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細胞単位で参照できる体の地図作りが熱い!

Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170513

原文:Nature (2017-02-23) | doi: 10.1038/nature.2017.21508 | The race to map the human body — one cell at a time

Heidi Ledford

最先端の画像化法と分子生物学を融合して、がんやヒト組織の単一細胞ごとの地図を作成する競争が加速している。

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STEVE GSCHMEISSNER/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Science Photo Library/Getty

初めて腫瘍の間を通り抜けて飛んだとき、ケンブリッジ大学(英国)の分子生物学者Greg Hannonは、驚愕するとともに、ある考えがひらめいた。Hannonらは、バーチャルリアリティモデルを使用して、血管の中に入ったり外へと飛び出したり、浸潤する免疫細胞を調べたりしていた。そして、これまで前例のない「腫瘍アトラス」というアイデアを思いついたのだった。

「なんてこった!こいつはすごいことになるぞ」と考えた、と彼は回想する。

2017年2月10日、英国ロンドンがん研究所は、分子生物学者、天文学者、そしてゲームデザイナーからなるHannonの研究チームに、これから5年にわたって、乳がんの対話型バーチャルリアリティ地図を開発するための研究資金として最高2000万ポンド(約27億円)供与すると発表した。

Hannonが飛び回ったバーチャルリアリティモデルの中の腫瘍は実物大の模型だったが、実際のモデルには、腫瘍の各細胞内の数千の遺伝子発現と数十個のタンパク質に関するデータも含まれることだろう。うまくいけば、この空間的、機能的な詳細によって、治療に対する腫瘍の反応に影響を及ぼす要因について、もっと多くのことが明らかになるかもしれない。

このプロジェクトは、新世代の細胞アトラス作りを目的とした一連のプロジェクトの1つにすぎない。細胞アトラスとは、各細胞の位置や構成を微に入り細に入り描写する、器官や腫瘍の地図だ。英国がん研究所は、代謝物質とタンパク質に焦点を合わせる同様の腫瘍地図を作ろうとしている別の研究チームにも、最高1600万ポンド(約22億円)を供与した。2017年後半には米国立精神衛生研究所(NIMH;メリーランド州ベセスダ)が、分子情報を桁外れに詳細に表すマウス脳の地図を作るための助成金を誰に交付するかを発表することになっている。

そして、2月23、24日には、ヒト細胞アトラス(Human Cell Atlas;人体のあらゆる細胞を地図化するプロジェクトだが、まだ研究資金の提供を受けていない)の計画を継続するために、研究者たちがスタンフォード大学(米国カリフォルニア州)に集まった。

「この話題には、非常に多くの関心が集まっています」と、ワイツマン科学研究所(イスラエル・レホヴォト)で免疫系のゲノミクスを研究しているIdo Amitは言う。「この研究では『位置』が全てです。この分野の研究者たちは、位置こそが次のステップだと考えています」。

過去数年間、研究者たちは、個々の細胞内に存在する全種類のRNAの塩基配列解読を可能にする技術に群がってきた。こうしたRNAは何万個もあり、これらによってどの遺伝子が発現しているかが分かるとともに、ある器官または腫瘍内で、ある細胞が持っている独特の機能についての手掛かりが得られる。

しかし、塩基配列解読法では、通常、細胞をまずその細胞が含まれている組織から引きはがさなくてはならない。だが、いったん組織から取り出してしまうと、細胞がどこにあって、どのような近隣細胞と相互作用しているかという貴重な情報が失われてしまう。そうした情報は、その細胞がどんな機能を持つのか、また、組織が病的状態になるとその細胞がどのように障害されるかに関して、新たな手掛かりを提供してくれる可能性がある。

「単一細胞塩基配列解読技術には非常に心が躍りますし、大きな将来性があります」と、カロリンスカ研究所(スウェーデン・ストックホルム)の分子生物学者Nicola Crosettoは言う。「けれども、がんや複雑な生理学的組織を考えるときには、そうした情報を空間的な状況の中にはめ込むことができなくてはなりません」

それを実現する技術が登場し始めている。2月6日に、Amitとワイツマン科学研究所の同僚Shalev Itzkovitzの研究チームは、マウス肝小葉の細胞ごとの地図を作成したと報告した(K. B. Halpern et al. Nature 542, 352.356; 2017)。これには各細胞の全RNA塩基配列解読情報も含まれている。肝小葉は従来、同心円状の層に分割される。研究チームは、2つの層の間の界面に存在する細胞で、独特な遺伝子発現パターンが見られることを発見した。「肝小葉組織のこの領域はただの移行ゾーンではなく、特殊な機能を持つ新しいゾーンなのです」と、Itzkovitzは言う。

一方、Hannonは、ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の生物物理学者Xiaowei Zhuangと研究チームを組んだ。Zhuangは、画像化技術を用いて細胞内で読み取ることができるバイナリバーコードを、RNAにコードする方法を開発した。これにより、画像化技術を使って、近隣の細胞から細胞を引きはがすことなく、1個の細胞で同時に何千個ものRNAを検出することができるのだ。「バーコードが飛び出して見える画像を見るたびに、私は映画『マトリックス』を思い出します」とZhuangは言う。

RNAの分子地図作成は、タンパク質などの分子と比べると簡単だ。英国立物理学研究所(NPL;テディントン)のJosephine Bunchらが開発中の腫瘍アトラスには、タンパク質などの巨大分子とともに、脂質や薬剤、代謝物質などの小分子に関する詳細な情報がついている。彼女の研究チームは、この方法で1試料当たり約50個のタンパク質を評価できるだろう。

他の技術で何千個ものRNAを調べられることに比べると、50個という数はそれほど印象的でないかもしれないが、特定の組織に合わせて選択可能な、さまざまなコンビネーションの約50個のタンパク質に関する情報は、主要な細胞タイプを明らかにし、その細胞で働いている重要な分子経路を調べるには十分だと、スタンフォード大学の分子生物学者Garry Nolanは言う。

タンパク質は、ある細胞の機能についてRNAよりもより直接的な展望を与えてくれるし、研究者は自分たちのデータを数十年前からある細胞アトラスに当てはめやすくなる、と彼は言う。

頂点に立つ方法が何であっても、データを表示する新しい方法も開発しなければならないだろう、とHannonは言う。「バーチャルリアリティは非常にパワフルです。しかし、情報量が非常に膨大になるので、情報と対話する新しい方法が必要になるでしょう」と彼は言う。

(翻訳:古川奈々子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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