Author Interview

写真提供:稲木 信介(東京工業大学)

溶液を流すだけ!?電力供給不要の電解重合法

岩井 優、稲木 信介 / 東京工業大学

2022年5月に、Communications Chemistry研究成果を出版された東京工業大学の岩井優氏と稲木信介氏に、本研究成果の背景、課題とその克服のための方策、将来の夢、研究者以外の方に向けたメッセージなどさまざまな質問にお答えいただきました。

―― 専門分野の研究背景と本論文の内容を分かりやすくご説明ください。

岩井氏: 私は、低電解質濃度の溶液に電場を印加した際にワイヤレスな電極として機能するバイポーラ電極に関する研究を行っています。従来の研究では、外部から電圧を印加することでバイポーラ電極を駆動していましたが(図1 (a))、本研究では、流動電位を用いてバイポーラ電極を駆動し、導電性高分子の電解重合を達成しました(図1 (b)–(d))。流動電位とは、低電解質濃度の溶液を内径の小さな流路に送液した際に、流路の出入口間に生じる電位差であり、界面動電現象のひとつです。この流動電位を用いてバイポーラ電極を駆動することにより、外部から電力供給を行うことなく電解反応を進行させることが可能です。さらに、送液する電解液は低濃度であることから、反応後に廃棄物となる電解質の使用量を削減できるため、本研究は低環境負荷な電解重合法と言えます。

図1:本論文の概要
図1:本論文の概要 | 拡大する

Suguru Iwai et al., Communications Chemistry doi: 10.1038/s42004-022-00682-8

―― 本論文の研究はどのように行われましたか?工夫した点、思い入れについても教えてください。

岩井氏: この研究は、研究室内での新規テーマであったため、基礎となる流動電位の発生条件の検討から始めました。研究を始めた当初、流動電位をほとんど観測できず苦労する中で、私は流路の圧力損失に着目しました。以下の式1に示すように、流動電位の大きさと圧力損失の間には比例関係があります。そこで、圧力損失を発生させるための充填物の導入を着想し、様々な充填物の検討を行いました。その中で、脱脂綿を充填させることで十分な圧力損失と流動電位の発生を観測し、導電性高分子の電解重合に展開することができました。流動電位の発生条件の検討において、大きな流動電位を観測できるまで長い時間を要したため、思い入れがあります。

図2:流動電位の大きさと圧力損失の関係
式1:流動電位の大きさと圧力損失の関係

―― 本論文を完成させるにあたり最も難しかった課題は何でしょうか?また、その課題をどのように克服されましたか?

岩井氏: これまでに研究室に流動電位に関する知見がなく、さらに今まで有機合成の研究をしてきた私にとっては全く新しい概念であったため、流動電位の測定結果に対する考察が難しかったです。そこで、流動電位に関する論文を読み進めました。また、式1にあるように流動電位の大きさには様々な因子が影響を与えることから、多くの条件での流動電位の測定を通して知見の蓄積に努めました。さらに、流動電位方式のゼータ電位計を制作している会社を訪問し、話を伺うことで理解を深めました。

―― この技術が私たちの日常生活に将来的にどのような影響を与えると思いますか?

稲木氏: 電解反応は物質合成だけでなく、有害物質の分析や分解などにも利用することができます。給電を必要としない本技術は、電力供給が難しい極限環境などでも利用できる可能性があります。

―― この技術と産業界のニーズとの橋渡しについて、今後の構想をお聞かせください。

稲木氏: まだ技術的に成熟していないため、完成された製品をイメージはできないかもしれませんが、この新しいコンセプトを活かせる場面を想定できるアーリーアダプターとのマッチングを期待しています。

―― 出版するジャーナルについて、どのように決定しましたか?また、オープンアクセス(OA)ジャーナルで論文を出版する価値をどのようにお考えでしょうか?

稲木氏: 今回の成果は境界領域分野ということもあり、専門誌よりも総合化学誌での出版を目標としました。以前にもCommunications Chemistry での発表経験がありますが、査読プロセスもしっかりしており、信頼を置いています。新しいコンセプトの発表ということもあり、多くの研究者に読んでいただけるOAジャーナルでの出版は適切でした。費用については、研究資金配分機関からのサポートを受けました。

―― Communications Chemistry に投稿してから論文が掲載されるまでの流れとその際の印象を教えてください。

稲木氏: エディターのハンドリングは速く、査読意見もフェアかつ的確でした。Research Squareから査読プロセスの進捗が見られることも便利に感じました。また、アクセプトから出版までもスムーズでした。

―― Communications Chemistry で論文を出版した後の印象について、例えば、出版後の周囲からの評価やインパクトはいかがでしたか?

岩井氏: 出版後にプレスリリースをさせていただいたということもあり、修士課程修了後に就職した研究室の同期から論文化の祝福の連絡を頂くなどの反響がありました。また、スマートフォンに表示される「おすすめの記事」欄に自身の論文の記事が表示されるのを目にしてとても驚きました。

―― 将来の夢を聞かせてください。

岩井氏: 流動電位を利用する無給電電解反応法を、一般的な電解反応へ展開し、普及させたいです。現段階では、本系は反応効率が非常に悪く、また高圧で送液する必要があるため、課題は多いですが、流路形状の変更などの流動電位の発生条件の最適化により、様々な電解反応を達成したいと考えています。また、個人としては、博士課程在学中に海外留学を経験して視野を広げ、研究者として成長したいです。

―― 研究者以外の方々に向けたメッセージ、またこの分野で研究を始めようとしている若い研究者にメッセージをお願いします。

岩井氏: 化学という学問は、様々な分野が密接にかかわっており非常に奥深いです。インターネットには、Nature Japanをはじめとする化学に関する最新情報を手軽に知ることができるウェブサイトが多くあるため、化学が好きな方や化学に興味がある方はぜひご覧ください。また、この記事が化学への興味を駆り立てるきっかけとなれば幸いです。

稲木氏: 我々は、有機電解反応の研究を推進する過程で、バイポーラ電極という魅力的な電気化学に出会い、現在では分野の最先端にいるという自負があります。今後も守りに入らず、今回の無給電電解反応のような攻めるチャレンジを続けていきます。是非一緒に新しい化学を開拓していきましょう。

取材:本多智(Communications Chemistry 編集委員)

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この作品はクリエイティブ・コモンズ表示4.0国際ライセンスの下に提供されています。

Communications Chemistry 掲載論文

Article: 給電不要の電解重合

Electropolymerization without an electric power supply

Communications Chemistry 5 Article number: 66 (2022) doi:10.1038/s42004-022-00682-8 | Published: 27 May 2022

Author Profile

岩井 優(いわい すぐる)

東京工業大学物質理工学院応用化学系稲木研究室 博士課程

経歴:
2020年3月 横浜国立大学 理工学部 化学・生命系学科 卒業
2022年3月 東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 修士課程修了
2022年4月~現在 東京工業大学 物質理工学院 応用化学系 博士課程在学中

モットー:
考えるよりまず行動

岩井 優氏

稲木 信介(いなぎ しんすけ)

東京工業大学物質理工学院 教授

経歴:
2007年3月 京都大学大学院工学研究科 博士課程修了
2007年4月 日本学術振興会特別研究員(PD)
2007年5月 東京工業大学大学院総合理工学研究科 助教
2011年12月 同 講師
2015年3月 同 准教授
2016年4月 東京工業大学物質理工学院 准教授(改組による)
2022年4月~現在 同 教授

モットー:
自分の選択を信じる(反省はしても後悔はしない)

稲木 信介氏

Communications Chemistryの対象範囲、編集部、編集委員会、オープンアクセス、論文掲載料(APC) について、About the Journalをご覧ください。
投稿規定については、For Authorsで詳しくご説明しています。

「著者インタビュー」記事一覧へ戻る

プライバシーマーク制度