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ペンタゴンと生命科学が手を組むとき

近年、米国国防総省(通称ペンタゴン)が、生物学研究を強力に支援し始めた。だが、一部の科学者は、ハイリスクな研究に軍隊式マネジメントで取り組んでうまくいくのかと、疑問視している。

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cosmin4000/istock/Thinkstock

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 9 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150922

原文:Nature (2015-06-11) | doi: 10.1038/522142a | The military-bioscience complex

Sara Reardon

Geoffrey Lingがテクノロジーの未来について語り始めると、アイディアがつむじ風のように渦巻いているのを感じる。彼は、人間が自然の寿命をはるかに超えて長生きし、頭脳を外部の「ハードディスクドライブ」にダウンロードし、人工知能によってその能力を高め、思念によってロボットや飛行機を操作する世界を熱っぽく描写する。「これらの技術は必ず実現します」とLingは断言する。「これからの20年は、目が回るような時代になるでしょう。私たちはすでに、そんな領域に足を踏み入れているのです」。

Lingが言うなら、本当にそうなるのだろう。こうしたビジョンを実現することが彼の仕事であるからだ。米国陸軍の神経科医だった彼は、2012年に大佐として退役した後、米国国防総省高等計画研究局(DARPA)の生物学技術研究室(Biological Technologies Office;BTO)の室長を務めている。DARPAは、既成概念の打破を目指す米国国防総省の研究部門だ。DARPA初の生物学研究支援部門として2014年4月に開設されたBTOは、兵士のためのパワードスーツ(強化外骨格)や脳インプラントによる精神障害の制御など、極めて野心的な(「空想的な」と言う人もいるかもしれない)技術を支援することを目的とする。

DARPAのWarrior Webプログラムで開発された外骨格は、兵士の身体能力を向上させる。 | 拡大する

DARPA

DARPAは、生物学技術分野のプロジェクトも、他の研究分野のプロジェクトと同じスタイルでぐいぐい進めようと計画している。米国政府がDARPAを設立したのは、ソ連が世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げて西側諸国を驚愕させた翌年の1958年のことだった。以来DARPAは、米軍の技術的優位を保持して、他国による技術的サプライズを二度と許さないことを使命としている。そのため、BTOのプログラムマネジャーは、複数の専門家が細部を吟味したピアレビューなどを待つことなく、野心的なプロジェクトに数千万ドル(数十億円)をぽんと出すことができる。そして、研究契約を結んだ研究者と密に協力することで、しばしば基礎研究と商業化との間にある致命的な隔たりを飛び越えることができるのだ。

DARPAの積極的でハイリスクな戦略は、目を見張るような成果を挙げている。中でも有名なのは、1970年代にインターネットを開発したことだ。この成功にあやかろうと、DARPAを模倣した組織が多数設立されている。代替エネルギー源のハイリスク研究を支援する米国エネルギー省のARPA-Eは、その1つだ。

問題解決に向けて脇目も振らずに全力疾走するDARPAのスタイルの有効性は、生物学以外の自然科学やハードウエアについては実証されているものの、生物学にも同じように当てはまるのだろうかと疑問に思う人もいる。生体系は、DARPAがこれまでに扱ってきた系に比べてはるかに複雑で、未知の変数や操作・制御が難しい変数が多数あるというのが彼らの言い分だ。さらに、BTOが支援する生物学技術の大半が直接ヒトに応用できるため、その研究には倫理的な懸念がつきまとう。どんなに無害そうな技術でも戦争に利用される可能性があることは言うまでもない。例えば、環境に優しいバイオ燃料を産生するようにデザインされた合成生物は、火薬の製造にも利用できるし、負傷した兵士を治療するための脳刺激技術は、前線で戦う兵士の戦闘能力の向上にも利用できる。

米国テキサス州オースティン在住の生物学政策コンサルタントEdward Hammondは、DARPAが研究者と研究契約を結ぶときに、別の目的を隠し持っていることが多いのではないかと考えている。「DARPAが何を求めているのか、本当のところは分かりません。ただDARPAは、表向きとは違う理由で関心を寄せている問題について、それを解決しようとしている人を見つけ出すのが非常に上手です」。

それでも多くの生物学者が、米国国防総省からの資金提供を喜んで受け入れる。資金がどこから出ているにせよ、より優れた人工装具や精神障害のより効果的な治療法などのイノベーションが必要とされていることに変わりはないからだ。Lingは、DARPAは人々のこうした懸念を十分に理解していて、BTOの全てのプログラムに生命倫理顧問委員会を設置していると主張する。それに、空想的な生物科学技術がいつか必ず実現するなら、最初に開発するのはDARPAでなければならないというのが彼の信念だ。

「そんな未来は恐ろしいと言う人もいますが、私はむしろ楽しみにしています」と、Lingは言う。

BTOの誕生

DARPAが生物学技術の支援に本格的に乗り出したのは、炭疽菌の芽胞がマスコミと上院議員に送りつけられバイオテロへの懸念が高まった2001年のことだった。その後、アフガニスタン紛争とイラク戦争が始まると、DARPAは負傷して退役した軍人の助けになるため、神経科学、心理学、脳-コンピューター・インターフェースなどの研究に資金を提供するようになった。2013年には生物学関係のプログラムがかなり増えたので、これらを1つ屋根の下にまとめることにした。新しい研究室と2億8800万ドル(約346億円)の年間予算を統括する人物として、当時DARPAの防衛科学研究室の副室長だったLingが選ばれたのは、ごく自然な流れだった。

米国ワシントン州ベリングハム在住の科学史家George Dysonは、BTOの創設により研究は加速すると予想している。それには、あれこれ考えたり話し合ったりすることなくトップダウンで速やかに任務を遂行する軍隊式の文化が無関係ではないという。DARPAがコンピューティングなどの分野で成し遂げてきたことを考えると、「面白い研究に速やかに資金を提供したのは、いつも軍部でした」とDysonは言う。

2013年にオバマ大統領が米国の「BRAINイニシアチブ」について発表したときのDARPAの反応には、その特性がよく表れている。BRAINイニシアチブは、複数の研究機関が共同して脳の神経回路を解明しようという華々しいプロジェクトだ。米国立衛生研究所(NIH;メリーランド州ベセスダ)がイニシアチブのために何カ月もかけて10年戦略計画を立ててから各チームに資金を分配し、米国立科学財団(NSF;バージニア州アーリントン)が脳の神経回路と関係のある研究プロジェクトを対象にコンペを実施して分配金額を決めたのに対して、DARPAは少数の5カ年プログラムに5000万ドル(約60億円)以上を無造作に分配してしまった。

現在、これらはBTOの管轄下にある。1つはRAM(Restoring Active Memory;活性記憶回復)プログラムで、脳に損傷を受けた兵士の記憶形成能力を回復させるための刺激装置を開発しようというものだ。もう1つはSUBNETS(System-Based Neurotechnology for Emerging Therapies;新規治療法のためのシステムベースのニューロテクノロジー)プログラムで、7種類の精神障害と神経障害を治療できる脳インプラントの開発を目指す。どちらのプロジェクトも、研究の第一歩として、発作が始まる部位を特定するため一時的に電極を埋め込まれているてんかん患者の脳活動をモニターしている。研究者たちは、患者に記憶テストを実施したり、依存症やうつ病で機能障害が生じている可能性のある神経経路を使う課題を実行させたりして、その電気活動のパターンを記録している。

これらのプロジェクトが目に見える成果を挙げるのは、かなり先のことになるだろう。カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の神経外科医で、SUBNETSのチームの1つを共同で率いるEdward Changは、「私たちは極めて野心的な目標を掲げています。5年で解決できるほど簡単な問題だと思っている人はいないでしょう」と話す。

拙速な判断への不安

DARPAの大胆な資金提供プロセスは、念入りなピアレビューを経て交付される文民機関の助成金に慣れた研究者を不安にさせることがある。DARPAでは、権限のほとんどが、大学、産業界、軍部から交代で選ばれるプログラムマネジャーたちに集中している。イニシアチブを計画し、設定された研究目標や課題について契約に応募するよう研究者たちに働きかけ、最もよく目標を達成できそうなグループを選定できるのは彼らだけであり、選定後も、彼らが研究者たちと緊密に協力してプロジェクトを進めていく。

DARPAは、助成金を受け取る研究者を「研究実施者(performer)」と呼び、設定された課題をクリアできなければ速やかに契約を打ち切ってしまう。例えば、DARPAは2007年に、化学兵器などのにおい物質を検知できる本物の嗅覚受容体を備えた人工の犬の鼻を開発するRealNoseというプログラムを開始した。しかし、受容体タンパク質が室温では不安定すぎることが明らかになると、3年後にこのプログラムを廃止してしまった。

脳-コンピューター・インターフェースの研究事例
DARPAが複数大学とDEKA社とともに開発したDEKAアームシステム。この患者は四肢麻痺で、大脳皮質の運動野に約100個の極細電極が埋め込まれている。この電極には患者の思考を読み取る装置が取り付けられており、装置が「動かしたい」という思考と関連するニューロンの信号を読み取ると、ロボットアームが動作する。この患者は「思っただけ」で、コーヒーの入ったボトルを持ち上げ口元まで持っていくことができた。DARPAは義肢や軍事技術への応用を目指してこの技術の研究開発を行っている。 | 拡大する

Nature 485, 372–375

BTOの副室長であるAlicia Jacksonによれば、DARPAのプロジェクトの中で機密扱いのものはほとんどなく、研究者たちはほとんどの場合、研究成果を自由に発表することができるという。けれどもDARPAの助成金を受け取っているかぎり、ある種の自由は奪われる。途中で面白そうな科学的問題に出会っても、DARPAから提供された資金を使ってそれを研究することはできないのだ。マサチューセッツ総合病院(米国ボストン)の神経外科医で、SUBNETSプログラムの1つを率いるEmad Eskandarは、「最初はカルチャーショックを受けました」と言う。けれども彼とパートナーの精神科医Darin Doughertyは、DARPAの監督を受けることにより、プログラムはより良くなったと主張する。「1つの研究に集中して取り組み、前進することができたからです」とDougherty。

Lingは、DARPAのモデルが軍部の研究契約者と同じように生物学者にも有効であることを証明しようと意気込んでいる。彼のお気に入りは、DARPAがバイオテクノロジー企業DEKA(米国ニューハンプシャー州マンチェスター)と共同で開発した義手である。この義手は、脳の運動野から切断端にやって来る電気信号を拾い、その信号を変換して、切断端に装着した義手を適切に動かすというものだ。義手の装着者は、柔らかい果物を扱ったりロッククライミングしたりするなどの難しい課題を遂行することができる。この義手は、2014年に神経制御型人工装具として初めて米国食品医薬品局(FDA)から承認を受け、DEKA社は現在商品化を進めている。ジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルティモア)などもDARPAのために同様の義手を製作しており、麻痺患者がこれらの試験を行っている。目標は、脳インプラントにより装着者の意図を電気信号に変換して、義手を動かすことである。

BTOはDARPAの保健プログラムも引き継いでおり、その中には自分以外の細菌を食べる細菌を利用した抗菌薬の研究などがある。他にも、兵士の腕力や走力をアップさせる外骨格など、明らかに軍事利用を意識したプログラムもある。Narrative Networks(叙述ネットワーク)というプログラムでは、さまざまな説明や説得に対し脳がどのように反応するかを調べており、災害に見舞われた村に米軍の支援を受け入れさせる計画の立案や、テロリストに計画を破棄させたりするのに、これを役立てようとしている。複数の合成生物学イニシアチブでは、自然界に存在しないものを含め、ユーザーが求める化合物の産生過程を自在に組み込むことのできる生物システムを開発しようとしている。そうした化合物の候補には、軽量の防弾チョッキを製作するための材料や、装備の強度を高めるためのコーティング材、外傷の治療に利用できる組織、より効率の良いバイオ燃料などが考えられている。

LingとDARPAの同僚たちは、こうしたアイディアを大いに面白がっている。彼らにとっては、型破りな発想ほど好ましいのだ。「私たちは、不可能の理由ではなく、不可能に思われることを可能にする方法を探し求めているのです」。

DARPAは画期的な成功を収めてきたが、プロジェクトマネジャーに大きな裁量を与える選定方式がピアレビュー方式より常に優れているという証拠はほとんどない。ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア州)の生命倫理学者Jonathan Morenoは、「成功するときは成功します」と言う。DARPAの広報担当者は、目標が達成される割合や、契約が解除される割合を明らかにすることはできないと言う。その理由の1つに、目標が常に変化していることを挙げる。プロジェクトの実現が見込めなくなってくると、プログラムマネジャーはしばしば成功の基準を変更し、契約を解除せずに救える部分は救おうとするからだ。もう1つの理由は、NSFやNIHのような文民機関とは違い、DARPAは創設する助成金について公表していないことにある。つまり、プログラムマネジャーが最良のチームを選び、最良の科学研究に資金を提供しているかどうかについて、内部分析を行うこともない。

マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)の経済学者Pierre Azoulayは、「この点は大問題だと思います」と指摘する。「大成功の事例を強調するだけでは不十分です。DARPAのプログラム評価は、『インターネットは成功したじゃないか!』で全てを済ませようとしているようにしか見えません」。

Jacksonは、BTOはもっと内部分析を行うべきだという指摘を文字どおり笑い飛ばす。BTOの予算の規模はNIHのわずか1%で、間接費の余裕はほとんどない、と彼女は言う。「仕事をきちんとしてくれさえすれば、私たちは満足です」。経験や研究室の規模などは気にしない。彼女は、「DARPAの50年あまりの歴史は、十分満足ゆくものだと思います」と言い、例によってインターネットをはじめとするDARPAの成功例を列挙する。

倫理面の不安

けれども、DARPAが研究開発のペースを緩めて自らの成功について評価する気がないなら、社会に及ぼす影響を適切に評価することなどできるのだろうか? Lingは、BTOでは各プロジェクトの研究の意味を継続的に精査する倫理学者が配置されていることを理由に、それは可能だと断言する。ジョージタウン大学(米国ワシントンD.C.)の神経倫理学者で、SUBNETSの顧問であるJames Giordanoは、NIHやNSFが支援するプロジェクトのほとんどが最初か最後に倫理評価を受けるだけであるのに比べて、BTOのプロジェクトは格段に厳しく管理されていると言う。Morenoも同意見だ。「国家安全保障の世界が、倫理面で文民の世界よりずっと遅れていると思われているのは皮肉なことです。実際には、国防総省の方が常に先を行っているのです」。

それでも、一部の研究者はなお懐疑的だ。オレゴン健康科学大学(米国ポートランド)の神経科学名誉教授のCurtis Bellは、20世紀半ばに反抗的な囚人を扱いやすくするためにロボトミー(前頭葉切除術)が実施されていたことを挙げ、脳刺激などの技術が人々を服従させるために利用されることを心配している。「今日では、もっとスマートなやり方で同じことができます。前頭葉の全体を破壊しなくても、特定の神経核をいじって人格を一変させることができるのです」と彼は言う。

Dysonも、国防総省が倫理学者やDARPAの懸念に耳を傾ける保証はないと指摘する。「こうした技術の中には、非常に魅力的で興味深く、人類の役に立つと期待される一方で、容易に武器にできるものがあるからです」。またMorenoは、軍部の人々の多くは新しい技術が持つ意味について深く考えているが、その上に立つ政治権力が、研究開発のペースを緩めたり方向転換したりする自由を十分に認めない可能性があると指摘する。

特に心配なのは、BTOの合成生物学プログラムだ。米国国防総省が、細菌を操作して放射性物質や化学兵器に汚染された場所を除染する可能性について語ったところ、こうした生物が環境に放出されて制御不能になったらどうなるのかと、人々の不安をかき立ててしまった。米国が合成生物兵器を作っていると考える理由はないが、一部の人々は、微生物が戦略的に有用であるという暗示そのものに恐怖を感じている。Hammondは、「国防総省は、合成生物学の産物は戦場で利用できるというメッセージを送っています」と批判する。「私はこのことが心配です。DARPAが心配していないように見えることも心配です」。

BTOに好意的な研究者もいる。Giordanoは、最終的には、研究資金がどこから出ているかも、誰がそれを受け取っているかも問題にならないだろうと言う。公表された研究成果は、誰でも自分自身の目的のために利用できるからだ。「国防総省から資金提供を受けている研究を悪の科学のように見る人は、どんな研究でも悪に向かう可能性があることを分かっていないのです」とGiordanoは言う。

まさにその理由から、Lingは、DARPAが議論のある科学分野に躊躇なく飛び込むべきだと考えている。米国がそれをしなくても、どこか他の国がするだろう。「私たちにできるのは、自らその研究をすることだけです。まだ明らかになっていない恐ろしい結果がどのようなものになり、どうすればそれを軽減できるかを考えながら研究をするのです」と彼は言う。

Lingは、どの分野からのサプライズにも備えられるように、今後1年はBTOを拡大し続ける予定である。どこまで拡大できるかは資金次第だ。BTOには現在11人のプログラムマネジャーがいる。その専門分野は感染症から自然生態系まで多岐にわたるが、今後、古生物学や天文学まで広げていきたいという。太陽系外惑星の専門家がいれば、外宇宙からの脅威や、もっと可能性が高いところでは、別の惑星で生命の兆候が発見された場合に備えるためのプロジェクトを立ち上げることができるだろう。「地球外生命の発見は、人類の歴史上、最も刺激的な科学ニュースになるでしょう。こういう研究にDARPAが資金を提供していたら素晴らしいと思うのです」とLing。

(翻訳:三枝小夜子)

Sara Reardonは、ワシントンD.C.在住のNature記者。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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