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自己T細胞移入療法でがん患者の生存期間が延長

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150310

原文:Nature (2014-12-11) | doi: 10.1038/516156a | T-cell therapy extends cancer survival to years

Heidi Ledford

難治性の白血病やリンパ腫を対象とした遺伝子改変T細胞療法の臨床試験で有望な結果が集まりつつある。

スローン・ケタリング記念がんセンター(米国ニューヨーク)の免疫学者Michel Sadelainは、遺伝子改変T細胞を用いたがん治療を研究しており、2007年に最初の臨床試験を開始した。この療法は、患者からいくらかのT細胞を採取した後、がん細胞を認識できるように遺伝子を改変して患者の体内に戻すことから、自己T細胞移入療法や養子免疫療法と呼ばれる。この療法の有効性はマウスにおける研究で実証されていたが、当時、Sadelainの同僚たちは患者の紹介を拒んだため、彼は臨床試験に参加してくれる患者を見つけることがなかなかできなかった。それでも、Sadelainは同僚たちを非難することはなかった。「この治療法はサイエンス・フィクションのような印象かもしれません。私は25年間この治療を研究してきましたが、いまだに『クレイジーな考えでは』と自分自身に問い続けていますから」とSadelainは言う。

その後、Sadelainや他の研究グループの初期の結果から、この「クレイジーな考え」によって、従来の治療がうまくいかなかった白血病患者の一部で白血病の症状全てを消失させることが示された。そして現在、Sadelainらは、この臨床試験への参加を希望する多くの人を受け入れるために奔走している。

この治療に用いられる遺伝子改変T細胞は一般的にCAR(キメラ抗原受容体)-T細胞と呼ばれ、腫瘍細胞上の膜抗原に対する一本鎖抗体を細胞外領域に、T細胞受容体ζ鎖(および共刺激分子)を細胞内領域に持つキメラタンパク質を発現する。CAR-T細胞は、MHCによる抗原提示を必要とせず、細胞表面上の抗原を認識することで標的細胞を殺傷する。そのため、ヒト白血球抗原(HLA)の型に関係なく、標的とする抗原を発現する全てのがん患者に用いることが可能と考えられる。現在研究されているCAR-T細胞療法の多くは、がん化した抗体産生B細胞の殺傷を目的としており、この細胞が引き起こす一部の白血病やリンパ腫に効果を示すと考えられている。大部分のB細胞は表面にCD19というタンパク質を発現しており、これを認識するようにT細胞の遺伝子を改変して、T細胞にがん化したB細胞を攻撃させるのだ(「T細胞への出撃命令」参照)。その結果、がん化したB細胞だけでなく健康なB細胞をも除去してしまう場合があるが、患者はB細胞がなくても生存できる(もちろん、免疫グロブリンの補充などの治療が必要)。つまりCD19は、がん化したB細胞だけが発現しているタンパク質を見つけることが困難な現状を踏まえた妥協点なのだ。

2014年12月6〜9日、米国カリフォルニア州サンフランシスコで米国血液学会(ASH)の年次総会が開催され、白血病やリンパ腫の治療に自己T細胞移入療法が有効であることを示した口頭発表やポスター発表が多数行われた。Sadelainらはこの総会で、CAR-T細胞療法によって1つの臨床試験に登録されたリンパ腫患者6人全員のがんの症状が完全に消失したことを報告した。また、ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア州)の免疫学者Carl Juneは、別の臨床試験において、CAR-T細胞療法により慢性リンパ球性白血病患者23人のうち9人で全身腫瘍組織量の減少が見られたことを報告した。さらに、急性リンパ芽球性白血病と呼ばれるより侵攻性の疾患では、CAR-T細胞療法後、30人の患者のうち27人でがんの症状が消失し、治療後2年が経過してもCAR-T細胞が血液中に存在していたことも示された。

一方で、CAR-T細胞療法には、免疫応答を過剰に活性化するというリスクも浮かび上がっている。2014年4月には、少なくとも5つのCAR-T細胞療法の臨床試験が患者の死亡により中止された。患者の死因は、インターロイキン6などの炎症促進分子の過剰分泌(サイトカインストームと呼ばれる)に関連していた。インターロイキン6の発現は、感染に対する正常な応答の一部であるが、CAR-T細胞ががん細胞を殺傷する激しい免疫応答を開始させたことで、インターロイキン6をはじめとする炎症性サイトカインの血中濃度が急上昇したのだ。これにはステロイドなどの抗サイトカイン療法が有効であること、また抗サイトカイン療法によりCAR-T細胞療法の効果が損なわれないことも分かり、その後、治験責任医師によりサイトカインストームのモニター強化および処置に関するプロトコルの改訂が行われ、臨床試験は再開された。

CAR-T細胞療法は現在、臨床試験で次々と成果を挙げている。この背景には企業の参入がある。細胞療法には、安全性に対する懸念以外にも、個別化T細胞を医薬品として大規模に製造することが難しいという問題がある。その上、この特異で複雑な治療を規制当局が将来どのように評価するかが不明であることから、大手製薬会社はこの分野への参入を見送ってきた。しかし最近、従来の治療では数カ月しか生存できなかった患者がCAR-T細胞療法により数年間生存するデータが示され、状況に変化が生じ始めた。

実際に、ノバルティス社(スイス)など少なくとも大手製薬企業5社がCAR-T細胞療法の開発に投資して3年以上になる。その結果、かつては一握りの学術的な医療センターで行われていた細胞療法の分野は劇的に変化した。また、小さなバイオ企業もCAR-T細胞の開発に参入し始めた。例えば、カイト・ファーマシューティカル社(Kite Pharmaceuticals;米国カリフォルニア州サンタモニカ)は、2014年6月に株式を公開し、1億2750万ドル(約140億円)の資金を調達した。また、CAR-T細胞の開発に取り組むSadelainらスローン・ケタリング記念がんセンターの研究者数名が創始したジュノ・セラピューティクス社(Juno Therapeutics;米国ワシントン州シアトル)は、2014年に投資家から3億1000万ドル(約341億円)の資金を調達した。ジュノ・セラピューティクス社の最高経営責任者Hans Bishopは「状況が変わったことは間違いありません」と言う。

さらに、ロンドンを拠点とする市場調査会社データモニター・ヘルスケア社(Datamonitor Healthcare)のアナリストJoseph Heddenは、「企業は、このような細胞療法がその開発費用のリスクに見合うと考えています。しかも、そう考える会社の数は非常に多いのです」と言う。

とはいえ、CAR-T細胞療法に伴う、安全性のリスクに加え、大規模製造が難しいという障害が取り除かれたわけではない。そのため、いまだ多くの製薬会社はこの細胞療法への参入を見送っていると、投資銀行シティグループ(米国ニューヨーク)のグローバル・ヘルスケア調査部門長でロンドンを拠点とするAndrew Baumは説明する。「多国籍企業の大多数は今のところ、参入せず距離を置いて成り行きに注目しています」とBaum。

障害は他にもある。CAR-T細胞が上市されたとしても、当初の治療費は決して安くはないと予想されることだ。Baumは、臨床試験への資金援助者がCAR-T細胞療法の治療費を試験的に骨髄移植よりも高く設定することを計画していると言う。米国の場合、骨髄移植は50万ドル(約5500万円)以上かかることもあるため、CAR-T細胞療法についてはおそらく治療効果があったときのみ患者が費用を支払うような補償制度が設けられるだろうと彼は予想する。また彼は、CAR-T細胞療法のピーク時販売額は年間100億ドル(約1兆1000億円)に達すると見積もっている。もちろん、この数字は、競合する治療法の存在や、他のがん種にも適用を拡大できるかどうかで変動する。

現在のところ、Sadelainは、企業からの関心がこの細胞療法の分野を牽引することを期待している。Sadelainは、T細胞に遺伝子を挿入しようと努力し、同僚になぜそんなに苦労しているのかと尋ねられたポスドク時代を覚えている。「これまで細胞療法の分野は、この種の投資を受けたことがありません。とても信じられず、これが現実かどうかを確かめるために、私は今でも時々自分をつねっていますよ」と彼は言う。

(翻訳:三谷祐貴子)

参考文献

  1. Kang, D.-W. et al. PLoS ONE 8, e68322 (2013).
  2. Barrett. E. et al. J. Appl. Microbiol. 113, 411-417 (2012).
  3. Hsiao, E. Y. et al. Cell 155, 1451-1463 (2013).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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