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幅広い特異性を持つ抗毒素による治療法開発に前進

図1 アスプコブラ(Naja haje)。エジプトコブラと呼ばれることもある。 Credit: Kartik Sunagar/Indian Institute of Science

サハラ以南のアフリカでは、ヘビによる咬傷(こうしょう)が深刻な問題となっており、死傷者が出るのを防ぐために、ヘビ毒に対するより優れた治療法が必要とされている。このほどデンマーク工科大学(コンゲンス・リュンビュー)のShirin AhmadiおよびNick J. Burletら1は、複数のヘビ毒を標的とする治療法を開発したことを、Nature 2025年11月20日号716ページに報告している。

ヘビ咬傷に対する最初の抗毒素は、1890年代にフランスの免疫学者Albert Calmetteによって開発された。彼はコブラ(フードコブラ属〔Naja〕の種)の毒液でウマを免疫感作し、その毒液を標的とする防御抗体を産生させた2。これらの抗体を抽出し、ヘビにかまれた人に投与したことが、抗毒素療法時代の幕開けとなった。抗毒素治療はヘビ咬傷に対する治療の基盤であり、現在でも死亡や長期の障害を減少させている。しかし、19世紀以降、免疫学、分子生物学、バイオ医薬品製造プロセスの分野が進歩しているにもかかわらず、抗毒素の作出法はCalmetteのものからほとんど変わっていない。今でも、地域に多いヘビの毒液でウマやヒツジを免疫感作して抗体を産生させ、そうした抗体を精製した後に、ヘビにかまれた人に注射するのである。

この手法の大きな問題は、種特異性が狭いことである。抗毒素は通常、免疫感作に用いた毒液に対してのみ有効であり、他の種のヘビ毒に対してはほとんど防御効果がない。毒液の組成は種や地域によって大きく異なり、このため、地域特化型の治療用抗毒素が各地で個別に作られ、「パッチワーク」状態となっている。各抗毒素は、限られた種類のヘビにしか効果がなく、製造された地域以外ではほとんど効果がない。この問題に加えて、抗体には製造ロットごとのばらつきがあり(これは、免疫感作された動物ごとに抗体応答が少しずつ異なるためである)、動物由来の抗体を大量に投与される患者では、異種抗体に対する免疫応答によって有害反応が起こるリスクが高い。こうした要因が、この命を救うための治療法の有効性を制限し続けている。

また、毒液の成分についての研究3,4から、この問題が大規模で複雑であることが明らかになっている。ヘビの毒液は、非常に複雑な混合物で、組織の損傷、麻痺、血液凝固の問題を引き起こすタンパク質を数十から数百3,5含んでいる。この多くのタンパク質が毒性に関与するが、臨床症状の大部分は、3本指型神経毒(3FTx)、ホスホリパーゼA2、セリンプロテアーゼ、メタロプロテアーゼという一部の主要なファミリーが担うことを示唆する証拠がある6,7。従って、これらの毒素を中和できれば、ヘビ咬傷による有害効果の多くを防げる可能性がある。しかし、Ahmadiらの研究より前には、この可能性を裏付ける明確な証拠はなかった。

もう1つの大きな問題は、ヘビの毒液に含まれるタンパク質バリアントの多様性だ。つまり、ある毒素バリアントを中和する抗体は、異なる種の同じタイプの毒素を認識できないことが多い。だが幸いにも、毒素の毒性効果を生み出す活性部位(触媒作用や受容体結合に関わるアミノ酸残基)は、種を超えて進化的に高度に保存されていることが多い。こうした部位は小さな変化でも機能が損なわれるからである。従って、これらの保存された領域に結合する抗体は、毒素の活性を中和できるとともに、同一毒素クラスの全ての毒素に対して中和効果を維持し得る。これは通常、交差反応性(抗体が毒素クラス内の複数のバリアントを認識する能力)を制限する高度な配列多様性を克服することを意味する。このように広く標的化できる抗体は、広域中和抗体と呼ばれる。この概念は、最も毒性の強いタンパク質に対抗する広域中和抗体のコレクションを用いて、普遍的なヘビ抗毒素を作り出すことができるという仮説8につながった。

いくつかの研究チームは、抗体が単一の毒素ファミリーに対して広範囲の中和を達成できることを示しており9–12、普遍的な抗毒素に必要な交差反応性が原理的には可能であることが実証されている。Ahmadiらは今回、この概念を拡張し、8種類の広域中和抗体のカクテルが、マウスにおいて複数のクラスおよび種の毒素をまとめて中和できることを明らかにした。この研究で用いられた抗体は、ナノボディとして知られるタイプで、ヒトが産生するより大きな2成分(4ドメイン)抗体ではなく、ラマ(Lama glama)などの動物が産生する小さな単一ドメイン抗体である。つまり、ヒトの抗体は2本の重鎖(1つの可変領域と3つの定常領域)と2本の軽鎖(1つの可変領域と1つの定常領域)で構成されているのに対し、ナノボディは、抗体重鎖の可変領域のみで構成されている。

得られた抗毒素カクテルは、評価対象となった医学的に重要なアフリカの毒ヘビ18種のうち17種の毒素に対して防御効果を示し、この防御効果の対象には、組成も病態形成機構も大きく異なるヘビ毒が含まれていた。例えば、マンバヘビ(マンバ属〔Dendroaspis〕の種)は、ニューロンのシグナル伝達を阻害するデンドロトキシンとα-神経毒と呼ばれる毒素を主成分とする毒液を産生する。しかし、コブラ(図1)とリンカルス(Hemachatus haemachatus)は、膜や組織に損傷を与える細胞毒素やホスホリパーゼ13,14といった他のタイプの毒素を主成分とする。わずか8種類の抗体で、これほど多様な毒液に対する防御効果が得られるというのは、抗毒素設計の可能性を再定義する注目すべき成果である。

サハラ以南アフリカに生息する猛毒ヘビの一種であるブラックマンバ(Dendroaspis polylepis)。 Credit: Mint Images/Mint Images RF/Getty

この驚くべき有効性に加えて、重要な進歩は、これらのナノボディが実験室で合成され、アミノ酸配列が明確に定められていることである。ナノボディは、免疫感作した動物から抽出されたのではなく、in vitroで作り出されている。各ナノボディは、さまざまなヘビ毒液で免疫感作したアルパカ(Vicugna pacos)とラマから単離されたナノボディを、実験室で試験することで見いだされた。

この手法は、標準的な抗毒素が抱える多くの固有の限界を克服する。ナノボディは、細菌、酵母、あるいは菌類の系で安価かつ大規模に産生できるため、免疫感作された動物の飼育群に依存せず、均一な工業的製造が可能になる。各ナノボディの相対的な量は、正確に調整できる上、持続時間(半減期)を延長したり、毒素への結合親和性を向上させたりするよう改変を行うこともできる。また、異物として認識されないヒト化ナノボディを作製することで、望ましくない免疫応答を引き起こすリスクを低減できる。ナノボディは4ドメイン抗体よりも安定で、凍結乾燥も可能なため、冷蔵せずに輸送・保管できる可能性がある。これは、ヘビ咬傷の治療が最も緊急に必要とされている多くの地域において極めて重要な点だ。総合するとこれらの特徴は、より低コストで再現性高く製造でき、入手しやすさも改善した抗毒素をもたらす可能性があり、世界的なニーズに応え得る。

この普遍的な抗毒素は、すぐに臨床試験に移行するだろうか? おそらくそうはならず、少なくともすぐには移行しないだろう。この研究は、普遍的な抗毒素の開発を阻んできたいくつかの障害の解消に大きく貢献したが、臨床使用が可能になるまでには克服すべきハードルが数多くある。まず、規制基準を満たす8成分配合の単一製剤を製造するのは難しい。次に、インフラが限られている遠隔地で抗毒素の臨床試験を計画・実施することは、物流面にとてつもなく大きな課題がある。そしておそらく最も困難な問題は資金調達だ。ヘビ咬傷は主に貧しい農村部の人々が被害を受け、その結果は新興(新たに発生した)疾患や感染症ではないため、標準的な慈善団体あるいは公衆衛生関連の資金配分機関の支援対象にうまく合致することはまれだからである。

まだ多くの課題が残っており、ナノボディの作製は今後も進化し続けるだろうが、今回の研究は、「普遍的な抗毒素の開発が可能かどうか」という問いへの答えを前進させた。これによって重点は、「抗毒素が臨床に投入されて最も必要な人々に届くかどうか」に移ることとなった。そして、もし普遍的な抗毒素が実現すれば、その見返りは永続的なものである。ヘビの毒液は、例えばウイルスのように容易には変異しないので、普遍的な抗毒素がいったん開発されれば、何世紀にもわたって効力を保つ可能性があるのだ。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 23 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2026.260251

原文

Treatment made that is effective against a wide range of snake venoms
  • Nature (2025-11-20) | DOI: 10.1038/d41586-025-03216-z
  • Irene S. Khalek & Joseph G. Jardine
  • 共にスクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)に所属

参考文献

  1. Ahmadi, S. et al. Nature 647, 716–725 (2025).
  2. Hawgood, B. J. Toxicon 37, 1241–1258 (1999).
  3. Oliveira, A. L. et al. Nature Rev. Chem. 6, 451–469 (2022).
  4. Casewell, N. R. et al. Proc. Natl Acad Sci. USA 111, 9205–9210 (2014).
  5. Mackessy, S. P. (ed.) Handbook of Venoms and Toxins of Reptiles 1st edn (CRC Press, 2009).
  6. Bermúdez-Méndez, E. et al. Toxins 10, 452 (2018).
  7. Tasoulis, T. & Isbister, G. K. Toxins 18, 290 (2017).
  8. Menzies, S. K., Patel, R. N. & Ainsworth, S. Expert Opin. Drug Discov. 20, 799–819 (2025).
  9. Sørensen, C. V. et al. Toxicon 234, 107307 (2023).
  10. Ledsgaard, L. et al. Nature Commun. 14, 682 (2023).
  11. Khalek, I. S. et al. Sci. Transl. Med. 16, eadk1867 (2024).
  12. Glanville, J. et al. Cell 188, 3117–3134 (2025).
  13. Tasoulis, T. & Isbister, G. K. Toxins 9, 290 (2017).
  14. Sánchez, A. et al. J. Proteomics 15, 104–117 (2018).