Nature Outlook

リサーチ・ラウンドアップ

抗菌薬研究のリサーチ・ハイライトを紹介する。

Elizabeth Svoboda

ある細菌において、ハリシン(左)と呼ばれる抗菌薬に対する耐性は生じなかったが、別の薬剤に対しては耐性が生じた。

Collins Lab/MIT (CC BY-NC-ND 3.0, cropped)

ワクチン接種が薬剤耐性を抑制する

ワクチン接種率が高いと、薬剤耐性を助長する不必要な抗菌薬の使用を制限するのに役立つ可能性があると、疾病動態経済政策センター(米国ワシントンD. C.)およびジョンズホプキンス大学(米国メリーランド州ボルチモア)の疫学者エイリ・クラインたちが報告している。この研究チームは、米国での処方箋を解析した結果、インフルエンザワクチンの接種率の高さが抗菌薬の使用量の少なさと相関していることを見いだした。

クラインたちは、2010~2017年に作成された抗菌薬の処方についての大規模なデータベースと、同時期の米国疾病予防管理センター(CDC)の州の予防接種率についての記録を詳細に調べ、回帰分析を用いることで、2つのデータセット間の関係を見つけだした。

彼らは、社会学的・経済学的要因と医療の利用程度の差異を調整した後、インフルエンザワクチンの接種率が10%上昇するごとに、抗菌薬の処方が6.5%減少、つまり1000人当たり処方が14件減少することを発見した。この減少は、広域ペニシリン系、セフェム系、テトラサイクリン系など、複数のグループの抗菌薬で一貫していた。

研究チームは、この相関の要因についての可能性をいくつか指摘している。有効なインフルエンザワクチンによって、人々がインフルエンザに対して効果がない抗菌薬を求めなくなり、予防接種によって、インフルエンザで一般的に起こる二次的な細菌感染に対する抗菌薬の処方が制限される。従って研究チームは、予防接種の忌避に対処することで、薬剤耐性を抑えることができるのではないかと考えている。

Open Forum Infect. Dis 7, ofaa223(2020)

深層学習による新規抗菌薬の発見

新しい抗菌薬のパイプラインが枯渇する中、マサチューセッツ工科大学(MIT;米国ケンブリッジ)のジム・コリンズたちは、抗菌化合物の発見に役立つ自動化手法を考案した。この機械学習システムによって、ハリシンと呼ばれる抗菌薬が発見された。ハリシンは、既存のほとんどの抗菌薬と構造が異なっており、多剤耐性感染症に対して効果を持つ。

抗菌薬は通常、殺菌効果のある化合物を大量に産生する微生物を求めて土壌を調べることで発見されてきた。現在では、この戦略で発見される化合物はほとんど存在しないため、コリンズたちは、化合物の発見過程に新たな工夫を加えることにした。コンピューター科学者であるレジーナ・バルジレイたちの研究チームは、ニューラルネットワークを訓練して、殺菌効果を示す可能性のある数千の化合物の分子構造を学習させた。これらの化合物の中には、すでに抗菌薬として使用されているものもあれば、さまざまな天然物由来のものも含まれていた。

次に研究チームは、この訓練されたモデルを、ブロード研究所(米国ケンブリッジ)の「ドラッグ・リポジショニング・ハブ」という薬剤コレクションの約6000の医療用化合物に対して検討した。その結果、コンピューターが、これらの化合物の中の1つであるハリシンが、既知の抗菌薬とは構造が異なるにもかかわらず、殺菌特性を持つと知らせた。ハリシンの効果を、結核菌やクロストリディオイデス・ディフィシルなどのさまざまな薬剤耐性菌株に対して調べると、これらの菌株を迅速に死滅させることが分かり、この手法がうまく機能することが示された。

このMITのシステムを用いて1億以上の既知の分子をより広範な探索した結果、有望な抗菌特性を持つ化合物がさらに8つ特定された。これらの化合物もハリシン同様、既存の抗菌薬と異なる構造を持つ。研究チームは、このモデル、あるいは類似したモデルが、新薬開発につながる可能性のある新しい抗菌化合物を継続的に見つけ出せることができると期待している。

Cell 180, 688-702(2020)

薬剤耐性菌を標的とする分子ドリル

テキサスA&M健康科学センター(米国テキサス州ブライアン)のジェフリー・キリーロたちの研究チームは、多剤耐性菌に焦点を合わせて、その破壊に役立つ微細な分子ドリルを開発した。この光活性化ドリルは、毎秒300万回転することができ、細菌の厚い細胞壁を機械的に貫通することで機能する。最初の穴が開くと、従来の抗菌薬が細菌に対してより効果を発揮すると、研究チームは報告している。

細菌を死滅させるのが難しい理由の1つは、多くの細菌が外膜と内膜の2つの脂質二重膜と、糖分子で架橋されることで強度が高まったタンパク質から構成される、要塞のような細胞壁を持つからである。このため、多くの化合物にとって細菌は難攻不落である。しかし、このような厚い壁は、壁をまっすぐに突き破る分子ドリルの敵ではない。

キリーロたちは一連の試験で、この分子ドリルが単独で、薬剤耐性の肺炎桿菌クレブシエラ・ニューモニエの最大17%を破壊することを見いだした。そして、分子ドリルを抗菌薬メロペネムと共に用いたところ、殺傷率は94%にも達した。

このドリルは光で活性化されるため、初期段階では、皮膚の創傷、カテーテル感染、その他の体表面の感染など、光を容易に当てられる場所の耐性菌を対象とした治療において、最大の効果を発揮すると考えられる。

最終的には、適切な光源を送達させることで、このドリルを使って膀胱や肺の感染症を治療できると考えられる。

ACS Nano 13, 14377–14387(2019)

耐性遺伝子は持続的に保持される

薬剤耐性を付与する遺伝子が、細菌の中で存続することはほぼ確実である。ノースカロライナ大学シャーロット校(米国)の生物数学者コルビー・フォードたちは、大腸菌で薬剤耐性遺伝子が出現すると、それらが不要になった場合でもそのゲノム中に存続することを報告した。フォードたちは、この傾向を「遺伝的資本主義」と名付けており、この傾向によって、薬剤耐性菌株を一掃することがさらに難しくなる。

安定化選択と呼ばれる原理によれば、多くの遺伝子は生存のための利益をもたらさなくなると、細菌ゲノムから脱落する。しかし、フォードたちの研究チームは、1884~2018年に塩基配列解読された大腸菌2万9000株以上のゲノムを解析することで、薬剤耐性遺伝子は、大腸菌ゲノムから予想されるほど脱落していなかったと結論付けた。フォードたちは、20世紀半ば頃に抗菌薬の使用が広まると、大腸菌は生き残るために薬剤耐性遺伝子をゲノム内に蓄えなければならなかったのだろうと述べている。

ゲノムから失われた一部の耐性遺伝子は、細菌細胞から抗菌薬を物理的に押し出す過程をコードするものなど、高レベルのエネルギー消費を必要とするものであった。従って、この研究から、「抗菌薬サイクリング」として知られる戦略(薬剤耐性を減弱させるために、特定の抗菌薬を長期間使用せず、その後徐々に再導入するというもの)は、細菌が耐性を発揮するのに大きなエネルギーを必要とする、テトラサイクリン系抗菌薬などに対してより効果的である可能性が示唆された。

Cladistics https://doi.org/d9qt(2020)

肉の消費が薬剤耐性を促進

スイス連邦工科大学(ETH)チューリヒ校の疫学者トーマス・ヴァン・ベッケルたちによると、低所得国が豊かになるにつれて、乳製品や肉製品の消費が増加しているという。このため、農畜産業では、抗菌薬の使用量が増え、薬剤耐性菌の出現が促進されて、家畜に対する抗菌薬の効果が低下している。

2000年以降、肉の消費量が、南米では40%以上、アフリカとアジアでは60%以上急増している。ベッケルたちは、変化の規模がこのように大きいのであれば、肉の消費量増加が既存の抗菌薬に対する細菌の耐性にどのような影響を及ぼしているか検討したいと考えた。彼らは、動物の薬剤耐性の保有率について記録した、アジア、アフリカ、南米の900以上のデータセットを集め、解析を行った。

その結果、養豚と養鶏では、対象とした病原体の50%以上に耐性を示す薬剤化合物の割合が、2000〜2018年の間にほぼ3倍になったことが分かった。ウシに使用される抗菌薬に対する耐性も、それほど急激ではないが増加していた。最も高い耐性率が見られたのは、テトラサイクリン系、スルホンアミド系、ペニシリン系など、家畜に最も一般的に使用されている抗菌薬であった。

ベッケルたちは、薬剤耐性のホットスポットとして、エジプト、インド北東部、メキシコ中部などが挙げられるとしている。彼らは、リスクの高い国の畜産業が、薬剤耐性の監視を強化し、抗菌薬の使用量を減らして、抗菌薬の有効性の維持に努めるべきだと提言している。家畜が動き回るスペースを増やして、ストレスを軽減する持続可能な農畜産業の実践もまた、農畜産業における薬剤耐性の抑制に役立つ可能性がある。

Science 365、eaaw1944(2020)

病院で耐性菌をマッピング

病院は、薬剤耐性菌によるヒト感染症が多く生じる重要な場所の1つと考えられるようになってきた。この問題をよく理解するために、シンガポールゲノム研究所のシステム生物学者カーン・レイ・チンたちは、シンガポールのある病院で見つかった細菌における薬剤耐性遺伝子について、初めての包括的な地図を作製した。チンたちは、世界中の医療施設が耐性菌集団を監視・制御するために、同様の地図を作製することを期待している。

チンたちは、隔離室、ベッドレール、シンクの取っ手、パルスオキシメーターのような臨床機器など、病院内のさまざまな場所で微生物試料を採取した。彼らは次に、それぞれの場所の微生物群集のゲノム塩基配列解読を行い、どのような種類の細菌が存在しているかを正確に明らかにした。

完成した遺伝子地図から、抗菌薬に耐性を持つ細菌が最も多く存在する場所が明らかになった。例えば研究チームは、一般的な抗菌薬であるバンコマイシンに耐性を持つ細菌の遺伝子が見られるのは、ベッドレールとベッド横のキャビネットにのみであること、また、テトラサイクリンの耐性遺伝子が見られるのは、シンクのエアレーターのみであることを示している。このような知見は、洗浄・清掃と予防のためのプロトコルを、病院の感染リスクが最も高い場所を焦点を合わせて調整するのに役立つ可能性がある。

大量の遺伝子塩基配列解読がこれまで以上に安価になっていることから、研究チームは、他の病院でも独自に現場で薬剤耐性菌の調査を実施するよう促している。個々の医療施設で実際に得られた詳細な遺伝子地図は、耐性菌が存在する場所から耐性菌を一掃して、新しい細菌が定着するを防ぐための取り組みに役立つと考えられる。

Nature Med. 26, 941–951 (2020)

原文:Nature (2020-10-21) | doi: 10.1038/d41586-020-02887-0 | Research round-up: Antimicrobial resistance


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