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自己組織化する「生きた組織」を3D印刷する

オックスフォード大学(英国)の研究チームが、細胞をまねた水滴を作り、それらを立体的に整列させて、生体組織とよく似た構造物を作成した。

3Dプリンターで印刷した構造物は、その全体を屈曲させることもできる。

それは、3Dプリンターを使って微小な水滴を並べたゼリー状の構造物であり、筋肉のように収縮したり、つながったニューロンのように電気信号を伝達したりすることができる。彼らの研究は、Science 2013年4月5日号で発表された1

論文の共著者である技術移転企業ケンブリッジ・コンサルタンツ社(英国ケンブリッジ)のGabriel Villarによると、この手法を用いることで、最大で3万5000個の水滴を並べた構造物を作ることができ、将来的には、人工組織を作製するための足場にしたり、臓器の機能のモデルにしたりすることが可能になるだろうという。「生きた組織をどこまで模倣できるのか、挑戦したいのです」。

構造物を形成する個々の水滴は、脂質の膜でぐるりと包まれている。この被膜付きの水滴は、厳密に調製した油と純粋な脂質の混合液の中に水滴を落とすことで形成される。

マジックテープ方式で密着

脂質分子は親水性の頭部と疎水性の尾部を持つため、混合液の中に水滴を落とすと、脂質分子の頭部が水滴の表面に付着し、尾部は混合液の方に突き出る。このような水滴が互いに近づくと、表面に突き出た疎水性の尾部どうしが、ちょうどマジックテープのようにくっついて、細胞膜の脂質二重層に似たものを形成する。この脂質二重層が、水滴の間に構造的・機能的な結びつきを生じさせるわけだ。

これまでの研究でも2,3、脂質で被覆した水滴どうしがそのようにしてくっつき合うことは示されていたが、水滴の成分が純粋な水であり、形が球状であったため、組織化させるのは困難だった。南デンマーク大学(オーデンセ)の生物医学工学の専門家David Needhamは、今回の研究には参加していないが、「私も多数の水滴を互いに結合させることはできましたが、Villarらが3D印刷に成功したことは画期的だと思います」と言う。

水滴を使った3D印刷には、巧妙な操作が必要だ。当時、オックスフォード大学のHagan Bayleyの研究室の大学院生であったVillarは、油と脂質の混合液を満たした深さ5mmの容器の中に、ガラス製のノズルから水滴を噴射する3Dプリンターを製作した。水滴が容器の底に向かって沈んでゆく過程で、脂質の被膜が形成される(nature.asia/nd1306-3dの下の動画を参照のこと)。

ノズルが水滴を1個落としたら、モーター付きの台が容器をほんの少しだけ移動させて、次の水滴が前の水滴の横か上に落ちるようにする。この動作を繰り返すことで、球形や立方体、さらには城や花の形に水滴を並べることができた。

Villarは次に、ノズルをもう1本追加して、2種類の水滴を同時に噴射できるようにした。そして、できあがった構造物が収縮できるようにするため、塩分濃度の低い水滴の層の隣に、塩分濃度の高い水滴の層を印刷した。水は脂質二重層を透過できるので、塩分濃度の高い水滴は、隣の水滴から浸透してきた水によって膨張する。Villarはこの方法で、構造物の全体を屈曲させることに成功した(nature.asia/nd1306-3dの上の動画を参照のこと)。

また、脂質二重層に孔をあける毒素を含んだ水滴を印刷して、電流がこの孔を通って流れるようにすることもできた。

クレムソン大学(米国サウスカロライナ州)の生物工学の専門家であるKaren Burgは、この技術はまだ初歩段階なので、臨床現場で用いたり、実際の臓器のモデルにしたりすることはできないという。「正確な情報を得るためにはどのくらい複雑な構造物を作る必要があるのか、これから長い時間をかけてじっくり議論していかなければなりません」。

「彼らの目標が生きた組織を作ることにあるなら、その道のりはまだまだ長いでしょう」とNeedhamは言う。「ただ、歩み出した方向だけは正しいと思います」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2013.130603

原文

Scientists print self-assembling ‘living tissue’
  • Nature (2013-04-04) | DOI: 10.1038/nature.2013.12743
  • Beth Marie Mole

参考文献

  1. Villar, G., Graham, A. D., & Bayley, H. Science 340, 48-52 (2013).
  2. M. A. Holden, D. Needham, H. Bayley, J. Am. Chem. Soc. 129, 8650 (2007).
  3. G. Maglia et al., Nat. Nanotechnol..4, 437 (2009).