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質量分析計で鏡像異性体を分離する

互いに鏡像の関係にあって重ね合わせることのできない鏡像異性体(エナンチオマー)は、その立体配置に基づいてそれぞれ「R体」「S体」と呼ばれる。 Credit: DariaRen/iStock/Getty

化学をはじめ、多様な分野で広く使用されている質量分析計を用いて、キラル分子を区別・分離できることが実証された。キラル分子とは、同一原子で構成されるものの、右手と左手のように立体構造が互いに鏡像の関係にあって重ね合わせることのできない分子のことで、これらは鏡像異性体(エナンチオマー)と呼ばれる。

Science 2024年2月9日号1で報告された今回の手法は、将来的には創薬で応用が見いだされる可能性がある。鏡像異性体間では特性が大きく異なることが多く、それらの分離は創薬において極めて重要だからだ。しかし現在のところ、鏡像異性体の分離には特殊な装置や分子によって異なるプロトコルが必要で、手間と時間を要することが多い。

イオンにして分ける

今回、清華大学(中国・北京)のZheng Ouyangが率いる研究チームは、2つのリニアイオントラップを縦方向に連結配置した、小型のイオントラップ型質量分析計を用いて、ビナフチルトリフラートと呼ばれるプロペラ形のキラル分子の鏡像異性体をうまく分離することに成功した。

Ouyangらはまず、鏡像異性体の混合物を気化・イオン化してイオントラップ内に導入し、次に、交流電流の印加によりこれらのイオンを励起して、方向性のある回転を誘起した。こうした回転によって対称性が破れ、各鏡像異性体はわずかに異なる挙動を示すようになる。

「背景ガス分子と衝突する際、異なる型の鏡像異性体は異なる作用を受けるため、区別が可能になるのです」とOuyangは説明する。これらの異性体イオンはその後、イオントラップの反対側から1個ずつ排出され、検出器によって別々に検出される。この装置では、鏡像異性体混合物中の各異性体の割合も決定できる。

「反応の粗生成物をごく少量採取して質量分析計に送り込めば、1分以内に分子構造の確認だけでなく鏡像異性体の割合も得ることができます」とOuyangは言う。スケールアップできれば、この方法で純粋な鏡像異性体試料を大量に得ることも可能になるだろうと彼は付け加える。

マンチェスター大学(英国)の質量分析法の使用と開発に特化した共同研究拠点MBCCMSのディレクターを務めるPerdita Barranは、「この研究がとても気に入りました」と語る。鏡像異性体を単純に分ける能力が長く探し求められてきたからだと、彼女は言う。「頼れる鏡像異性体分離方法というのは、創薬や薬剤設計では重要なのです」。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2024.240511

原文

Mirror-image molecules separated using workhorse of chemistry
  • Nature (2024-02-08) | DOI: 10.1038/d41586-024-00384-2
  • Katharine Sanderson

参考文献

  1. Zhou, X. et al. Science 383, 612–618 (2024).