2D半導体の横方向ヘテロ接合をワンポットで
原子レベルの薄さの半導体シート材料である「二次元(2D)半導体」は、フレキシブル電子デバイスをはじめ、低電力で高速の電子デバイスや光電子デバイスを実現できる多大な可能性を秘めている1-3。これらのデバイスは、2種類以上の2D半導体が接合した「ヘテロ構造」を必要とする場合が多く、そうした構造体を大量に作製する汎用的でスケーラブルな手法が求められている。2D半導体のヘテロ構造体には、2D材料を垂直方向に積み重ねてファンデルワールス力で結合させたものと、2D材料の端辺(エッジ部)同士を横方向に接合したものがあるが、前者は複雑な構造体がすでにいくつも作製されているのに対し、後者は課題が多く、発展が期待されていた。今回、南フロリダ大学(米国)のPrasana Sahooらは、2種類の2D遷移金属ジカルコゲニド(TMD)が横方向に連続接合した高品質なヘテロ構造体を作製する簡便な方法を開発し、Nature 2018年1月4日号63ページに報告した4。この方法では、キャリヤーガスの種類を変えるだけで構造を制御でき、しかも1つの容器内で一連の反応を完結させられる。
TMDは、モリブデン(Mo)やタングステン(W)などの遷移金属と、硫黄(S)やセレン(Se)などのカルコゲン元素からなる化合物で、MX2の一般式で表される(M:遷移金属、X:カルコゲン)。TMDの横方向ヘテロ構造体は、2枚のTMDシートのエッジ部を共有結合で「縫い合わせる」ことにより形成でき、近年、「エッジエピタキシャル成長」と呼ばれる方法が相次いで報告されている5-9。この方法は、1種類のTMD結晶をあらかじめ成長させておき、そのエッジ部から別の種類のTMDを成長させるというものだ。横方向ヘテロ構造体では、電流を一方向にのみ流す(整流)特性を示すp–n接合を形成させて、電子デバイスや光電子デバイスの構成要素の1つとすることができる。2Dのp–n 接合は、発光ダイオードや太陽電池、集積回路(チップ)などのデバイスを原子レベルまで薄くできる可能性があり、大いに有望だ。
TMDの横方向ヘテロ構造体はこれまで、単一段階法5,6、あるいは二段階法か多段階法7-9で作製されてきた。しかし、単一段階法は、多接合や複数種類のヘテロ構造体の作製には対応できず、二段階法や多段階法では、TMD前駆体や反応器を何度も変える必要があった。これに対し、今回Sahooらが開発した方法では、1つの反応器内で複数段階の反応が完結する「ワンポット」法により、こうした制約の数々が克服されている。Sahooらの方法には長所がいくつもあるが、中でも注目すべきは、簡単な操作で異なるTMDを選択的に成長させられることだろう。
Sahooらの手法の基盤にあるのは、「化学気相成長(CVD)法」だ。この方法では、基板をガス状の前駆体化合物(または前駆体化合物とキャリヤーガスの混合物)にさらし、温度と圧力を最適な状態に調節することで反応または分解を促進させ、基板上に目的の固体生成物を成長させる。Sahooらは今回、CVDの反応器内に通すガスの種類を切り替えるだけで、MoX2とWX2の粉末混合物から、これらのTMDの2Dシートを順次成長させて、横方向ヘテロ構造体を形成できることを見いだした。
成功の秘訣は、キャリヤーガスとTMD粉末との間で起こる、複雑で興味深い化学反応にある。MoX2やWX2は、高温に熱すると水蒸気(H2O)と反応して酸化物や水酸化物などの揮発性の高い化学種を生成する。これらの前駆体が、反応器に通すガスの種類に応じてMoX2またはWX2として基板上で選択的に成長するのである。まず、窒素(N2)とH2Oの混合ガスを通すと、MoとWの両方が揮発性の酸化物や水酸化物を生じるが、Wは主に揮発性がより高い水酸化物となるためMoX2の成長だけが促進される。次に、水素(H2)とアルゴン(Ar)の混合ガスに切り替えると、Mo前駆体はH2によって急速に還元されるが、W前駆体は還元反応の速度が遅いために基板へと運ばれてWX2のみが成長する。キャリヤーガスの切り替えを繰り返すと、MoX2ドメインとWX2ドメインが交互になったヘテロ接合がその回数分形成でき、連続した横方向ヘテロ構造体が得られる(図1)。
Sahooらは、作製したヘテロ構造体を、ラマン分光法、フォトルミネッセンス分光法、高分解能の走査型透過電子顕微鏡法を用いて詳細に観察した。その結果、2種類のTMDドメインが欠陥なく横方向に交互に連続していること、そして各ドメインが1種類のTMDのみからなることが確認された。ドメインの接合境界は、MoX2からWX2へと切り替わる部分では、2種類のTMDの混合を経て徐々に変化する「グラデーション」領域が見られたのに対し、WX2からMoX2へと切り替わる部分では、TMDの種類は原子レベルで「明確」に移行していた。これらの特徴は、得られた全ての構造体で共通していた。
成長の順序によって境界の特徴が異なることについて、Sahooらは、Mo化合物とW化合物の酸化反応や還元反応の速度の違いと、ガスが切り替わる際の機構の違いが原因ではないかと考察している。例えば、H2OからH2への切り替えでは、反応器内のH2Oを完全に除去することができず、WX2ドメイン内に少量のMoX2が析出してグラデーションが形成されると考えられる。一方、H2からH2Oへの切り替えでは、揮発性が低くそれ以上は酸化されにくい形態のW亜酸化物が生じてWX2の析出が完了し、また、H2により金属Moの形まで還元されたMoの酸化はMoX2からの酸化よりも遅いため、すでに形成されたWX2のエッジ部にMoX2が析出し始め、これにより明確な境界が生じると考えられる。
次にSahooらは、同じ手法を用いて、1種類の金属(MoまたはW)と2種類のカルコゲン(SとSe)からなるTMDの「三元合金」で多接合の横方向ヘテロ構造体を作製できることを実証した。原料としてMoSe2とWS2またはMoS2とWSe2の粉末混合物を用いることで、MoS2(1−x)Se2x合金とWS2(1−x)Se2x合金(xは1未満の数)の2ドメインからなる高品質な2D横方向ヘテロ構造体を得たのである。合金の組成を変えれば、こうしたヘテロ構造体の光学的特性と電気的特性を微調整できる可能性がある10。
Sahooらはさらに、今回作製したTMDヘテロ構造体について、各ドメインの詳細な電気特性評価と、MoSe2–WSe2間およびMoS2–WS2間の単一接合部での電気輸送測定を行った。その結果、MoX2は電子ドープ型の挙動を、WX2は正孔ドープ型の挙動を示すことが明らかになり、これらの境界では典型的な整流特性、つまりダイオードに似た応答が観測された。これは、ヘテロ構造体の接合部で良好なp–n接合が形成されていることを示している。また、接合部に光を照射すると大きな光誘起電流が発生する、という「フォトダイオード」の挙動も確認された。これほど微小なp–n接合ダイオードやフォトダイオードを構築できる技術は、電子デバイスや光電子デバイスの小型化を目指す今後の取り組みで重要になってくるだろう。
今回のSahooらの方法は、高品質な横方向ヘテロ構造体の作製に向けて道を開くものと期待される。ただ、さまざまな種類のTMDを任意に組み合わせたヘテロ構造体の作製を可能にするには、一連の反応における熱力学と化学を原子レベルで明らかにすることが必要だ。さらに、グラデーションが形成されるような接合境界を、より明確にできる技術の開発も望まれる。
今回の手法を拡張し、MX2と他の2Dエキゾチック物質(金属、半金属、超伝導の特性を有する材料など1,2)を横方向にヘテロ接合させて、新しいタイプのデバイスを作製する技術を開発することも重要だ。複数の接合が連続する複雑なTMD 横方向ヘテロ構造体が利用可能になれば、境界での電荷移動機構などの基礎物理の探究も可能になるだろう。いずれにしても、今回のSahooらの手法によって概念実証用のプロトタイプデバイスの開発が可能になり、2D技術の実現可能性と適用範囲に関する我々の知見が深まることは間違いない。
翻訳:藤野正美
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 4
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180433
原文
Nanoscale interfaces made easily- Nature (2018-01-04) | DOI: 10.1038/d41586-017-08755-8
- Weijie Zhao & Qihua Xiong
- Weijie Zhao & Qihua Xiongは、南洋理工大学(シンガポール)に所属。
参考文献
- Novoselov, K. S. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 102, 10451–10453 (2005).
- Geim, A. K. & Grigorieva, I. V. Nature 499, 419–425 (2013).
- Ajayan, P., Kim, P. & Banerjee, K. Phys. Today 69, 38–44 (2016).
- Sahoo, P. K., Memaran, S., Xin, Y., Balicas, L. & Gutiérrez, H. R. Nature 553, 63–67 (2018).
- Gong, Y. et al. Nature Mater. 13, 1135–1142 (2014).
- Huang, C. et al. Nature Mater. 13, 1096–1101 (2014).
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