軸索にできる「小さな突起」に、シナプスの形成と成熟のカギ!
シナプス形成で解明されたこと
–– 一貫して、シナプスを対象に研究をされていますね。
岡部: はい。医学部時代より神経科学や精神科学に興味がありました。卒業後に解剖学教室に入り、ニューロンの形や、ニューロンどうしのつなぎ目であるシナプスに興味を持ちました。大学院時代に、シナプスの形作りをテーマに研究を始めました。最近はイメージングの手法を取り入れ、「シナプスはいったん大量に作られるが、その後でかなりの数が除去されること」「ある割合のシナプスは常に形成と除去を繰り返しており、形成はごく短時間に進む現象であること」などを明らかにしてきました。
–– シナプスの形成と除去について、これまでどのようなことがわかっていたのでしょう?
岡部: シナプスはニューロンが回路を作るための重要な「つなぎ目」となります。サルでは、誕生後の3か月でシナプスが大量に作られ、その後はゆっくり減っていくことがわかっており、ヒトでも同様だと考えられています。まず十分な数のシナプスが作られた後で、回路に組み込まれなかった不必要分が除去されるのだと思いますが、どのような分子メカニズムで制御されているのか、除去されるシナプスがどのように決められているのかといったことは明らかにされていません。
また、回路に組み込まれたシナプスの多くは、非常に安定した構造として維持されますが、一部のみ、除去と形成が繰り返されます。日々の経験や外界刺激の変化に応じて回路を作り替える必要が生じるためだと考えられますが、こちらも、どのような因子が増減を制御しているのか、わかっていません。
ただし、シナプスの形成について、次のようなことがわかってきています。ニューロンの樹状突起と軸索が出会う際に、樹状突起側に「フィロポディア」という構造物ができます。このフィロポディアは軸索に接触することで形を変え「スパイン」という小さな突起物になります。このようなスパインは、シナプスとしての安定化に寄与すると報告されています。
軸索側の小突起がシナプス形成を促す
–– 今回、軸索側にも小さな突起ができることを突き止められました。
岡部: はい。軸索側にも突起のような構造物が観察されることは報告されていたのですが、機能が未解明でした。私たちは、マウスの小脳において、プルキンエ細胞の樹状突起と顆粒細胞の軸索の間でシナプスが作られる際に、軸索に「小さな突起」ができることを突き止めました1。この「小さな突起」の大きさや形は、スパインとよく似ていました。
–– 実験では遺伝子改変マウスを使われましたが、なぜでしょう?
岡部: 共同研究者である慶應義塾大学医学部 生理学教室の柚﨑通介教授らが、小脳に特に多く発現するCbln1というタンパク質の機能解析をしており、共同でイメージング実験をしたいとおっしゃってくださったことがきっかけです。Cblnタンパク質は4種が知られておりCbln1もその1つですが、機能についてはよくわかっていませんでした。
Cbln1遺伝子を欠損させた遺伝子改変マウスはうまく歩けず、小脳失調状態を示していました2。これまでに柚﨑教授らは、Cbln1タンパク質を小脳に注入すると、病態が著しく改善することを発見していました3。大人のマウスであっても、Cblnタンパク質を注入すると1〜2日で症状が劇的に改善するというのです。ただし、1回の注入での効果はそれほど持続しませんでした。
このことは、Cblnタンパク質があると、小脳におけるシナプス形成が急速に進み、結果として歩行機能も回復することを強く示唆しています。この過程でシナプス部位がどう変化しているのかを、リアルタイムで見てみたいということになったのです。
–– 具体的に、どのような実験をされたのでしょう?
岡部: Cbln1遺伝子欠損マウスの小脳を厚さ数百µmの切片にして培養しました。哺乳類のシナプスの数はニューロンの種類によってさまざまですが、小脳のプルキンエ細胞は、特に樹状突起が複雑でシナプスの数が多いことで有名です。スライスした神経組織は、数週間は生きたまま維持することができ、生体に近い分化や成長を再現することができます。私たちは、遺伝子工学的な手法を用いて、樹状突起に局在する分子が赤色の蛍光を、軸索に局在する分子が緑色の蛍光を発するように操作を加えました。そのうえでCbln1遺伝子を欠損させたマウス由来の切片を培養液中で維持し、プルキンエ細胞が成長していく様子をリアルタイムでイメージングしたところ、軸索側の「小さな突起」も、樹状突起側のスパインも形成されませんでした1。軸索と樹状突起が接着しても、Cbln1によるシグナル伝達がないためにシナプスが形成されないことが、容易に想像できました。
次に、この培養切片にCbln1タンパク質を加え、同じようにリアルタイムでイメージングしました1。すると、軸索に「小さな突起」ができ始めました。さらに、シナプスの形成と成熟が促され、樹状突起側でのスパインの成熟も促進されました。「小さな突起」は約8時間後には「丸い数珠のような構造(シナプスの一部)」へと姿を変え、正常なシナプスができあがりました。
–– Cbln1に別の大きな機能があったのですね。
岡部: そのとおりです。私たちは、Cbln1が細胞膜受容体の間をつなぐタンパク質として機能しているだけでなく、小脳においては軸索に「小さな突起」の形成を促し、この「小さな突起」が機能することでシナプスが作られることを世界で初めて突き止めたといえます。また、一度のCbln1投与では、一時的にしかCbln1遺伝子欠損マウスの病態を改善できないことから、Cbln1にはシナプスを安定的に維持する機能もあることが示せたといえます。
自閉症などとの関係も?
–– 成功のカギは何だったのでしょう?
岡部: Cbln1遺伝子欠損マウスを使うことで、シナプス形成のステージをうまくそろえられたことだと思います。というのは、これまではシナプス形成の瞬間をうまくイメージングする手だてがありませんでした。正常なマウスでは、シナプスはある瞬間に同期してできるのではなく、時間差をもってポツポツとできていきます。ある現象をイメージングでとらえるには、現象が起きるステージをそろえる必要がありますが、それができなかったのです。今回は、プルキンエ細胞の培養切片にCbln1を加えることで、ほとんどのプルキンエ細胞で、ほぼ同時にシナプスを作らせることができ、それが成功のカギとなりました。
–– 医療への応用は可能でしょうか?
岡部: すぐには応用の出口はみえないと思いますが、自閉症などでシナプスの形成や数の異常が報告されていますので、最初にお話しした「シナプスが出生直後に大量に作られて、その後で減るときの制御の仕組み」などがわかると、病態解明の糸口になるかもしれません。
–– 今後の展開はいかがですか。
岡部: イメージングによって、シナプスの形成と除去の仕組みを解き明かしていきたいと思います4,5。さらに神経回路の成熟後、シナプスがどのように安定に維持されているのかについて知るために、個体レベルでのイメージング技術の開発にも力を入れていく予定です。
–– ありがとうございました。
聞き手は西村尚子(サイエンスライター)。
Author Profile
岡部 繁男(おかべ・しげお)
東京大学大学院医学系研究科 神経細胞生物学 教授。1986年 東京大学医学部医学科卒業、1988年 東京大学医学部解剖学教室助手、1992年 医学博士号取得。その後、米国NIH客員研究員 、工業技術院生命工学工業技術研究所主任研究官を経て、1999年に東京医科歯科大学医学部解剖学教室教授。2007年より現職。
Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2013.130230
参考文献
- Ito-Ishida A., et al., Neuron 76, 549-564, (2012).
- Hirai H., et al., Nat Neurosci. 8, 1534-1541, (2005).
- Ito-Ishida A., et al., J Neurosci. 28, 5920-5930, (2008).
- Kawabata, I., et al., Nat Commun. 3, 722, (2012).
- Shin, E., et al., Nat Commun. in press.