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古代DNA:「緑のサハラ」の古代DNAで明らかになった北アフリカの祖先系統

Nature 641, 8061 doi: 10.1038/s41586-025-08793-7

サハラ砂漠は、現在では最も乾燥した地域の1つだが、1万4500~5000年前のアフリカ湿潤期(AHP)には緑豊かなサバンナであり、水塊が中期完新世における人類の居住と牧畜の拡大を促進していた。この地域でDNAが良好に保存されることはまれで、そのため、サハラの遺伝史や人口動態に関する知識は限られている。本論文で我々は、リビア南西部のタカルコリ岩窟住居に埋葬されていた約7000年前の牧畜新石器時代の女性2個体から得られた、サハラ中部の古代ゲノムデータについて報告する。タカルコリの個体の祖先の大半は、これまで知られていなかった北アフリカの遺伝的系統に由来しており、この系統は、アフリカ外の現代人とほぼ同時期にサハラ以南のアフリカ人系統から分岐したもので、存続期間の大部分にわたって隔離状態にあった。タカルコリの個体は、モロッコ・タフォラルト洞窟で発見された、イベロマウルシアン石器製作伝統と関連付けられていてAHPより年代の古い、1万5000年前の狩猟採集民で最初に報告された系統と近縁である。タカルコリの個体とイベロマウルシアン関連個体は、いずれもサハラ以南の系統から同等に離れた関係にあり、これは、AHPにおけるサハラ以南のアフリカからアフリカ北部への遺伝子流動が限定的だったことを示唆している。ネアンデルタール人との混血が非アフリカ人の半分程度認められるタフォラルトの個体とは対照的に、タカルコリの個体はネアンデルタール人の寄与がレバント農耕民の10分の1と少ないが、それでも現代のサハラ以南のゲノムよりは明らかに多かった。我々の知見は、牧畜が文化の拡散を通して、後期更新世のアフリカ北部に広く分布していたと考えられる分岐の深い孤立した北アフリカ系統へと広がったことを示唆している。

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