Press Release

細胞移動:化学物質検出器か極性か?

Nature Medicine 8, 2 doi: 10.1038/nrm2111

細胞は、誘引物質の勾配として与えられる空間的情報を、どのようにして方向性をもった細胞運動に変換するのだろうか。Nature Cell Biology誌に掲載された2本の論文で、走化性因子の濃度の高い方へ移動中の一次好中球の最先端にホスファチジルイノシトール3,4,5-トリリン酸(PtdIns(3,4,5)P3)が集まってくることが明らかされ、この化合物が走化性において重要な役割をもつことが確認された。

走化性は、発生あるいは腫瘍転移のような病的条件で重要な細胞過程である。この過程には、アクチン再編成、細胞形態の変化や極性の発達などの複雑な一連の現象が関連しており、これらによって細胞は誘引物質の濃度の高い方向に向かって移動するようになる。キイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)を使って行われた以前の研究で、タンパク質であるホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)が細胞の前側(進行方向側)の細胞膜に動員された結果、脂質である第二メッセンジャーのPtdIns(3,4,5)P3が前側で局所的に生産されるようになることが明らかにされている。これとは対照的に、PTEN(phosphatase and tensin homologue)は細胞の後面と側面に動員され、そこでPtdIns(3,4,5)P3が脱リン酸化される。

Nishioら、およびFergusonらはこうした研究をさらに進めて、一次好中球中でのホスホイノシチドの分布動態を調べた。2つのグループは共に、AKT/プロテインキナーゼB(PKB)のプレクストリン・ホモロジー(PH)ドメインを緑色蛍光タンパク質(GFP)と融合させた構築体を発現するトランスジェニックマウス由来の好中球を使って実験を行った。この構築体は、PtdIns(3,4,5)P3のバイオプローブとなる。この構築体の発現は走化性を妨げることはなく、発現は好中球の前面に強く局在していた。では、PI3K活性はどのようにして好中球の走化性を調節しているのだろうか。Fergusonらは、PI3Kγ-/-細胞はフィブリノーゲンで覆われた表面上での遊走はできないが、覆いのないガラス上での走化性には異常がないことを見いだした。また、PI3Kγノックアウト株では、誘引物質によって誘発される局所的なアクチン重合の初期段階が正常であるにもかかわらず、こうした極性が長時間にわたって保たれる細胞の割合は減っていることがわかった。Nishioらはアルブミンで覆われた表面を使って、PI3Kγ-/-マウス由来の好中球の移動速度は野生型好中球のほぼ半分であることを報告している。Nishioらはまた、PTEN喪失が好中球の走化性を妨げないことも見いだした。

では、PTENがこの過程にかかわっていないならば、どのホスファターゼがPtdIns(3,4,5)P3の脱リン酸化を調節しているのだろうか。5-ホスファターゼであるSHIP1(SH2-domain-containing inositol 5-phosphatase-1)の喪失は、好中球の運動性を大きく阻害する。Ship1-/-好中球は形が平たくて極性がみられず、PtdIns(3,4,5)P3濃度の上昇が起こっていた。誘引物質の勾配中におかれたShip1-/-好中球は特徴的な有極性形態をとることができず、遊走速度は増大することなく、むしろ低下した。

まとめると、これら2つの研究はモデル系から得られた結果を実証し、PtdIns(3,4,5)P3が細胞の運動性に影響することを示している。これらの知見はPtdIns(3,4,5)P3の重要な機能をはっきりさせているが、この第二メッセンジャーが欠損している場合でも、あるいは過剰な場合でも、細胞が依然として誘引物質の方向へと移動できることも明らかである。Fergusonらは、PtdIns(3,4,5)P3が好中球の「コンパス」の主要な構成成分ではないと結論しているが、NishioらはPI3KとSHIP1が協同的に働いてPtdIns(3,4,5)P3を将来移動の先導端となる部分に閉じ込めるというモデルを提案している。彼らはPtdIns(3,4,5)P3が、完全な極性の成立と運動性に必要な先端の膜状突出部分の形成を促進するが、運動の方向性を決めることはないと考えている。

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