号伝達が全く同期しているわけではないことも分かりました。「伝えられたとおりに伝わるとは限らない」といえば分かりやすいでしょうか。放出サイトが多くても、放出確率が高すぎたりすると、小胞の補充が間に合わなくなり、放出が抑制されるようでした。一方、放出確率が低いと、今度は伝達が促進されるようになりました。脳回路における信号伝達の抑制と促進は、短期記憶などの認知機能に深く関与していると考えられています。

–– さらに、放出サイトの数や機能を左右する分子も突き止めたのですね。

廣瀬: はい。次の段階として、その解明を進めました。まず既知の情報を使って候補を絞りました。シナプス前終末の開口部には数十種類のタンパク質が存在すると分かっていますが、その中から「機能が未解明、かつ、発現をなくすとシナプス構造は残るものの、小胞放出能が失われるもの」を探したのです。すると、Munc13-1というタンパク質が残りました。さっそく、蛍光色素でMunc13-1を標識し、局在および小胞放出との関連を調べたところ、Munc13-1は小胞の放出面に存在し、Munc13-1分子の数がグルタミン酸のイメージングで同定された放出サイトの個数と強く相関することが分かりました。

さらに、STORM(確率的光学再構築顕微鏡)という超解像顕微鏡技術を使ってシナプスにおけるMunc13-1の局在をより高精度に調べたところ、Munc13-1分子がナノメートルサイズの集合体(超分子集合体)を形成していると分かりました(図2)。超分子集合体は、おのおのが10個程度のMunc13-1分子によって形成されており、約100nmの間隔で秩序正しく配置されていたのです。Munc13-1には、小胞の開口放出に必要なSyntaxin-1というタンパク質を捕捉する機能があることも分かりました。

図2 落射蛍光顕微鏡で観察したMunc13-1の蛍光免疫細胞化学像 | 拡大する

–– 超分子集合体はどのようにして作られるのでしょうか?

廣瀬: 興味深いことに、何らかの外的な作用によるのではなく、自然にMunc13-1分子が集合し、一定サイズの集合体を作り出していました(図3)。水分子が自然に集まってある程度の大きさの雨粒になるのと同じような原理だと思います。ナノテクノロジーでは自己集合させてボトムアップする集積手法がありますが、その生命版といえるかもしれません。このような超分子集合現象は2006年にSTORMが開発されたことで観察可能になりました4。まだ新しい研究分野で、免疫学領域などでは報告がありますが、神経科学領域ではほとんどないと思います。

図3 シナプス小胞放出サイトの分子実体:Munc13-1超分子集合体モデル
Munc13-1 分子はシナプス前終末局所において自己集合し、複数のSyntaxin-1 分子を限定した領域に集め、シナプス小胞の放出サイトを作り上げる。各ステップは超分子的に制御され、神経回路での安定したシナプス機能を実現している。 | 拡大する

–– 総じてどのような知見が得られたのでしょうか?

廣瀬: 最大のインパクトは、全てのシナプスが同じように働いているのではなく重み付けがなされていることを、Munc13-1の超分子集合という仕組みで端的に示した点にあると思います。シナプスには可塑性があることが示されていますが、今回の仕組みはその本態を担うものと考えられます。ただし、Munc13-1の超分子集合が何をきっかけに形成されるのか、サイト数が変化する際に何が起こっているのか、それが脳の機能とどのように関連しているのか、といった点は全く分かっておらず、今後の課題です。

それに、例えば統合失調症や発達障害などに、今まで捉えることのできなかった微細な構造の異常が関連している可能性もあります。現在開発中のドーパミンやセロトニンのプローブで、この辺りの研究も進めていくつもりです。先行研究がなく、研究を設計するために参考にできるものがないので苦労もありますが、「人がやらないことをやる」がポリシーなので、仕方ないですね。

–– ありがとうございました。

聞き手は、西村尚子(サイエンスライター)。

Author Profile

廣瀬 謙造(ひろせ・けんぞう)

東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻 細胞分子薬理学分野 教授
1992年東京大学医学部医学科卒業。同大学大学院医学系研究科細胞分子薬理学助手、同講師、同助教授を経て、2005年名古屋大学大学院医学系研究科教授に就任。2008年に東京大学大学院医学系研究科神経生物学分野教授を経て、2018年より現職。「人がやらないことをやる」を理念とし、イメージングなど新しい技術開発を行いつつ、その技術により生体の機能を探る研究を進めている。

廣瀬 謙造氏

参考文献

  1. Sakamoto, H. et al. Nature Neuroscience 21, 41–49 (2018).
  2. Takikawa, K. et al. Angewandte Chemie International Edition 53, 13439–13443 (2014).
  3. Korn, H. et al. Science 213, 898–901 (1981).
  4. Rust, M. J. et al. Nature Methods 3 (2006).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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