土星の環から大気に雨が降っている
土星の環の起源と進化の問題は、ここ数十年の惑星探査において、常に特別な難問であり続けてきた。それは、太陽系の形成とも明らかに関連している。土星の環の力学という点では、観測的にも理論的にも多くの進歩があったが、なお大きな疑問が未解決のまま残っている。それが「土星の環はいつどのようにしてできたのか」という根本の問題だ。
45億年前に原始惑星系円盤が凝縮して土星を形成したとき、同時に今よりずっと大きな環が形成され、その最後の生き残りとして現在の土星の環があるのだろうか1。その一方で、環を拡散させ2、暗い色にし3、浸食する4-6メカニズムも提案されている。それをもとに考えると環の形成は比較的最近のことになり、例えば1億年ほど前という話になる。
英国のレスター大学物理・天文学科のJames OʼDonoghueらは、今回、環の質量を吸い上げ、それを土星の上層大気に運ぶ電磁気的浸食メカニズムが働いていることを見いだした。観測は、口径10mのケックII望遠鏡(ハワイ島マウナケア山)7を使って行われ、その結果はNature 2013年4月11日号193ページに報告された。このプロセスは、環構造の一部をうまく説明してくれる可能性がある4–6。
土星の環は、あらゆる大きさのほぼ純粋な水の氷からできており、総質量は直径500kmの氷の球に相当する。個々の氷の大きさは、1µm未満の粒子から、環自体に埋め込まれた数km大の小衛星まである。しかし、その大部分は数cmから数mの大きさだ8。これらの氷塊は土星の周りのケプラー軌道にあり、その運動はニュートン力学(古典力学)でほぼ説明できる。
実際、環の興味深い特徴の多くは、中心天体の周りの軌道にある薄い円盤に閉じ込められた、互いに衝突する自己重力粒子集団の力学によって説明できる。その粒子集団は、粘性、温度、圧力で記述される高密度のガスとして振る舞う9。これほど多くの粒子の集団運動を記述するには、流体力学と重力を組み合わせたモデルと高速計算機が必要になるが、それでも、問題はあくまでも古典力学の範囲にとどまる。
対照的に、光イオン化や、微小隕石の衝突による高密度プラズマへの曝露によって、それらの粒子が十分な電荷を獲得するなら、小さな1µm未満の氷の粒子の運動は、全く別のものになる。電荷対質量比の高い粒子(水分子1000個当たり1電子電荷で十分である)は、磁場に垂直な方向に作用するローレンツ力によって磁力線の周りを回転する。
このような粒子の運動は、磁力線の周りの円運動と、案内中心(旋回中心)の磁場に沿った運動の組み合わせとして記述できる。結局、粒子は針金を通したビーズのように、磁場に沿って動くよう強いられる(図1)。こうした粒子は、重力と遠心力の磁場に平行な分力に応じて、また、磁場に平行で磁場の弱い方向を向く(磁気赤道に向かう)3番目の力、すなわち「磁気鏡力」に応じて、磁場に沿って滑ることになる。この3番目の力は、磁場に対する粒子の速度の単純な関数になっている。
この図は、光学的に厚いB環を通過する磁力線を示している。電荷を持った粒子は、重力(Fg)と遠心力(Fc)の磁場に平行な成分に応じて、また磁気鏡力(Fm)に応じて、磁場(B)に沿って動くよう強いられる。破線のベクトルは、FgとFcのBに垂直な成分を表す。実線の短いベクトルは、FgとFcのBに平行な成分を示す。O’Donoghueらの観測で、土星大気中のH 3 + の発光が、環と磁力線でつながっている領域で減少していることがわかった 7 。これは、環から大気への磁力線に沿った水の輸送を示している。
Credit: CAROL LADD/NASA
磁場を持つほかの惑星の場合、こうした力によって、環の中の電荷を持つ小粒子は急速に拡散してしまう。しかし、土星は、磁場を持つ太陽系惑星の中で唯一、磁場が自転軸に関して軸対称となっている10,11。互いに共役になる緯度が北半球と南半球にあり、環平面(環が作る平面)上の特定の半径のところに磁力線でつながっている。したがって、高い電荷対質量比を持つ粒子の形で環から引き出された質量は、環に戻って再吸収されない場合、必ず土星大気の特定の緯度(環平面共役緯度)に運ばれることになる12。土星大気上部への水の流入量の緯度による違いを測定できれば、質量浸食の現在の速度を、環平面での半径方向距離の関数として知ることができるかもしれない13。
OʼDonoghueらは、水の流入量は測定しなかったが、その代わりになるものを観測した。それがH3+イオンの発光だ。土星の上層大気に導入された水は、電荷交換によって主要な電離圏(上層大気)イオンの急速な化学的再結合を促す14。このため、H3+イオン密度を観測すれば、水の供給量が多い緯度ほどイオン密度が減少しているはずだ。一方、環のすき間には浸食されるべき環の材料がほとんどないので、水の供給源としては弱い。今回の観測で、環の隙間と磁力線でつながっている緯度では、イオンの発光が強いことがわかった。OʼDonoghueらの測定結果は、環平面の至るところの供給源から、磁力線に沿って電離圏に水が供給されていることを明瞭に示している。この現象は、「環の雨」と呼ばれる。
OʼDonoghueらの測定から、現在の環の浸食速度(半径方向距離の関数として)は、数千万年の進化の間にC環・B環境界4とB環内側の透明度5,6を形作ったと考えられている浸食速度と異なることもわかった。水がイオンの形で運ばれるのか、あるいはより効率的に、電荷を帯びた1µm未満の粒子の形で運ばれるのかは、まだわかっていない。また、質量浸食速度を定量的にH3+の発光強度から求めるためには、まだまだ多くの研究が必要だ。なぜなら、電離圏電子密度の変動の観測結果15,16と、大気への水の流入を考慮した理論モデル17,18とを正確に調和させることは、これまで難しかったからだ。
今回の観測方法は、土星の環の電磁気浸食に関する私たちの理解を深めてくれる。その可能性はとてもエキサイティングだ。電磁波スペクトルの近赤外領域には、かなり広いメタン吸収バンドの中に、離散的なH3+輝線が数多くある(図2)。輝線をうまく選べば、土星大気のより深いところにあるメタンの吸収によって暗く見える土星に対して、電離圏H3+の画像を高い信号対雑音比で得ることが可能なはずだ。必要なのは、大きな有効口径を持つ望遠鏡とデータを蓄積するための十分な観測時間だけだ。
透過率は、土星大気での深さに対応する、1、10、100ミリバールの大気圧レベルでの値を示している。スペクトルのこの領域では、反射された太陽光を含む下からの光は、メタンによる吸収で大きく減衰するので、土星は一般に暗く見える。メタンが存在する高度よりもずっと上で起こるH3+の発光は、減衰せずに届く。この結果、近赤外領域のH3+輝線は暗い惑星を背景にすることになり、H3+の発光を調べるには理想的だ。
今日観測される土星の環は、おそらく、できた当時の環とは大きく異なっているに違いない。土星の環は、太陽系よりも短い時間で、太陽系のように大きく進化した2,4,14。環がいつ、どのようにできたのかを理解するためには、私たちが今日見ている環を形作ったプロセスを理解する必要がある。今回、そのプロセスの1つである電磁気浸食が、環のパターンを土星の上に投影していることがわかった7。電磁気浸食は、土星の環の中にも手がかりを残しているかもしれない4-6。もしそうなら、それは、ニュートンとローレンツの言葉で語られる物語に違いない。
翻訳:新庄直樹
Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 7
DOI: 10.1038/ndigest.2013.130732
原文
Saturn’s ring rain- Nature (2013-04-11) | DOI: 10.1038/496178a
- Jack Connerney
- Jack Connerneyは、米国メリーランド州グリーンベルトの米航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙飛行センター惑星磁気圏研究所に所属。
参考文献
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