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Nature Video活用事例

身近な遊びを科学技術に応用する

Paper and string: the DIY centrifuge

A centrifuge is a vital piece of kit for hospitals and labs across the world. But what if you could make one out of paper and string? The so-called ‘paperfuge’ is the cheapest and fastest hand-spun centrifuge ever designed — and it can reach speeds of up to 125,000 revolutions per minute. Nature Video reveals how this invention will allow basic diagnostic tests in areas without laboratory resources or electricity. The paper has been published in Nature Biomedical Engineering. Read it here.

その他の Nature Video

世界の保健医療の現状

日本のような先進国であれば、私たちが病気になった時、かかりつけの医院にも 必要な診断検査キットが用意されており、迅速な治療を受けられる。さらに専門的な検査が必要であれば、適切な医療機関での検査が行われ、診断・治療が進む。しかし、このような迅速な医療体制は先進国での話だ。国際連合の資料によると、2015 年の世界の人口は先進国で約12億人、開発途上国で約 60 億人となっており、圧倒的多数の人々は私たちが「当たり前」と思っている医療は受けられない。

これは、先進国で使用されている検査機器が開発途上国では十分に活用できないことが一因だ。多くの検査機器は電源が必要だが、開発途上国では電力を十分 に確保できないところもある。必要な検査を手軽に提供できれば、保健医療の向上につなげることができる。そのような願いを実現するために、科学者はさまざまな工夫を凝らした機器を開発している。

その機器の一つに、遠心分離機がある。遠心分離機は遠心力を発生させ、 密度の異なる溶け合わない液体を分離させる装置で、大学の生物学実験でタンパク質を分離・精製する過程で使われるなど、実験室ではよく見かけるものだ。高速で回転させることができれば、より短い時間で効率よく分離させることができる。医療現場では血液検査などに広く使われ、血液を血漿成分と血球成分に分離して各種の検査を行うものだ。

マラリアの診断にぶんぶんゴマを応用

現在も熱帯から亜熱帯にかけて流行しているマラリアは、診断が遅れると危険 な状態になる。診断には遠心分離機で血液サンプルから血漿を分離し、さらにマラリア原虫を分離して検査を行う。しかし、世界中で高速な遠心分離機を使えるとは限らない。

誰もが遊んだであろう「ぶんぶんゴマ」を遠心分離機に応用すれば、電力を使わずに血液を分離できるかもしれない、とスタンフォード大学の研究者は考えた。 ぶんぶんゴマはボタンや円形の厚紙に凧糸などを通し、何回か円盤部分を回転させた後、両手でひもを引いたり緩めたりして円盤部分を回転させて遊ぶものだ。回転させると風を切る音が聞こえることから、このような名前が付いているらしい。ぶんぶんゴマの回転速度は、市販されている遠心分離機(毎分 10,000 回転ほど)に匹敵するとか。

研究者はぶんぶんゴマの原理を応用した、手動の遠心分離機の改良を進め、毎分 125,000 回という高速に回転する装置をつくり上げた。見かけはぶんぶんゴマそのもの。これを90 秒間回転させれば、血球成分と血漿成分を分離でき、さらに時間をかけて回転させればマラリアの検査に必要な血液サンプルを処理することができる。「ペーパーフュージ(paperfuge)」と名付けられたこの装置は紙と釣り糸、そして木で作られ、 わずか 20 セント(25 円)しかかからない。プラスチック製にして大量生産することもできる。この装置の有効性を確認するため、マダガスカルで行われた検証では、資金や電力のない地域でもこのような機器がすぐに利用でき、医学的な検査に有効となる可能性が示された。

現代医学の検査機器には先進的な技術が活用され、病気の診断に力を発揮している一方で、機器導入のための経費が高くなり、世界中で活用されるという点では課題も多い。医学の分野に限らず、さまざまな分野の科学の研究でも、日常的に見かける簡単な道具や遊びの中に、成果を大きく広める鍵が眠っているのかもしれない。

学生との議論

Credit: Lisa-Blue/E+/Getty

日常的な遊びが、科学技術に結びつけられたものにどのような事例があるのか、学生たちには興味があるようだ。

例えば、日本伝統の遊びの一つ「折り紙」は一枚の紙から、さまざまな立体的な構造体を作り出すことができる。これに発想を得て、一枚のシートからさまざまな形状の「ハニカムコア(蜂の巣状)構造」を作ることに日本の研究者が成功している。紙やアルミシートなどを蜂の巣状にして組み上げ、これを板状にして使用する素材は軽量かつ高強度で、航空機や人工衛星などに利用されている。ダンボールで作られたものもあり、いろいろな用途に広く普及しているので見かけたこともあるだろう。

これまで、このハニカムコア構造の素材は平板的にしか作ることができず、立体的な形のものを作ることはできなかった。折り紙に着想を得た方法では、波形などさまざまな形をしたハニカムコア構造の素材を作ることを可能にした。このような手法が開発されたことで、より軽く丈夫な素材をいろいろな製品に応用できる可能性が広がった。

折り紙は、宇宙空間で人工衛星のソーラーパネルや大型アンテナを短時間に、しかも簡単に広げることができる「ミウラ折り」という技術に応用されたりもしている。

学生からのコメント

ぶんぶんゴマという子どもにとって身近なおもちゃが、命を救う医療に役立つ道具へと活用される事実を衝撃的に感じた。私たちを取り巻く科学や医療は劇的に進歩を遂げ、豊かな生活を送ることができる。その進歩のヒントが身近なものにあることを改めて知ることができた。(田中 海斗)

「複数の視点でものを見る」ことの大切さを知った。ふつう、何かのプロフェッショナルになるには、その分野だけを極めるように思う。この記事から、異分野の体験をさらに別の分野に生かすことが成功に繋がることを実感した。いろいろな分野を経験することは大切なのだ!(相場 竣介)

Nature ダイジェスト で詳しく読む

「ぶんぶんゴマ」が遠心分離機に
  • Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2017.170304

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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Nature ダイジェストISSN 2424-0702 (online) ISSN 2189-7778 (print)