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CRISPRの特許争いにひと区切り

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170514

原文:Nature (2017-02-23) | doi: 10.1038/nature.2017.21502 | Broad Institute wins bitter battle over CRISPR patents

Heidi Ledford

米国特許商標庁はゲノム編集技術の特許をめぐる争いで、ブロード研究所に軍配を上げた。

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dla4/iStock / Getty Images Plus/Getty

米国特許商標庁(USPTO)は、CRISPR–Cas9系を使った遺伝子編集技術についての一連の特許権が、ブロード研究所(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)にあるとする判断を示した。大きな収益が見込めるゲノム編集技術の知的財産権をめぐって、同研究所(マサチューセッツ工科大学とハーバード大学の共同運営)とカリフォルニア大学(米国)の対立が続き、USPTOの判断が待たれていたが、これでひとまず決着がついたことになる。

ゲノム編集技術に関する特許を先に取得したのはブロード研究所だったが、出願はカリフォルニア大学の方が先だった。カリフォルニア大学側は、この技術をブロード研究所の研究者らよりも先に発明したと主張している。カリフォルニア大学側の弁護士らはブロード研究所の特許を無効にしようと、「抵触審査(インターフェアランス;先発明者決定)」の手続きを申請した。しかし2017年2月15日、抵触はなかったと判断された。つまり、ブロード研究所の発明はカリフォルニア大学の発明とは別物ということであり、ブロード研究所の特許は有効となる。カリフォルニア大学の特許出願は特許審判抵触審査部から審査官に差し戻されるだろうが、法的な異議申し立ては今後も続く可能性がある。

抵触審査手続きの宣言があったのは2016年1月で、ブロード研究所の弁護士らはこの手続きの中で、「カリフォルニア大学の特許出願には、マウスやヒトなど真核生物の細胞にCRISPR–Cas9系ゲノム編集技術をどのように適用できるかが明記されていない」と主張した。ブロード研究所の特許はこの区別をつけており、その結果、両者の対応特許群は重ならないと考えられると、ブロード研究所の弁護士らは述べている。この戦略のおかげでブロード研究所は、植物や家畜、ヒトでのCRISPR–Cas9系による遺伝子編集という、最も利益が見込めそうな用途を掌握できることになる。

ただし、カリフォルニア大学の関係者らは今回のUSPTOの裁定を受けて、同大学の特許はそれでもなお、真核細胞とそれ以外の全ての細胞におけるCRISPR–Cas9系の使用に及ぶと主張している。この特許に関する発明者の1人である同大学バークレー校の分子生物学者Jennifer Doudnaはテニスボールになぞらえ「ブロード研究所が申請しているのは緑色のテニスボールに関する特許ですが、我々が申請しているのは全てのテニスボールに関する特許なのです」と説明し、今回の状況を、緑色のテニスボールを使いたい人々が特許権を得るようなものだと話す。

株価上昇
エディタス・メディシン社(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の株価は、同社がライセンス契約済みの特許が有効になる見通しだと明らかになった際に大きく上昇した。 | 拡大する

NASDAQ

たとえそうだとしても、この特許に関してブロード研究所とライセンス契約を結んでいるバイオテク企業、エディタス・メディシン社(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の株価は、USPTOの裁定結果公表直後に急上昇した(「株価上昇」参照)。「我々はUSPTOの判断に満足しています」と、同社社長Katrine Bosleyは談話の中で述べている。「この重要な判断は、ブロード研究所の研究の『進歩性(先行技術に基づくだけでは容易に発明できないこと)』を支持するものです」。

「今回の裁定は公正だと思います」と、知的財産権を専門とするHGF社(英国ヨーク)の特許専門弁護士Catherine Coombesは話す。カリフォルニア大学の発明は、CRISPR–Cas9系による遺伝子編集において、DNA切断酵素Cas9をゲノムの特定部位へ差し向けるという重要な段階を担うガイドRNA分子の設計を対象にしている。しかしCoombesによれば、そのシステムを真核細胞で働くようにさせることは、さらに別の「進歩性」だという。

USPTOの裁定が明らかになった直後の記者会見で、カリフォルニア大学の代理人であるLynn Pasahowは、同大学のチームが控訴するかどうかはまだ決まっていないと話した。

両者が和解に至る可能性もまだ残されている、と話すのは、法律事務所McDonnell Boehnen Hulbert & Berghoff(米国シカゴ)のパートナー弁護士Kevin Noonanだ。今回の特許をめぐる争いは、両者とも発明者が学術機関の研究者でありながら、尋常でない激しさであり、抵触審査手続きに移行する前に和解に至れなかったことには驚きの声も上がっていた。

今回のUSPTOの裁定は、現時点では、真核細胞でこの技術を使いたいと思っている企業にとって不確実性を生み出すものだとNoonanは話す。「誰もが、この特許のライセンスを手放したくないのです。この状況は、人々にとって最大級の不確実性をもたらします。両方とライセンス契約を結ぶ必要があるかもしれないのですから」。

企業が両者からライセンスを得るほかないとすれば、CRISPR–Cas9系による遺伝子編集技術を商業化するコストが高くなってしまうのではないかと、Noonanは付け加える。「これらの問題は大学間で和解に持っていけるはずです。今回の争いは、大学は本来特許ビジネスに手を出すべきでないと考える人々に、さらに多くの批判材料を与えてしまうでしょう」と彼は話す。

Doudnaは記者会見で、研究界におけるゲノム編集技術の普及の速さを考えれば、今回の争いは研究の妨げにはなっていないと述べている。

デラウェア大学(米国ニューアーク)の技術移転責任者であるJoy Goswamiは、同大学が所有するCRISPR–Cas9系の農業応用に関する特許の一部について、ある大手企業がライセンスを取得するかどうか迷ったことをきっかけに、今回の特許をめぐる訴訟を追跡し始めた。おそらく、今回のような特許の状況をめぐる不確実性がその企業の「ためらい」の一因になったのだろうと、Goswamiは話す。しかし、こうした不確実性はバイオテクノロジーの世界では珍しくないことなのだ。

「USPTOの今回の裁定が大きな影響を与えるかどうかは分かりません。概して、予断を許さない状況が続いていると言えるでしょう」とGoswami。

(翻訳:船田晶子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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