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喫煙でスリムになるわけ

禁煙すると体重があっという間に増え1、4~5kg、多い人では10kg以上増加することがある。禁煙を試みた人なら誰でも、このような経験があるのではないだろうか。この10年、喫煙率は、全体的に見て減少傾向にある2。しかし、スリムな体型が求められる俳優やモデルのような職業で喫煙がいまだに広く見られるのは、こうした理由を考えると意外なことではない。実際、多くの喫煙者の禁煙を阻む大きな障害の1つは、「禁煙すると体重が増えるかもしれない」という不安である。彼らは禁煙したいと思ってはいるものの、その一方で、太って醜くなるのを恐れていたり、喫煙よりも体重増加のほうが危険だと勘違いしていたり3するのだ。こうした喫煙と体型との関係は、経験的には知られているものの、実は、中枢神経系での機序についてはほとんどわかっていないのである。今回Yann S. Mineurらは、マウス実験ではあるが、ニコチンの脳内分子標的、つまり、ニコチンが食欲抑制作用を及ぼすのに標的となる分子を突き止め、2011年6月10日号のScienceで報告した4。この研究成果は、喫煙という手段を使わずに「健康的な方法」によって体型を維持できるという、夢の実現につながるかもしれない。

食欲の制御や体重調節に働く脳内回路の解明は、この15年で急速に進んだ。なかでも最も注目される成果の1つは、脳内のメラノコルチン(MC)系が体重制御機構に対する重要な調節因子であると示唆されたことだ5。MC系は、体の末梢組織では体毛や皮膚の色といった特徴の調節にかかわっている。しかし、ヒトや動物の遺伝解析や薬理学データから、脳内のMC4受容体(MC受容体の数種類ある型のうちの1つ)を活性化すると、摂食量が減って体重が減少していくことが明らかになった5。逆に、このMC4受容体の活性を低下させる操作を行うと、摂食量の増加と体重増加が見られるという5

図1:脳内でのニコチンの食欲抑制作用
Mineurら4は、吸入したニコチンが、視床下部の弓状核にあるPOMCニューロン上に局在するα3β4ニコチン性アセチルコリン受容体に作用することを明らかにした。POMCニューロンは、MC4受容体を活性化する数種類の作動物質(アゴニスト分子)の前駆体を産生する。一方、同じ脳領域にあるAgRPニューロンは、MC4受容体の拮抗物質(アンタゴニスト分子)を産生する。産生されたこれらの内在性分子は、摂食調節にかかわる二次ニューロン上にあるMC4受容体の活性を調節する。MC4受容体が活性化されると食欲が低下し、体重増加が抑えられる。

このMC4受容体の活性の調節には、2種類のニューロン群がかかわっており、これらは複雑な相互作用をしている。この2種類のニューロンは、脳の視床下部にある弓状核と呼ばれる小さい領域に、入り交じって存在している。一方のニューロン群(POMC)は、MC4受容体を活性化させる数種類の分子の前駆体を合成し、もう一方のニューロン群(AgRP)は、MC4受容体に対する内在性アンタゴニスト(拮抗物質)を合成して、活性化分子が受容体に作用するのを可逆的に阻害している(図1)。ところで、摂取カロリーを制限して体重を減らすと、POMCニューロンの活動が低下し、AgRPニューロンの活動が上昇するため、MC4受容体の活性は低下する。食事制限による減量でリバウンドしやすいのは、そういったわけである5

Mineurら4は、MC4受容体が活性化すると摂食量が減ることから、ニコチンがPOMCニューロンを直接活性化するのではないかと考え、検証を行った。その結果、POMCニューロンにα3β4ニコチン性アセチルコリン受容体と呼ばれる受容体が局在していることを発見し、実際に、ニコチンがその受容体を介してPOMCニューロンに働きかけることで強い食欲抑制作用を引き起こしていることを明らかにした。具体的には、ニコチンを用いてα3β4受容体を活性化したところ、POMCニューロンの発火(電気的な興奮)が増大し、MC4受容体が活性化されたのである。また、これら2種類のニューロンを欠損したマウスではニコチンによる食欲抑制作用が見られないことから、ニコチンは、これらのニューロンを介して食欲抑制作用を引き起こしていると考えられるのだ。

Mineurらの研究データは、別の研究6によっても裏付けられた。その研究によれば、ニコチンは、POMCニューロンの活動を上昇させるだけでなく、POMCニューロンとほかのニューロンとのシナプス連絡を増強しているという。これら2つの研究結果から、ニコチンは脳のMC系を介してその強力な食欲抑制作用を発揮しており、禁煙に伴う体重増加はMC4受容体の活性低下によるという説が強く確証されたのである。

今回の知見4には大きな意味が2つある。第一に、脳のMC系が、MC4受容体を介して体重調節における中心的役割を果たしていることを、一歩踏み込んで確認したことだ。食物摂食に影響を与えるものには、肥満症治療の外科的手術のようなものもあるし、高脂肪食のようにレプチンやグレリン、PYYなどの内在性末梢ホルモンのバランスを崩してしまうものもある。最近では、こうしたさまざまな事物による影響は、脳内のこのMC系が変化することで生じると考えられている。また、これまで食欲操作法で成功したものの中には、MC系を介して効果を発揮するとみられるものがいくつかあったが、ニコチンも、このMC系を介して食欲抑制作用を引き起こす仲間であることを、彼らは示したわけである。

第二に、今回の研究結果は、MC系を活性化して体重を低下させる新たな方法についても可能性を示唆するものであり、この点が特に重要と言えよう。肥満は、先進諸国で最大の未解決な医療課題である。米国では、この疾患の治療薬になるような新薬は、1999年以降承認されていない。当然のことながら、喫煙は、肥満を回避するための方法として決して理想的とは言えない。

しかし、ニコチンの食欲抑制作用を介在するPOMCニューロン上の特異的受容体を標的にすれば、肥満者の体重を安全かつ持続的に低下させることができるかもしれないのだ。というのも、MC4受容体のほうを標的として直接作用する薬剤は、減量薬としては効果的なのだが、心拍数や血圧を上昇させる危険な副作用があることがわかっている7。しかし、POMCニューロンを活性化して内在性のMC4受容体活性化因子の放出を促進させ、またMC4受容体の個々の集団を標的にできるようになれば、減量のための魅力ある新薬につながるかもしれない。

翻訳:船田晶子

Nature ダイジェスト Vol. 8 No. 10

DOI: 10.1038/ndigest.2011.111036

原文

Weight loss through smoking
  • Nature (2011-07-14) | DOI: 10.1038/475176a
  • Randy J. Seeley & Darleen A. Sandoval
  • Randy J. SeeleyおよびDarleen A. Sandoval、シンシナティ大学代謝疾患研究所(米国)。

参考文献

  1. Chiolero, A., Faeh, D., Paccaud, F. & Cornuz, J. Am. J. Clin. Nutr. 87, 801–809 (2008).
  2. www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5935a3.htm
  3. Williamson, D. F. et al. N. Engl. J. Med. 324, 739–745 (1991).
  4. Mineur, Y. S. et al. Science 332, 1330–1332 (2011).
  5. Schwartz, M. W. et al. Nature 404, 661–671 (2000).
  6. Huang, H., Xu, Y. & van den Pol, A. J. Neurophysiol. doi:10.1152/jn.00740.2010 (2011).
  7. Greenfield, J. R. et al. N. Engl. J. Med. 360, 44–52 (2009).