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分解能の限界が迫る電子顕微鏡

ドイツのSALVE 2 電子顕微鏡は、現在、ノイズを抑えるために設計し直されている。

Credit: UTE KAISER/SALVE/CEOS

電子顕微鏡の分解能を低下させる意外なノイズ源が発見され1、次世代電子顕微鏡開発計画は大きな打撃を受けることになった。この現象を発見したのは、先端光学機器メーカーCorrected Electron Optical Systems(CEOS)社(ドイツ・ハイデルベルク)の研究者Stephan Uhlemannらだ。分解能を原子より小さなレベルまで向上させることを目標に、大規模な研究開発が進められている。しかし、今回の発見によって、こうした取り組みが頓挫する恐れが出てきたのだ。

Uhlemannらは、ノイズを軽減する方法を見つけ出すことができると考えている。しかし電子顕微鏡学者たちは、今回のノイズ源は、分解能向上の努力が限界に達しつつある兆候だと見ている。中には、別の方向に力を注いだ方がよいと言う者もいる。「材料科学の分野で多くの問題を解決できる分解能1オングストローム(Å)の顕微鏡を10台持つことと、うまく機能しないかもしれないがフロンティアを開く可能性を秘めた高価な顕微鏡を1台持つことと、どちらがよいのでしょうか?」と、コーネル大学(ニューヨーク州イサカ)の物理学者David Mullerは問い掛ける。

電子顕微鏡は、20世紀初頭に初めて開発された。透過型電子顕微鏡は、電子を試料に照射し、試料を透過した電子や散乱された電子を結像して拡大観察する顕微鏡で、光学顕微鏡よりも何千倍も細かな画像を得ることができる。1959年、米国の物理学者Richard Feynmanは、原子の半径よりも小さい0.1 Åの分解能を達成するという、まさに気が遠くなるような目標を設定した。

そして2008年、ローレンス・バークレー米国立研究所(カリフォルニア州バークレー)において、2700万ドルをかけたTEAM(Transmission Electron Aberration-Corrected Microscope:収差補正透過電子顕微鏡)プロジェクトにより、分解能0.5 Åの顕微鏡が実現した。この長さは自然界における最短の化学結合に相当する。これ以降、各メーカーはこの技術の低コスト化を推し進め、一方、日本とドイツの顕微鏡学者たちは独自の「サブオングストローム顕微鏡」の計画を提案した。また、バークレーの研究者たちは、TEAMプロジェクトでさらなる分解能の向上を目指した。

ところがTEAMは、目的の分解能には達したものの、完全に期待どおりの結果を得たわけではなかった。TEAMの顕微鏡1号機は予想どおりの性能を示したが、2号機は高度な技術を導入したものの1号機を超えることができなかったのだ。

2号機には、電子エネルギーの変動に起因するぼけを除去するため、電界レンズと磁界レンズを複雑に組み合わせた色収差補正装置を導入した。費用は約1200万ユーロ(1600万ドル)だった。研究者たちは、この色収差補正装置が分解能0.33 Åの実現に役立つと考えていた。ところが、2号機の分解能は1号機よりも悪くなってしまったのだ。装置を製造したCEOS社では、2010年、技術者たちが分解能低下の理由を調査し始めた。

「原因はなかなか分かりませんでした」とCEOS社のUhlemannは打ち明ける。だが、ようやく今年の実験で、補正装置と同じ構造材料(ニッケル–鉄合金、銅、ステンレス鋼など)で空のチューブを作って置き換えるだけで、同じぼけが再現できることを突き止めた。つまり、ノイズはレンズの問題ではなく、材料中で生じる物理現象に起因していたのだ。ノイズは高温になるほど悪化したので、熱振動によって生じるに違いない。熱振動が材料中の電子を揺さぶり、それが磁場を発生させて、顕微鏡の電子ビーム中の電子を押しのける働きをするのだ1

こうしたノイズは、全ての電子顕微鏡にも存在すると考えられる。しかし、CEOS社の補正装置は大型(長さ約1m、重さ0.75t)なので、ノイズが拡大されたのだ。CEOS社は、結果として、分解能が0.45~0.75 Åに制限されると推定している。これで、なぜTEAM顕微鏡の2号機が1号機に勝てなかったのか、説明がつく。

「これは物理的な限界です。だから、解決方法を真剣に考えなければなりません」とウルム大学(ドイツ)の電子顕微鏡学者Ute Kaiserは言う。彼は、1200万ユーロをかけて2台の先駆的顕微鏡を建設するプロジェクトSALVE(Sub-Ångström Low-Voltage Electron Micros¬copy:サブオングストローム低電圧電子顕微鏡法)を指揮している。SALVEとCEOS社は共同で、現在建設中の装置1台の設計変更を進めている。電子ビームを問題の材料から遠ざけて、ノイズ問題を軽減するためだ。

しかし、ノイズ源は磁場の影響だけではないことが最近確認された。2012年、ライデン大学(オランダ)の顕微鏡学者Ruud Trompらは、最新の収差補正機構が本質的に不安定であり、わずか数分後に、静電気などのノイズがぼけを引き起こしてしまうことを明らかにした2。また、Mullerの研究グループは、現在の分解能の限界においては、結晶中の原子から散乱された電子による量子力学的効果が原因となって、画像化された原子が実際よりも大きく見えたり小さく見えたりする可能性があることを示した3

分解能0.5ÅのままのTEAM顕微鏡を使っても、画期的な科学研究を進めることはできる。カリフォルニア大学ロサンゼルス校の物理学者John Miaoの研究グループは、2013年4月、白金ナノ粒子中の結晶欠陥を、原子スケールの画像で初めて捉えたことを報告した4。その顕微鏡が設置されている米国立電子顕微鏡センター(バークレー)のセンター長Uli Dahmenは、「Miaoのチームはもう少しでナノ粒子を三次元マッピングできそうです」と言っている。

Feynmanが要求した分解能を達成できなくても、原子1個を単位として材料を画像化するというFeynman の究極の目標は達成されるであろう。「材料科学の分野に、分解能0.3 Åで解決できて0.5 Åでは解決できない問題があるなどと主張する人はいませんよ」とDahmenは言う。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2013.131008

原文

Imaging hits noise barrier
  • Nature (2013-07-11) | DOI: 10.1038/499135a
  • Eugenie Samuel Reich

参考文献

  1. Uhlemann, S., Müller, H., Hartel, P., Zach, J. & Haider, M. Phys. Rev. Lett. 111, 046101 (2013).
  2. Schramm, S. M., van der Molen, S. J. & Tromp, R. M. Phys. Rev. Lett. 109, 163901 (2012).
  3. Hovden, R., Xin, H. L. & Muller, D. A. Phys. Rev. B 86, 195415 (2012).
  4. Chen, C.-C. et al. Nature 496, 74–77 (2013).