Editorial

マイクロバイオームと多様性

Nature Medicine 25, 6 doi: 10.1038/s41591-019-0494-3

 2008年、米国立衛生研究所(NIH)はヒトのマイクロバイオームの包括的特性付けに加えて、ヒトの健康と疾患におけるマイクロバイオームの役割の解析を可能にするための基本的情報を得る目的で、ヒトマイクロバイオームプロジェクト(Human Microbiome Project;HMP)を発足させた。第1段階のプロジェクトは2012年に終了し、塩基配列解読技術の迅速な進歩によって、健康な人の体の各部位と関連付けられた微生物ゲノムの多様性の参照データセットが作成された。また、ヒトの健康と病気へのマイクロバイオームの影響の解明には、腸内や皮膚に存在する微生物のゲノムの高レベルカタログの作成が必要なことが明らかになるなど、この新しい研究分野における重要なターニングポイントとなる成果が得られた。さらに、宿主と微生物の相互作用のもっと包括的な研究の必要性も示され、これはHMPの第2段階(integrative Human Microbiome Project: iHMP)の研究目標となって、その主な成果はNatureNature Medicineにすでに発表されている。第2段階では、ヒトでよく見られる健康状態でマイクロバイオームが影響を与えることが知られているもの、つまり妊娠、早産、炎症性大腸炎や前糖尿病に関連するストレッサーなどが調べられた。それぞれのコホートから得られたマルチオミクスデータは、将来の研究のためにすでに広く利用可能となっている。

 こうしてマイクロバイオームのヒトの健康と病気への深い関わりが明らかになるにつれて、この知識は、疾患の診断、予防や治療の進歩へ応用できるのではないかという期待が大きくなってきた。しかし、Clostridium difficile感染患者への糞便移植のような微生物を用いる治療で成功したものもあるが、現在のところマイクロバイオームを臨床で治療に用いるという考えは実現に至っていない。iHMPの一環として行われたPregnancy Initiativeでは、アフリカ系祖先を持つ女性とそれ以外の女性で妊娠中のマイクロバイオームの変動に差異があり、さらに社会経済学的プロファイルによっても違いが見られることが示された。マイクロバイオームを基盤とする治療法の開発などの際には、こうした遺伝的祖先や社会経済的構造の多様性をも考慮にいれなくてはならないという難問が明らかになったのである。

 HMPが発足した11年前とは対照的に、マイクロバイオーム研究への資金援助は多数の政府機関、慈善団体、業界、官民連携事業など、広範囲にわたっている。この研究の2度目の転換点である今、重要な利害関係者が集まって、マイクロバイオーム研究にヒトの多様性が欠けているという問題に対処するべきだろう。研究者たちは、過小評価されている集団を研究に組み込み、研究に参加することの価値をよく分かってもらうための方法を見いだす責任がある。研究資金を提供する側は、過小評価されている集団のマイクロバイオームに関する研究をもっと支援し、また研究費の供与に当たってこのような集団での結果を算入する基準を特定するなどの方法によって、多様性を増す研究を援助できるだろう。一方、ジャーナルの編集者は多様性に見られるさまざまなギャップについて取り組んだ研究の投稿を奨励し、透明性が確保され責任あるデータ共有が行われるようにすることができる。マイクロバイオーム研究が現実世界へ影響を及ぼせるようになるには、全てのヒトのマイクロバイオームの解明とコラボレーションが必要なのだ。

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