News

これまでで最も精細なヒト脳地図

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2016.161002

原文:Nature (2016-07-20) | doi: 10.1038/nature.2016.20285 | Human brain mapped in unprecedented detail

Linda Gaddes

ヒト・コネクトーム・プロジェクトのデータから、ヒト大脳皮質が、構造、機能、神経接続性などの違いによって180の区画に分けられた。このうちの97の領域は、これまで記述されたことのなかったものだ。

パッチワークのように国が色分けされた地球儀が回っているところを思い描いてほしい。このような地図を使うと、自分が今どこにいるのか、そしてさまざまに異なる国々が存在していることが理解しやすくなる。今回、米国ワシントン大学医学系大学院(セントルイス)の神経科学者Mathew GlasserとDavid Van Essenらのチームが、大脳を覆う皮質について、脳の地球儀ともいえる詳細な領野地図を作製し、陸地で言えば山と谷にあたる各大脳半球のしわを180の区画に分けた。

これまでで最も精細なヒト脳地図が作製された。この脳地図は、構造や機能に基づいて、180の区画に分けられている。 | 拡大する

Matthew F. Glasser, David C. Van Essen

これらの領域のうち97は、構造、機能、神経接続性が周囲の領域と明確に異なるにもかかわらず、これまで記述されたことはなかった。この新しいヒト脳地図は、2016年8月20日号のNatureに掲載された1

脳地図上の別個の領域にはそれぞれ、構造、機能、神経接続性が類似した細胞が含まれている。しかし、国境で隔てられた国々にはそれぞれ独特の文化があるように、それぞれの領域は互いに異なっていると、この研究を率いたVan Essenは話す。

神経科学者たちは長い間、脳をより小さな区画に分ける努力を重ねてきた。脳が全体としてどのように働くかをもっと深く理解するためだ。最も有名な脳地図の1つに、組織中の細胞の配置に基づいて大脳皮質を52の領域に分けたものがある。さらに最近では、精神活動の違いに応じた血流の変化を測定する機能的磁気共鳴断層撮影(fMRI)などを使って脳地図が作製されている。

しかしこれまでのところ、そうした地図の大半は、単一の測定法に基づいていた。1種類の方法だけで得られた結果では、脳内でどのような活動が起こっているかについて、不完全であったり、誤った結論を導き出したりする可能性があると、シンガポール国立大学の計算神経科学者Thomas Yeoは言う。彼は今回の研究には参加していない。今回の新しいヒト脳地図は複数のMRI測定に基づいているため、「大脳皮質領域に関するin vivoでの推定において、最良の結果が得られているという自信が大いに増します」とYeoは言う。

分けて征服

Glasserらが脳地図を作製するために用いたのは、ヒト・コネクトーム・プロジェクト(HCP)に参加した210人の健康な若い成人から集めた画像データだ。HCPは、脳の構造と機能の接続を地図にするという取り組みで、米国政府からの資金で行われている。HCPの画像データから得られる情報は、大脳皮質の厚さ、脳の機能、領域間の接続性、脳組織細胞の局所解剖学的構成、そして神経のシグナル伝達速度を高める脂肪性物質ミエリンのレベルの測定値であった。

Glasserらは、これらの特性のうち2つ以上で顕著な変化が認められる大脳皮質領域を探し、変化の境目で領域を分けた。「皮質表面をくまなく探査していけば、いつかは必ず、複数の特性が変化し始める場所や、多数の独立した特性が一遍に変化する場所に行き当たります」と彼は言う。

この手法によって、以前報告された83の脳領域の存在が確認され、さらに97の新しい領域が見つかった。次にGlasserらは、HCPプロジェクトに参加した被験者とは別の210人の脳でこれらの領域を探すことで、作製した地図について検証した。その結果、地図が正確であることが確かめられたが、領域の大きさには個人で差があることが分かった。こうした相違から、認知能力や疾病リスクの個人差に関する新しい手掛かりが得られるのかもしれない。

地図の限界

「今回の研究では、信頼性が高くて洗練された、平均的な脳のテンプレートを作製することに焦点が定められていました。実際これによって、個人の才能と、我々に人間らしさを与えてくれる知的能力および創造力との独特な交わりをさらに探求する可能性が開かれます」とニューメキシコ大学(米国アルバカーキ)の神経心理学者Rex Jungは述べる。

しかし、この地図には限界があり、いくつかの重要な情報は知ることができない。例えば、脳の生化学的な基盤、つまり単一ニューロンや少数のニューロン群の活動は、この地図ではほとんど分からない。「この地図は、例えて言うなら『グーグルアース』のようなもので、自宅周辺地区を自分の家の裏庭まで詳細に見ることができます。しかし、隣人たちが周辺をどんなふうに動き回り、彼らがどこに出かけ、どんな種類の仕事についているかを実際に見ることはできません」とJungは述べる。

Glasserは、「私たちはこの地図をバージョン1.0と考えています。これが最終のバージョンというわけではなく、今までのものよりははるかに良い地図だという意味です」と言う。

(翻訳:古川奈々子)

参考文献

  1. Glasser, M. F. et al. Nature 536, 171–178 (2016).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度