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農業の始まりは粘菌から

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2011.110406

原文:Nature (2011-01-19) | doi: 10.1038/news.2011.27 | Slime moulds prosper on the microfarm

Geoff Marsh

土壌に生息する細胞性粘菌は、食物を節約して「種」とし、別の場所に「まく」という「農業」を行っている。

社会性アメーバとも呼ばれる細胞性粘菌の中には、細菌という「農作物」の一部を次の栽培に利用する、事実上の農業経営を行っているものがいるという論文が、Nature 2011年1月20日号に発表された1

細胞性粘菌は、食物が豊富なときにはアメーバ状の単細胞生物の形で生きているが、食物が減ってくると、数万個の細胞の集団となって、多細胞生物のような「移動体」を形成して別の場所へ移動する。ライス大学(米国テキサス州ヒューストン)のDebra Brockらによれば、土壌中に生息するキイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)という種の一部は、食物源の細菌を管理して農業を行っているという。この粘菌は細菌を大事に取っておいて持ち運び、移動先で種のようにまく。こうした「細菌の栽培」は、真菌類を栽培するアリなど、ほかの社会性動物の行動に似ている。ただし、積極的に作物に栄養分を与え守り育てるアリと比較すると、粘菌の農業は相対的に原始的であり、新しい農地で積極的な栽培はしない。

胞子と細菌を内部に持つキイロタマホコリカビの子実体。 | 拡大する

Owen Gilbert

これまで粘菌は、単に細菌を捕食し、細菌の数が減り栄養状態が悪くなると、多細胞の移動体を形成して新しい餌場へ移動する、と考えられていた。Brockは、こうした誤った知識は、野生のキイロタマホコリカビを対象とする研究室がきわめて少ないためだと考えている。「多くの研究室で使用されているクローンは、1930年代に発見され、優れた実験用モデル生物として開発されたものです。その特別なクローンが栽培を行わないものだったというだけのことなのです」。

研究チームは、野生クローン35種類(この種に属する遺伝的には同一のもの)のサンプルを集め、その約3分の1が、移動体から形成された子実体中の胞子のそばに、細菌を保持しているらしいことを発見した。これら内部の細菌は実験室内で増殖することができ、粘菌に集団で移動するように刺激を与えた後でさえも増殖可能であった。Brockらは、細菌を持つクローンを「ファーマー」と呼ぶことにした。

種用の作物を持ち運ぶ

食物が存在している場合、ファーマーは、栽培を行わない非ファーマーのキイロタマホコリカビに比べて早々に食べることをやめ、食物の一部を取っておいて多細胞体で移動するとき携行する。もし移動先に食べられる細菌が十分存在していなくても、ファーマーは、取っておいた細菌をまき、増殖した新しい細菌を収穫して生きていくことができる。

さまざまな種類の細菌が存在する天然の土壌中でも、ファーマーはこの農業技術により恵みを受けると考えられる。人間がさまざまな植物が自生している土地に作物の種をまくように、ファーマーは自分好みの細菌を持って行ってまくことができるのだ。

しかし、栽培には代償が伴う。食物が豊富なときにファーマーと非ファーマーの増殖を比較すると、ファーマーの子孫のほうが少ないことがわかった。おそらく、細菌の一部を食べずに携行用として確保するために、子孫を生み出す能力が削がれているのだろう。この性質は、豊かなときには生物として不利になるのだ。

さらに、非ファーマーと比べて移動距離が短いこともわかった。しかしこれは、単に食物源を携行していれば食物を探して遠くまで移動する必要がないためであって、障害ではないのかもしれない。ニューヨーク大学(米国)の生物学者Michael Puruggananは、細菌の栽培によりキイロタマホコリカビの定住化傾向が強まることについて、人間の農業社会と興味深い類似性があると考えている。「細菌の栽培が可能となったことで、移動の必要がなくなったのではないでしょうか。これは、農業が始まったときに人間社会に起こった現象と重なります」とPuruggananは話す。

その一方で、「キイロタマホコリカビが新しい場所で細菌の増殖を待てるのかをはっきりさせることは、興味深い課題です。ごく短い時間しか待てないならば、真の栽培というよりも、ただお弁当を持って移動しただけ、と考えたほうがよいでしょう」とも語る。「農家なら種は食べません。作物が育つのを待つのです」。

(翻訳:小林盛方)

参考文献

  1. Brock, D. A., Douglas, T. E., Queller, D. C. & Strassmann, J. E. Nature 469, 393-396 (2011).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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