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集団遺伝学:紀元400〜700年のローマ帝国辺境のドイツにおける人口動態と生活史

Nature 654, 8120 doi: 10.1038/s41586-026-10437-3

古代から中世への移行期における、西ヨーロッパと中央ヨーロッパでの新しい政治的・社会的構造の登場は、大規模な移住が原因であると長らく考えられてきた。しかし、新たに得られた証拠からは、ローマ世界を再編する上で小集団の移動が果たした役割がますます重視されるようになっている。本研究で我々は、かつてのローマ帝国国境であったドイツ南部から得られた258例の古代ゲノムを提示し、これらを2500例の古代ゲノムおよび379例の現代ゲノムと共に解析した。集団遺伝学的解析によって、5世紀後半のローマ帝国構造が崩壊した時期と一致する、大規模な人口動態の変化が明らかになった。その際、ヨーロッパ北部系統の創始集団が遺伝的に多様なローマ属州集団と混合した。家系図の再構築と、サンプリングされていない血縁者の系統を推定する手法であるフィリア法(filia)からは、広範な通婚と最小限の文化的差異が示唆された。遺伝的構造は6世紀の間は維持され、7世紀初頭には混合によって現代の中央ヨーロッパに似た集団が形成された。Chronographを用いて、系統的つながりのある個人の年代を精緻化することで、世代時間は28年、平均寿命は女性が39.8歳、男性が43.3歳、乳児死亡率は高く、約4分の1の子どもは10歳までに片方の親を亡くすが、その多くはそれでも祖父母と共に育つ社会だったと推定された。また、家系図からはこの社会が核家族を中心とし、生涯にわたる一夫一婦制、近親婚の厳格な回避、柔軟な家系継続の慣行があり、レビレート婚は行われていなかったことが明らかになり、これは、後にヨーロッパの家族を形作った後期ローマ帝国の社会慣習との連続性を示唆している。

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