都市生活が精神疾患を誘発する?
ヒト社会の様相は劇的に変化している。都会に住む人の割合は、1950年には世界人口の約30%でしかなかったが、今日では50%以上になり、そして2050年までにはおよそ70%にまで上昇すると考えられている1(図1)。社会から隔離されると弊害が伴うことがよく知られているが2、その逆の「人口過密」にも弊害が伴うようである。個体密度が高くなりすぎると、昆虫から齧歯類3だけでなく、ヒト4を含む霊長類でも、ストレスが生じて病気が引き起こされることがある。さらに、例えば都市に住む人ではうつ病や不安障害のリスクが上昇しており、統合失調症の罹患率も、都市で生まれ育った人では非常に高い5ことがわかっている。そうした理由から、ヒトの精神疾患は都会環境と関連があると考えられていたものの、神経系における過程との関連は明らかにされていなかった。今回、Lederbogenら6は、都会生活によって影響を受けるヒトの特定の脳領域について、機能的磁気共鳴画像法を用いて初めて調査し、Nature 2011年6月23日号の498ページで報告した。
この研究の参加者は、農村地域から都市までの「人口の異なる地域」に「住んでいる」、あるいは「住んでいた」人たちである(図2)。Lederbogenらは、参加者に社会的ストレスを感じる試験(制限時間があるなかで難しい計算問題を解くだけでなく、自分の成績についてよくない結果を聞かされる)を受けさせている間、彼らの脳のどの領域が活動しているのかを測定した。その結果、参加者の心拍や血圧、唾液中のコルチゾール(ストレス関連ホルモン)濃度の上昇が見られただけでなく、感情やストレスに関与することが知られている脳領域においては、有意な活動亢進も引き起こされていた。
特に興味深いのは、「扁桃体」と「膝周囲部前帯状皮質(pACC)」の2つの脳領域の活動に亢進が見られたことである。扁桃体の活動の亢進は、現在住んでいる都市の大きさと相関しており、また、pACCの活動の亢進は、小児期に大きな都市に住んでいた期間の長さと相関していたのである。さらに、扁桃体とpACCとの間の機能的結合(ニューロン間で情報伝達をしあっている状態)の強さには「都会で育ったこと」が影響しており、大きな都市で育った期間が長いほど、これらの2つの脳領域間で機能的結合の低下が見られた。
すでに、似たような扁桃体−pACC間の機能的結合の低下が、精神疾患の遺伝学的なリスクと関連しているという報告がある7。また最近では、扁桃体は、交友関係の広さ8や、パーソナル・スペース(心理的な縄張り)を侵害されたと感じること9に関連があると言われている。これらを考え合わせると、今回のLederbogenらの知見は、帯状皮質−扁桃体の回路が、精神障害の遺伝学的リスクと環境リスクの両方が収束する部位の1つかもしれないことを示唆している。
現実の社会を研究する場合、関与する要因は非常に多く、また複雑であるため、都会生活の影響を示す結果が本当に信頼できるものであるのか、また、解釈が間違っていないかどうかを慎重に吟味しなければならない。そこで、Lederbogenら6はまず、結果の信頼性を確認するために、さらに2件の独立したストレス誘発試験を行った。その結果、参加者にストレスなく課題を行わせた場合の脳活動には、都会生活の影響が全く見られないことがわかった。
次に、解釈が間違っていないことを確認するため、ほかの要素(つまり、都会生活に関連するが、原因とは無関係の因子)の影響を受けていないことを検証する必要がある。しかし、こうした要素が非常にたくさん存在することを考えると、この検証は難しい。そこで、彼らはいくつかの可能性を調査するため、健康状態、心的状態、パーソナリティ、それまで受けてきた社会的支援の量、さらに参加者の年齢、教育、収入、結婚歴や家族状況についても検討した。そして、こうした要素のすべてが、今回得られた結果を有意に変化させることがないことを確認したのである。こうして、「都市環境に居住し、社会的なストレス要因にさらされると、機構は不明であるが、脳の応答が変化することが示唆される」と言えたのだ。
Lederbogenらの研究は、純粋な相関研究である。そこで、次の段階としては、大規模な縦断研究を行い、より多くの変数となる要素について測定することが求められる。都市生活をより詳細に個別化し、脳の活動と関連する要因を追跡することが必要、というわけだ。例えば、人口密度、家のタイプや広さ、あるいは社会的地位や見知らぬ人と遭遇する頻度なども、調査する必要があるのかもしれない。
ニューヨーク市のような大都会の生活を満喫する人もいれば、自ら望んで都市から無人島に移り住む人もいる。このように、どのような生活を好むのか、また、都市で快適に過ごせるかどうかは、人それぞれで異なるようだ。心理学の研究10によると、こうした多様性は、日常生活において自身で物事をコントロールできていると感じる「統制感の高さの程度」が重要な要因になっているという。ここから容易に想像できるのは、社会的な脅威、自己管理の欠如、劣等感といったものが、都市生活ではストレス作用を仲介する候補要因となる可能性だ。おそらく個人差の多くは、こうした「ストレスを仲介する要因」によって説明可能であろう。
今回の結果は、都市生活のよくない面ばかりを強調するものであったが、都市生活が常に悪いというわけではない。例えば、都市生活と自殺との複雑な関係について研究が行われ、多くの国では、都市よりも農村地方のほうが自殺率が高いことが示されている11。この研究結果についてはいろいろな解釈が考えられるが、都市のほうが経済活動が盛んであることや、刺激的で相互に影響を受けあう社会環境であること、また大規模な社会的支援ネットワークがあることや医療機関が身近にあることが関係しているのかもしれない。
世界人口は今秋には70億人に到達すると推定されており、都市に住む人の数は今後もますます増えることだろう。今回の研究成果は、ヒトの精神面における健康に対して、都市の生活環境が及ぼす影響の大きさを理解することがどれだけ重要であるかを示した。今後、Lederbogenらの研究6を補完する研究が行われ、都市生活の影響についてより詳細に調べられれば、よりよい都市計画や都市構造の設計に生かすことができるかもしれない。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2011.110924
原文
Stress and the city- Nature (2011-06-23) | DOI: 10.1038/474452a
- Daniel P. Kennedy & Ralph Adolphs
- Daniel P. KennedyおよびRalph Adolphsはともにカリフォルニア工科大学(米国)。
参考文献
- http://esa.un.org/unpd/wup
- Harlow, H. F., Dodsworth, R. O. & Harlow, M. K. Proc. Natl Acad. Sci. USA 54, 90–97 (1965).
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- Lederbogen, F. et al. Nature 474, 498–501 (2011).
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