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化学賞は細胞内部を観察できる顕微鏡の開発に

ノーベル化学賞受賞者: (左から)Stefan Hell、Eric Betzig、William Moerner

FROM LEFT: BERND SHULLER/MAX PLANCK INST. BIOPHYSICAL CHEMISTRY; MATT STALEY/HOWARD HUGHES MEDICAL INST.; L.A. CICERO/STANFORD UNIV.

微生物学者の草分け的存在であるアントニ・ファン・レーウェンフックが、自作の顕微鏡で生きた細胞を初めて観察したのは17世紀のことであった。レンズを通して光を集めると、目の前で細胞が動くのが見え、驚嘆したという。それ以来、顕微鏡は科学的発見において中心的役割を果たしてきた。今年のノーベル化学賞は、光学顕微鏡の限界に挑み、生きた細胞内部における分子レベルの構造観察を可能にした3人の科学者に贈られた。

1990年代から2000年代にかけて顕微鏡技術を進歩させたStefan Hell、William Moerner、Eric Betzigの3氏のおかげで、生物学者は細胞内部でタンパク質がどのように分布し、どのように動くかをリアルタイムで観察できるようになった。例えば、ニューロンの接合部や、分割して胚になる受精卵の中などを見ることができる。

「これまで決して見ることのできなかった構造が見えるようになったのですから、生命科学にとって本当に大きな変革です」と、マックス・プランク生物物理化学研究所(ドイツ・ゲッティンゲン)で超解像技術に取り組むStefan Jakobsは言う。つまり、ノーベル賞委員会が述べたように、光学顕微鏡技術はナノ領域に踏み込み、「ナノ顕微鏡技術になった」のだ。

1873年にドイツの物理学者エルンスト・アッベが気付いたように、光学顕微鏡では細胞内部の分子を見ることはできない。レンズがいくらきれいでも、像がぼやけてしまうのだ。物理法則によると、2つの物体間の距離が200nm(可視光波長の約半分)より短い場合、可視光では、それらの物体が1つの塊のように見えてしまって区別できないとされている。アッベの回折限界として知られるこの解像度(分解能)は、細胞内の小器官を見るには十分だが、それらの詳細な構造を見るには不十分だ。光ではなく電子ビームを使う電子顕微鏡ならもっと解像度を高くできるが、真空中で電子ビームを照射するため、死んだ組織にしか使用できない。

アッベの限界を克服することはできないが、2014年のノーベル化学賞受賞者たちは「蛍光団」、つまり蛍光分子を使って解像度を高める方法を先駆けて開発した。蛍光団は、特定波長のレーザーを照射すると発光する性質を持つため、今では生体イメージングによく用いられている。

1989年、William Moerner(現 スタンフォード大学教授)は、IBMアルマデン研究所(米国カリフォルニア州サンノゼ)において、1個の分子が発するかすかな蛍光を検出した。1997年、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)において、彼は分子の蛍光を制御してランプのようにオン・オフする方法を見いだした。それでも、200nmより近い距離にある分子を区別することはできなかった。

その2年前、当時ベル研究所(米国ニュージャージー州マレーヒル)に在籍していたEric Betzig(現 ハワード・ヒューズ医学研究所グループリーダー)は、細胞内部の異なる分子を別々の色に光らせて一連のスナップショットを撮影していくことによって解像度を向上できるはず、との仮説を立てた。同色の蛍光団を200nm以上離さなければならないが、例えば、最初は赤色分子、次に緑色分子、その次に青色分子の順に画像を撮影して一連の画像を重ね合わせれば、非常に高い解像度で構造を観察できると考えたのだ。その後、Moernerの研究によって、同一分子がさまざまな時間に蛍光を発するよう工夫できることが示された。この発見によって、最終的にBetzigの仮説が現実のものになった。

だが、Betzigがそのアイデアを実証するまでに、さらに10年を要した。2006年、ハワード・ヒューズ医学研究所のジャネリア・ファーム研究キャンパス(米国バージニア州アッシュバーン)において、ついに彼は、緑色蛍光分子標識が点在するリソソームタンパク質の超解像度画像を撮影した。今では、その手法で20nmの解像度を達成できる、とヴュルツブルク大学(ドイツ)で超解像顕微鏡法を研究するMarkus Sauerは言う。

その間、トゥルク大学(フィンランド)に在籍していたStefan Hellは、蛍光分子のオン・オフを利用する別の手法で、アッベの限界を回避する方法を見いだしていた。1994年、彼はレーザービームを使って色素分子クラスターを蛍光発光させた後、異なる波長の第2ビームを使って蛍光を部分的にオフにする手法を提案した。

Hellの手法のポイントは、第1ビームで発光したクラスターの輪郭部に第2ビームを照射することだ。この操作によって、輪郭部の蛍光が消え、中央の非常に小さいスポット内の分子のみが蛍光を発するようになる。光はアッベの限界を打ち破ることができないので像はぼやけるが、検出された蛍光が第2ビームによって狭められた中央スポットからやって来たものであることは明白だ。従って、そのスポットをピンポイントで特定することができるわけだ。

これらの一連の微小蛍光スポットを蓄積していくと、高解像度画像が出来上がる。理論上、中心スポットを直径数nmほどに小さくできる。しかし、生きた細胞の場合、約30nmが限界だとSauerは言う。通常、第2ビームの強度で蛍光団が壊れてしまうからだ。

「少なくとも私の考えでは、20世紀に発見された非常に多くの物理現象のどれかを利用すれば、回折限界を克服できないはずはないと踏んでいます」と現在マックス・プランク生物物理化学研究所に在籍するHellは、ノーベル賞委員会に語った。

受賞者たちが考案した手法は、現在多くの生物学者によって用いられている。ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の化学者Xiaowei Zhuangは、受賞者たちの手法をもとに開発した確率論的光学再構成顕微鏡法(STORM)と呼ばれる手法で、アクチンタンパク質フィラメントが神経細胞の周りに巻き付いている様子を明らかにした。「新しいバージョンの超解像顕微鏡がどんどん開発されるでしょう」とHellは言う。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2014.141209

原文

Insider view of cells scoops Nobel
  • Nature (2014-10-16) | DOI: 10.1038/nature.2014.16097
  • Richard Van Noorden