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免疫から逃れるがん特有のゲノム異常発見

小川 誠司、片岡 圭亮

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160818

がんゲノムの研究における第一人者、小川誠司教授は、血液がんをはじめ、さまざまながんの仕組みを解き明かしてきた。今回、片岡圭亮特定助教とともに行ったがん症例の大規模解析により、がんが免疫から逃れる仕組みの1つを解明した。この知見を利用すれば、免疫チェックポイント阻害剤の効果が予測できるのではないかと考えられ、注目を集めている。

–– がんと免疫に関する研究を発表され1、話題ですね。

小川: 今、世界中で注目されているがんの治療薬に「免疫チェックポイント阻害剤」があります。今回の研究では、それに関連する発見があったので、反響が大きくなりました。企業からの問い合わせが何件もありました。

免疫治療薬が注目されている時代

–– 免疫チェックポイントとは、そもそも何ですか。

小川: 今回の研究を実際に進めてくれた片岡君に、説明してもらいましょう。彼は血液内科が専門でしたが、2年半前にこの研究室に来てから、さまざまな新しい分野に挑戦してくれています。

片岡: 生体中の異物を攻撃するのが免疫反応です。「免疫チェックポイント」は、この免疫反応が過度にならないようにブレーキをかける役割をするタンパク質のことです。

体にがん細胞が生じると、そのがん細胞に対しても免疫反応が起こります。ところが、がん細胞は、免疫細胞からの攻撃を低減させるために免疫チェックポイントを活性化させることが、近年の研究で分かってきたのです。

小川: 免疫チェックポイント阻害剤は、この免疫チェックポイントの活性化を抑え、がんを攻撃する免疫反応にブレーキがかからないようにする薬です。

–– 免疫チェックポイント阻害剤が注目されているのはなぜ?

小川: 実はこの薬、人によって効果の有無に非常にばらつきがあると言われています。よく効く人には、末期がんでも寛解した例が報告されているほど。しかも、投薬をやめてもその効果が持続するというのですから、画期的です。一方、副作用がある人の場合は、命が脅かされるほどの自己免疫反応が起こることもあります。さらに、この薬が非常に高価であることもあり、免疫チェックポイント阻害剤が効く患者であるかどうかを事前に見分ける方法が、熱心に研究されているという状況です。今回発表した私たちの研究成果は、それを見分けるマーカーの開発に応用できそうなのです。

PD-L1の異常を発見

–– 今回の研究では具体的に何を発見されたのですか?

片岡: 免疫チェックポイントは、何種類かがすでに発見されており、その1つにPD-L1タンパク質があります。PD-L1はがん細胞で発現しており、免疫細胞上の受容体に結合することにより、免疫細胞のブレーキを作動させる働きをします。私たちは、さまざまながんで、このPD-L1を作る遺伝子の構造に異常があることを発見しました。

それは、これまでに知られていない新しいタイプのゲノム異常で、遺伝子の端部(3′非翻訳領域)の塩基配列が丸ごと欠損しているのです。すると、PD-L1の発現量の調節ができず、発現が上昇することも突き止めました。

–– PD-L1の発現が上昇するとどうなるのでしょうか。

片岡: 免疫チェックポイントの活性が亢進して、がんが増殖できると考えられます。

実際に、このPD-L1のゲノム異常によるがん細胞の増殖を、詳しく調べてみました。最新のゲノム編集技術を応用した機能実験や、免疫学的実験などを行って解析した結果、予想どおり、この異常があると免疫チェックポイントの活性が亢進され、免疫によるがん細胞への攻撃が強く抑制されることが分かったのでした。

–– この発見は治療効果の予測に応用できるのですね。

図1:がん細胞がT細胞からの攻撃を回避する仕組みと免疫チェックポイント阻害剤の作用点
免疫細胞であるT細胞は、がん細胞を攻撃する。だが、がん細胞のPD-L1とT細胞のPD-1受容体が結合すると、T細胞の働きが抑制される。がん細胞にPD-L1のゲノム異常(構造異常)が起こると、PD-L1が増えてT細胞を強く抑制するようになり、がん細胞はT細胞からの攻撃を回避できるようになる。免疫チェックポイント阻害剤はPD-1/PD-L1を標的とし、T細胞が抑制されるのを阻害する。PD-L1のゲノム異常があるかないかが、阻害剤の効果を予測する目印になると考えられる。 | 拡大する

片岡圭亮・小川誠司

小川: PD-L1が免疫細胞上の受容体に結合するのを抑制するよう設計された免疫チェックポイント阻害剤(例えば「ニボルマブ」)が開発されていますが、この薬の効果予測に使える可能性があります。つまりこの薬は、PD-L1の活性が異常に高くなっている人、すなわち、PD-L1にゲノム異常がある人に効果的だろうと、予想されるわけです。

PD-L1のこのゲノム異常はさまざまながんで横断的に見られます。肺がん、胃がん、食道がん、大腸がん、腎がん、膀胱がん、子宮頸がん、子宮体がん、頭頸部がん、悪性黒色腫、B細胞リンパ腫などです。広範ながん患者に少しずつ見られるのですが、かといって、全ての患者に見られるわけではありません。その割合はがんの種類によって異なり、成人病T細胞白血病リンパ腫(ATL)の患者が最も高く27%、その他のがんでは多いもので数%程度です。

一方、免疫チェックポイント阻害剤が効く人の割合は、悪性黒色腫や肺がんなどで調べると、患者全体の約20%。さらに特別に効果的で完全寛解に至る人は、そのうちの1〜2%と推定されています。

今後調べてみないとはっきりしたことは言えませんが、PD-L1に異常のある人が、この1〜2%に相当する可能性があると期待できるわけです。PD-L1の異常の有無は、その部分のゲノム配列をチェックすればすぐに判定できます。

大規模な研究をどのように進めてきたか

–– このような素晴らしい発見がどうして可能になったのか、発見のきっかけや解析のコツについてもお聞かせください。

小川: がんのゲノム配列を解読すると、いろいろな発見につながるヒントが得られます。今回の研究の直前には、片岡君が、ATLの症例の全ゲノム解読を行いました2。全ゲノムですから、遺伝子の端部(3′非翻訳領域)まで省略することなく解読したのです。すると、たくさんの発見のヒントがあり、PD-L1に異常がありそうだということに、そのとき気が付きました。

図2:PD-L1遺伝子の3ʼ非翻訳領域の異常により免疫を回避する仕組み
PD-L1遺伝子の3ʼ非翻訳領域(3ʼ-UTR)が保たれている場合、それに作用する制御因子の働きによって、PD-L1遺伝子から転写されたmRNAの分解が引き起こされ、PD-L1の発現は低く抑えられる。PD-L1のゲノム異常が起こると、3ʼ-UTRの配列が他の配列(外来配列)に置き換わり、制御因子が作用できず、mRNAの分解が起こらず、発現が上昇し、その結果、がん細胞が免疫細胞からの攻撃を回避できるようになり、増殖が促進される。 | 拡大する

片岡圭亮・小川誠司

この発見に先立つ約1年前に、PD-L1に対する免疫チェックポイント阻害剤ががんを治療できることを示した最初の報告がJ R. BrahmerたちによりNew England Journal of Medicineに発表されていました。ですから、PD-L1について詳しく調べれば、面白い成果が出るのではないかと考え、片岡君が解析を進めたのでした。

–– さまざまながんについても調べ、最終的に、延べ1万症例以上のがんゲノムを解析されたのですね。

小川: 一般的に見られる現象かどうかを調べるためには、1万例調べるべきと片岡君にアドバイスしました。たくさんの症例を解析することは、統計学的にも非常に意義があると、Natureの編集者Barbara Marteもよく言っていますよね。

片岡: 自分たちで検体の全ゲノム解読をしたのはATLの49症例ですが、これがいわゆる大規模ゲノム研究の「発見段階」の解析になります。その後、米国のがんゲノムプロジェクトであるTCGA(がんゲノムアトラス)のデータベースにストックされている症例1万例のがんゲノム情報をダウンロードしてデータ解析をしました。これが「確認段階」の解析になります。

–– 症例数が膨大になってくるとデータ解析はどのように難しさを増すのですか?

片岡: 症例数が多いとデータ量が多くなり、コンピュータの計算が複雑化し、計算処理に時間を要します。データのダウンロードだけでもかなりの時間がかかるのです。そこで、まずは1000症例により、予備的に解析することにしました。小川先生は、なぜ1万例調べないのかと不服そうでしたが(笑)。

その予備解析でよい結果が得られたので、半年ほどかけてきちんとしたプログラムを作り、1万例の解析に進んだというわけです。さまざまながんで、この異常が確認できました。

–– 共同研究者のお名前も多く……。

小川: 実際の研究のかなりの部分は、片岡君を中心にウチの研究室で行いました。コンピュータと情報解析については、いつもタッグを組んでいる東京大学医科学研究所の宮野悟教授と白石友一助教にお願いしました。

片岡: 私自身はこの2年半、情報解析技術について一生懸命習得し、いわゆるウェット(実験解析)とドライ(情報解析)の研究が、両方可能となるよう努めてきました。とはいえ、それができたのは、宮野教授方のサポートがあったからだと思います。作業を実際に担当してくれている白石さんとは、週に1回はスカイプで話し合いをしてきました。

小川: 免疫学的な確認実験については、免疫学がご専門の北海道大学(札幌市)の瀬谷司教授たちにお願いしました。そのほか、論文の共著者として名前が入っているのは、アドバイスをくれた方や、追加実験のための検体を提供してくださった人たちです。

–– 共同研究や協力関係を成功させる秘訣は?

小川: 面白いと感じるから、協力し合えるんではないでしょうか。自分たちの利益から研究するのではなく、面白さを分かち合う。それが秘訣かな。いろいろな人たちと興味を共有することはとても楽しいですよ。

片岡: 小川先生は、コミュニケーション力がとても高い方だと思います。率直で、いろいろな方とすぐ親しくなれるのです。

がんゲノム研究の潮流

–– 小川先生は、これまで日本のがんゲノム研究を牽引されていらっしゃいました。

小川: がんは遺伝子の異常によって起こる病気ですから、がん患者のゲノム配列を解読したいと、研修医だった1997年頃から思い続けていました。2000年代半ばになって、SNPアレイ、そして次世代シーケンサーが登場すると、私はすぐにこれらのゲノム解析技術に飛びつきました。発見できることが多くて、論文にするのが追いつかないくらいでしたね。世界では、がん細胞のゲノムを解読しようという大規模なプロジェクトがどんどん進行していました。

–– ご専門の血液がん3だけでなく、腎臓や脳、筋肉のがんなどの疾患でも次々と論文発表されて。

小川: がんの種類は違っても、がんゲノム解析の研究原理は同じなので、それを応用するだけで、いろいろな発見を行えました。ゲノム解析から新たな発見のヒントが見えてきますから、必ずしもその疾患の専門家である必要はないと思います。もちろん、その疾患について勉強するのは当然ですが。

–– 今後、がん研究はどのような方向に進むのでしょうか?

小川: 現在の主流は、まず、さまざまながんゲノムを大規模に横断的に調べる研究です。それから、ゲノム編集などの新しい技術をそれに組み合わせる研究。あと、治療法開発に結び付けるような研究でしょうか。大規模解析については、少し手詰まりの感もありますね。

この1年で急速に伸びてきた解析手法としては、1細胞ゲノミクスがあります。がんの中の1つの細胞の変化を追跡して、がん細胞の多様性や進化を調べます。また、プロテオミクス技術を使った研究も進展しています。

–– 小川先生ご自身や研究室は?

小川: 私たちは、今回の免疫チェックポイントの研究で発見した面白いことがまだまだあるので、それらを解明していこうと思います。

私が心がけているのは、若い人が最大限能力を発揮できるような環境を整えること。片岡君や白石君のような優秀な若手研究者は、自分でどんどん解析を進められる。だから私たち教授が、それを邪魔しないようにすることも務めだと思っています。

–– ありがとうございました。

聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

小川 誠司(おがわ・せいし)

京都大学大学院医学研究科腫瘍生物学講座 教授
1988年東京大学医学部卒業、1993年同大学大学院医学系研究科博士課程修了。同大学医学部附属病院助手、客員助教授、特任准教授を経て、2013年より現職。ベルツ賞(1996年)、日本癌学会Mauvernay 賞(2010年)。気取らない親しみやすい人柄。ユーモアを交えながら率直に発言し、時にぼやき口調で、人々をとりこにする独特の会話術は天下一品。

小川 誠司氏

片岡 圭亮(かたおか・けいすけ)

京都大学大学院医学研究科腫瘍生物学講座 特定助教
2005年東京大学医学部医学科卒業、2007年同大学医学部附属病院血液・腫瘍内科医師、同大学大学院医学系研究科博士課程修了、2012年同大学医学部附属病院 特任助教、2013年より現職。研究で気を付けているのは、きちんと再現を取ることと細部にまで気を配ることとか。小川先生からの「片岡君は粘着質(ねちっこい)」という評は、褒め言葉に違いない。

片岡 圭亮氏

参考文献

  1. Kataoka K, et al. Nature 534, 402–406 (2016).
  2. Kataoka K, et al. Nature Genetics 47, 1226–1227 (2015).
  3. Yoshida K, et al. Nature 478, 64–69 (2011).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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