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体が水分バランスを予測する仕組み

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2016.161231

原文:Nature (2016-09-29) | doi: 10.1038/537626a | Forecast for water balance

Michael J. Krashes

哺乳動物の体は、体内の水分バランスが乱れると衰弱することがある。今回、2つの研究で、渇きに応答し、渇きを予期して、計画的に水分を調節している脳領域がマウスで特定された。

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Sean Savery Photography/Moment/Getty

私はのどの渇きを感じると水を飲む。このように、日常生活で水を飲むことは非常に重要であるにもかかわらず、水分摂取の背後にある生物学的な仕組みについて考えることはほとんどない。冷たい水を一杯飲むと、すぐにのどの渇きが癒やされたと感じるのはなぜなのだろうか? 食事のときに必ず水を飲むのはなぜなのだろうか? 私は毎日決まった時間に水を飲むが、それはどうしてなのだろう? これらの疑問に対する答えの手掛かりとなる2本の論文がNature 2016年9月29日号に掲載された。カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)のChristopher A. Zimmermanら1と、マギル大学ヘルスセンター研究所(カナダ)Claire Gizowskiら2はそれぞれ、マウスで渇きの予期を仲介するニューロンのサブタイプを明らかにした。

1953年、ある先駆的な研究3で、渇きの調節に脳が関与していることが初めて示唆された。ヤギの脳の視床下部に塩分の多い溶液を注入すると、飲水行動が亢進したのである。その後、薬理学的操作実験と損傷実験により、飲水行動には、脳室周囲器官(CVO)と呼ばれる脳構造が重要であることが明らかにされた4,5。CVOは血管が非常に豊富な一方で、脳毛細血管で通常見られる血液脳関門がない。従って、ここは中枢神経系と末梢血の統合部位であり、水分バランスに乱れがあれば、それを容易に脳に伝えることができる。

2015年の研究6で、CVOの1つである脳弓下器官(SFO)のニューロン集団を操作すると、のどが渇いていないマウスでは水分摂取が促進され、のどが渇いているマウスでは水分摂取が妨げられることが明らかになった。しかし、生理的状態下でのSFOニューロン集団の活動についてはよく分かっていなかった。今回Zimmermanら(680ページ)は、ニューロン集団の活動レベルをリアルタイムで計測するファイバーフォトメトリーと呼ばれる光遺伝学的技術を使って、自由行動中のマウスのSFOニューロン集団の活動を記録した。この記録から、水分摂取を一晩にわたって制限して水分バランスを乱したマウスでは、SFOの渇き調節ニューロンの活動が強く促進されることが分かった。

当然ながら、のどが渇いたマウスに水を見せると即座に飲み始めた。しかし意外にも、マウスが飲水行動を始めた直後にSFOニューロンの活動が顕著に抑制された。視床下部の飢餓ニューロンの場合、マウスが食物を見たり、食物が得られることを予期したりするだけで応答する7,8。一方、SFOニューロンの場合にはそれとは異なり、迅速な抑制が観察されたのは、脱水状態にあるマウスが水をじかに飲むことができたときだけであった。SFOニューロンの活動は、水を見るだけ、あるいは水の報酬と関連付けられた条件付き合図があるだけでは、さらには水がない容器をなめる行動をしても全く変化しなかったのである。従って、水が口から摂取される際の何かが、SFOニューロン活動の抑制にとって非常に重要と思われる。

そこでZimmermanの研究チームは、のどが渇いたマウスに食塩水を与えた。マウスの水分バランスは回復しないが、水分摂取に対する生理的応答を引き起こすことができるからだ。この高張性溶液を摂取したマウスは、最初は通常の水分摂取と同様にSFOニューロンの活動が弱まったが、その活動はすぐにベースラインの「渇き」レベルに戻った。このためZimmermanらは、迅速な予期的渇き応答には少なくとも2つの異なる段階、すなわち、瞬間的な水分摂取指標と、溶液の張性を符号化する遅延性信号が含まれると結論付けた。著者らはさらに、これらの応答の促進において口が果たしている役割を調べた。そして、SFOニューロンの活動低下は、温かい水よりも冷たい水の方が大きいこと、また、冷たい金属を直接口腔へ入れると、程度は小さいものの同じような反応が再現されることを見いだした。

ほとんどの動物で、食物摂取と飲水の間には緊密な関係がある。それは生理的要求に起因しているだけでなく、特定の食物のにおいとその食物を摂取するときに必要な水分量との関係を学習していることも原因となっている。Zimmermanらは、食物を摂取した際、食物によって血液成分が変わる前に、SFOニューロンの活動が迅速に上昇することを示した。この結果は、我々が食事中になぜ水を飲むのかという疑問に対する神経学的説明になる。さらに、SFOニューロンを抑制すると、脱水後の水分摂取が激しく減少することも分かった。この結果は、飲水行動の調整にSFOニューロンが絶対的に必要であることを示している。

Zimmermanらの研究の結果をまとめると、水分バランスは脳で符号化されていて、水分の異常が起こるのに先んじて修正されるというメカニズムの概略が浮かび上がる(図1)。だが、一日を通して渇きを調節して正しい水分バランスを確実に保つ仕組みとはどのようなものだろうか?

視交差上核と呼ばれる脳領域は、睡眠周期などの行動のリズムを維持している9。Gizowskiら(685ページ)は、多くの人が寝る直前に水を飲むのと同じように、マウスも入眠前に水分摂取を増やし、脱水に陥らないようにしていることを見いだした。この行動は、視交差上核の特定の神経細胞集団の活動と、そこからの終板器官(OVLT;CVOの1つ)への出力に依存している。

これらの部位が脱水状態の日周期性制御に役割を担っているという仮説は、視交差上核とOVLT両方における神経活動が、入眠前の予期的な時間帯には、それ以前の時間帯に比べて大きく増大したという研究結果によって裏付けられた。加えて、これらの領域間の情報のやりとりは、バソプレッシンによる視交差上核からの完全なシグナル伝達に依存していることが分かった。バソプレッシンは希釈尿の生産を減らすことが知られているホルモンである(図1)。Gizowskiらは、この経路が、渇きの亢進と防止の両方に働き得ることを示した。神経の活性化によって、本来ならば水分摂取量が少ない時間帯であるのに飲水が増加し、神経の抑制により、水分消費量の多い時間帯にもかかわらず飲水量が低下したのである。

図1 マウスを水に導く
マウスを使った2つの研究から、水分バランスが、渇きを仲介する神経経路によって維持されている仕組みが明らかになった。Zimmermanら1は、脳弓下器官(SFO)と呼ばれる脳領域が、渇きの予期に関与することを示した(青で示された経路)。マウスが脱水状態になると、SFOニューロンは活性化する。この活動は飲水によってほぼ即座に抑制されるが、この作用は口腔から発せられる信号(この信号はまだ解明されていない)によるもので、三叉神経節と呼ばれる領域を介している可能性がある。Gizowskiら2は、脳の視交差上核(SCN)から終板器官(OVLT)へのバソプレッシンというホルモンによる信号伝達が、入眠前の渇きを促進することを見いだした(赤の経路)。 | 拡大する

今回の2つの研究によって、予期的な渇きの神経メカニズムの解明に大きく近づいたが、今後明らかにすべきことはまだ残されている。まず、浸透圧受容体のようなものが存在し、口腔内の細胞の脱水を感知し脳へと信号を送っていると推測される。では、この体性感覚情報はどのように伝えられるのだろうか。その経路として考えられる候補の1つは、三叉神経節と呼ばれる神経クラスターを介するものだ。また、水分吸収前におけるメカニズムに胃や小腸が関与しているとすれば、それはどのようなものなのだろうか?

この予期的応答がなぜ進化したかは分かっていないが、おそらく動物が過度に水分を摂取するのを防いでいるのだろう。水分の過量摂取は、健康に有害な影響を与えることがあるからだ。またこの応答は、飲水行動を素早く終わらせる働きもしている可能性がある。動物が捕食者に遭遇したり、厳しい環境にさらされたりする時間をなるべく短くするようにしているのかもしれない。

今後の課題の1つとして、今回の研究で見られたニューロン集団レベルの神経活動が、集団内の全ての細胞の同一の反応を反映しているのか、それとも異なる反応をしているニューロン群の作用が組み合わさったものなのかを調べることが挙げられる。さらに、これらの神経ネットワークの形成に、環境、過去の経験、毎日のリズムが果たす役割もまだ分かっていない。例えば、渇きに応答するニューロンが、単に食物を期待するだけで影響を受けることがあるのだろうか? これらの疑問に答えること、そして飲水行動に関与する複雑な神経回路を今後もっと詳しく解明できれば、生存に必須のこの動機付けされた衝動について、理解が深まるだろう。

(翻訳:古川奈々子)

Michael J. Krashesは米国立衛生研究所に所属。

参考文献

  1. Zimmerman, C. A. et al. Nature 537, 680–684 (2016).
  2. Gizowski, C., Zaelzer, C. & Bourque, C. W. Nature 357, 685–688 (2016).
  3. Anderson, B. Acta Physiol. Scand. 28, 188–201 (1953).
  4. Johnson, A. K. & Epstein, A. N. Brain Res. 86, 399–418 (1975).
  5. Rolls, B. J. & Rolls, E. T. Thirst (Problems in the Behavioural Sciences) Ch. 7 (Cambridge Univ. Press, 1982).
  6. Oka, Y., Ye, M. & Zuker, C. S. Nature 520, 349–352 (2015).
  7. Chen, Y., Lin, Y.-C., Kuo, T.-W. & Knight, Z. A. Cell 160, 829–841 (2015).
  8. Betley, J. N. et al. Nature 521, 180–185 (2015).
  9. Mills, J. N. Physiol. Rev. 46, 128–171 (1966).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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