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がん細胞を自滅に追い込む低分子薬

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2013.130405

原文:Nature (2013-02-07) | doi: 10.1038/nature.2013.12385 | Small-molecule drug drives cancer cells to suicide

Zoe Cormier

TIC10という低分子薬は、血液脳関門を透過でき、現在有効な治療薬がない脳腫瘍の一種である膠芽腫に対しても有効性を示した。

もともと体に備わっている腫瘍破壊システムを活性化する分子が突き止められた。TIC10というこの分子は、マウスにおける研究で、がん組織では細胞死を引き起こすが、正常な組織では細胞死を引き起こさないことがわかった。この研究は、Science Translational Medicine 2013年2月6日号に掲載された1

Credit: THINKSTOCK

TIC10は、TRAIL(tumour-necrosis-factor-related apoptpsis-inducing ligand)と呼ばれるタンパク質をコードする遺伝子を活性化する。従来のがん治療には体の衰弱という副作用が伴うため、がん研究者たちは、体の衰弱を伴わない薬剤の探索を長い間続けてきた。TRAILはそんな分子標的の1つだ。

「TRAILは我々の免疫系の一部を担っています。機能的な免疫系を持つヒトは、このTRAIL分子を使って、腫瘍の形成や進展を阻止しています。そのため、TRAIL分子の発現を促進した場合でも、化学療法ほどの毒性はないでしょう」と、ペンシルベニア州立大学(米国ハーシー)の腫瘍学者で、この研究を率いたWafik El-Deiryは言う。

今回の実験では、TIC10が、乳がん、リンパ系腫瘍、結腸がんおよび肺がんを含む、さまざまな腫瘍に対して強力な効果を発揮することが示された。なお、治療が難しいことが知られている脳腫瘍の一種である膠芽腫2においても、TIC10は非常に有効であった。膠芽腫マウスにTIC10とベバシズマブ(脳腫瘍を含む疾患に使用される薬剤)を併用した場合、治療を受けていないマウスの3倍長く生存した。TIC10単独療法の場合でも、ベバシズマブ単独療法の場合と比較して、生存率が改善した(生存期間は6%延長)。

迅速かつ協調的

El-Deiryは、TIC10が、TRAILを基盤とする薬剤としてこれまでに検討されたタンパク質よりはるかに小さいため、非常に有効であると言う。TIC10は血液脳関門(脳と主要な循環系とを分離する障壁)を透過できるほど小さいのだ。血液脳関門は、通常、微生物などの有害なものが脳に感染するのを防止するように機能する。ただ、抗がん剤の透過も阻止するため、その効果も阻害してしまう。「TIC10が脳腫瘍を治療できるとは思ってもおらず、嬉しい驚きでした」と、El-Deiryは言う。

TIC10は、がん細胞だけでなく、正常細胞でもTRAIL遺伝子を活性化するため、「バイスタンダー効果」を生み出す可能性が高いと考えられる。バイスタンダー効果とは、正常細胞のすぐそばのがん細胞に、アポトーシス(すなわち細胞死)が誘導されることだ。正常細胞でも、TIC10によってその細胞表面のTRAILの発現が促進されるため、これらが隣接するがん細胞に結合し、その細胞死の引き金を引くのである。「TRAILにさらに効果がプラスされるのです。それがかなり効果的なのです」と、El-Deiry は言う。

厳しい状況にあるTRAIL

がんにおいて細胞死を引き起こすと考えられる機構はTRAILだけではない。がん研究者は、細胞のメッセンジャーである腫瘍タンパク質53(p53)を活性化することで作用する多くの薬剤を開発している(これにはTRAILを基盤とする治療も含まれる)。しかし、p53を基盤とする方法は必ずしも有効ではないと、El-Deiryは言う。「ほとんどの腫瘍では機能不全に陥ったp53が存在しています。このため、変異型p53の存在する腫瘍に対して有効な治療法が必要となっているのです」と、説明する。今回のEl-Deiryの研究チームのアプローチは、全くp53を介していない。

今回の研究はマウスに限定されているが、El-Deiryの研究チームは、同様のアプローチがヒトでも機能すると確信している。ただ、TRAILを基盤とする戦略は、これまでも大きな期待がかかっていたが、成果を挙げることができなかったこともあり、懐疑的な見方をする研究者もいる。

新しい時代のがん治療の先がけとしてTRAILが登場したのは、1990年代半ばのことだ3。しかし、治療の初期の臨床試験では毒性はほとんど示されなかったものの、がんの治療としてはそれほどうまくいかなかった、とコロラド大学デンバー校(米国)の腫瘍学者であるAndrew Thorbunは言う。彼は、2012年に発表されたTRAILを基盤とするがん治療についての総説4の共著者だ。「標準的な治療にTRAILを基盤とする治療法を追加しても、生存率が有意に高まったという大規模臨床試験はありませんでした」と彼は付け加えた。大規模な生物医学研究グループの多くは、すでにTRAILを基盤とする薬剤の開発を取りやめている。

(翻訳:三谷祐貴子、編集:編集部)

参考文献

  1. Allen, J. E. et al. Sci. Transl. Med. 5, 171ra17 (2013).
  2. Menon, L. G. et al. Stem Cells 27, 2320–2330 (2009).
  3. Wiley, S. R. et al. Immunity 3, 673–682 (1995).
  4. Dimberg, L. Y. et al. Oncogene http://dx.doi.org/10.1038/onc.2012.164 (2012).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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