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炭素と炭素、電子1つでの共有結合を実現!

Credit: hepjam/iStock/Getty

–– 今回、炭素の結合を研究対象にされた経緯を伺えますか?

炭素原子間の特異な共有結合について検討し始めたのは、2016年1月に北海道大学の鈴木孝紀(すずき・たかのり)先生の研究室に戻ってきてからになります。私は、2012年に鈴木先生の下で博士号を取得し、その後、ドイツ留学や民間企業での研究を行いましたが、自分自身の可能性を追求したいと思ったことを契機に出身ラボに戻ることにしました。以前より、鈴木研究室では「炭素と炭素の長い共有結合についての研究」が行われていましたが、世界的にはあまり注目されていない状況でした。自分がそれを変えたいと思い、自身の研究テーマの最初の1つとして取り組むことにしたのです。

–– 「炭素と炭素の長い共有結合」とは、どのようなものなのでしょうか?

炭素は、タンパク質をはじめとする有機化合物の必須元素です。通常、炭素と炭素は、それぞれの原子が互いに電子を出し合って電子対を共有します。これが基本的な共有結合(以下、単結合をC–Cと表記)です。どのような炭素化合物であっても、「炭素と炭素の間の長さ(Csp3–Csp3、以下C–C結合長)」は1.54 Åで、これを標準結合長といいます。ところが、先行研究において「1.7 Åを超える結合」が、いくつか報告されていました。一方で、これまでの実験結果1や理論計算2からは、1.8 Åに壁があるだろう、つまり1.8 Å以上の結合は存在しないだろうとされてきました。私たちの研究室でも1.791(3) Åの結合をもつ化合物を報告していたのですが、私自身はさらなる記録更新が可能と考え、実験的証明を目指して研究を発展させることにしました。

–– 具体的に、どのようなことをされたのでしょう?

C–C結合が長くなるということは、それだけ結合が不安定化し、弱くなることを意味します。そこで私たちは、弱いC–C結合をコアと見立て、その周りを大きく剛直な骨格(シェル)で保護した分子を設計することにしました。出来上がったのは、2つのジベンゾシクロヘプタトリエン骨格をもつ新規の化合物1(図1)です。この化合物1を理論化学の手法を用いて検討したところ、大きな2つのシェルの一方が折れ曲がり、中心の共有結合を効果的に保護する「分子内コア–シェル構造」を確認できました。非対称型に折れ曲がることで、この分子を横から見るとピタリと重なった構造をとるため、結合部位の2つの炭素原子周りの反発が最大化して結合が伸びることも推測されました。

図1 化合物1の分子構造と化合物2の創出
1.5当量のヨウ素を用いた化合物1(a)の酸化反応により化合物2(b)をI3塩(2•+I3)として単離(左端:化合物1のX線構造、 右端:化合物2のI3塩〔2•+I3〕のX線構造)。 Credit: Yusuke Ishigaki

実際の有機合成では、市販もされているジブロモアセナフチレンという化合物を使って、わずか3工程で化合物1を作り出す手法を考案しました。このようにして合成した化合物1の単結晶を用い、さまざまな温度(−173〜127℃)でX線結晶構造解析を行ったところ、127℃において1.806(2) Åという「世界一のC–C結合長」を示すことが判明しました4。この化合物1は極めて安定で、結晶状態では127℃でも分解せず、溶液中でも結合の切断は見られませんでした4。シェルが、2つの炭素原子周りの反発だけでなく、伸びたことで結合エネルギーが小さくなったコア(C–C結合)の安定化にも寄与したといえます。化合物1の合成と実験を進めてくれたのは、今回の論文の筆頭著者である島尻拓哉(しまじり・たくや)さんです。彼なくしては成し得ない成果だったといえます。

–– 今回の研究でも化合物1を利用されたのですか?

はい、その通りです。今回は化合物1を酸化することで、単一の電子によるC–Cの共有結合を実証しようと考えました。もちろん化学の教科書では、「共有結合とは、互いの原子が電子を出し合う電子対により形成される化学結合」と説明されています。ただし一方で、化学結合に関する研究でノーベル賞を授与されたポーリングは、1931年に「電子対ではなく、単一の電子を原子間で共有する『1電子結合』が存在する可能性」を提案していました。ポーリングの提案以降、多くの研究が行われてきましたが、炭素原子間で結晶学的に1電子結合の存在が実証された例はありませんでした。1電子結合は、存在するとしても極めて弱い結合だと予測されます。そこで私たちは、弱いC–C単結合を安定化できる「分子内コア–シェル構造」を備えた化合物1を利用して、100年にわたる科学者の夢を叶えようと考えたのです。

–– 具体的にどのような実験をされたのでしょうか?

研究メンバー
左から川口聡貴さん、島尻拓哉さん、鈴木孝紀教授。2023年9月に開催された「第39回有機合成化学セミナー」において、川口聡貴さん(当時 学部3年生)が『優秀ポスター賞』を受賞した際の記念写真。

1電子結合を作るには、電子対、すなわち2電子結合から電子1つ分を取り去る(酸化する)必要があります。そこで、まず、化合物1の酸化還元特性を詳細に解析しました。私たちが研究を進めてきた長いC–C結合をもつ化合物の場合、1電子目が抜ける(酸化される)と、長い結合は速やかに切れるため、2電子目が、より抜け(酸化され)やすくなります。つまり、正の電荷を2つもつジカチオンの状態になるわけです。ところが、化合物1の酸化還元電位を測定したところ、酸化が段階的に進み、正の電荷を1つもつカチオンを経由すること、つまり、1電子結合をもつ化合物2を経由する可能性が示唆されました。

これを実証するには、化合物1を1電子だけ酸化したカチオン状態の化合物2を作り出し、それを結晶化する必要がありました。試行錯誤の末、酸化剤としてヨウ素を1.5当量使うと(1.5 × I2 + e → I3という反応により1電子酸化に相当する)、1電子酸化が進行し、化合物2のI3塩を得ることができました(図1)。化合物2の結晶化にはわずか2日で成功し、実験に必要な量の結晶(単結晶)を作り出しました。化合物2の合成と結晶化に寄与したのは、当時、学部の2年生だった川口聡貴(かわぐち・そうき)さんです。川口さんは学部生ながら構造有機化学に長けており、既に学会等で数々の賞を受賞した、将来が楽しみな逸材です。

–– 化合物2のC–Cが1電子結合だということを、どのように検証されたのでしょう?

図2 化合物2のC–Cが1電子結合であることの検証
X線結晶構造解析により得られたFo–Fc図(左:緑色で示された等高線が残留〔結合〕電子に対応)、ラマン測定により観測された伸縮振動(中)、1電子結合に由来する近赤外吸収(右)。 Credit: Yusuke Ishigaki

化合物2の結晶を、X線構造解析、ラマン分光法、紫外可視近赤外光吸収分光法で詳細に検討しました。

X線構造解析では、−173℃の状態で化合物2の分子構造を決定しました。その結果、CとCの原子間距離は2.921(3) Åと、私たちが得ていた2電子からなる結合距離1.806(2) Åに比べても大幅に大きいことが明らかになりました。それにもかわらず、両者には構造的な類似性もあり、C–C間には結合電子の存在も観測されました。

ラマン分光法による解析では、C–C間に特徴的な「伸縮振動」が見られました。この伸縮振動は、理論計算により得られた1電子結合による伸縮振動の波数とよく一致しました。また、この値から1電子結合の結合エネルギーが極めて弱いことが分かり、確かに1電子結合に対応していると結論付けました。

最後の紫外可視近赤外光吸収分光法による解析からは、化合物2の1電子結合に由来する近赤外領域(吸収極大1404 nm)の吸収が観測されました。

以上の、実験証拠と理論計算を交えた証明により、化合物2のC–Cが1電子結合であると結論付けました5。他にも膨大な理論計算を行っており、論文の筆頭著者となった島尻さんの貢献が非常に大きかったと思います。島尻さんと川口さんは、とても良いコンビでした。

–– 化合物1や化合物2は、材料としても有用なのでしょうか?

近年、バイオイメージングなどの材料として近赤外光吸収材料が注目されており、私たちのC–Cの1電子結合に1404 nmの近赤外光吸収が見られたことから、そのような応用が期待されます。ただし、このまま実用化することは困難だと思います。近赤外光吸収材料として利用するには、物性だけでなく材料として機能するためのチューニング(例えば置換基の導入など)が求められるため、化合物の安定性を保ったまま実現していくには、まだ多くの検討が必要だからです。

共著者の皆さんには怒られるかもしれませんが、私自身は、材料にならなくてもよいと考えています。今回の成果は基礎科学研究として、これまでに実証されてこなかった1電子による共有結合の存在を明確に示した点にインパクトがあると自負しています。C–Cの1電子結合を実証しようとしていた研究者が国内外に複数いる中で、私たちのチャレンジングな研究が世界に先駆けて実を結んだことが、何よりも大きかったと考えています。

今後、高校の化学の教科書などでの表現が、少し変わる、ということはあるかもしれません。今の教科書には「2つの原子が互いの価電子を出し合って、電子対を形成することでできるのが共有結合です」などと書かれています。私たちは、電子“対”でなくてもよいことを実証したので、「2つの原子間で電子を共有していれば、それも共有結合」としてもよいと考えます。今回の場合は、原子のいずれか片方が1電子を出すのではなく、0.5電子ずつ出し合っているというイメージです。

–– 成功のカギはどこにあったのでしょうか?

実は私は、化合物1の酸化還元挙動を初めて見たときから、C–Cの1電子結合の可能性を提案していましたが、研究室内では「そんなわけはないだろう」と言われていました。それでも常識にとらわれずに内に秘め続け、最終的に島尻さんと川口さんのタッグが形成されるまでじっくりと待ったのが良かったと思います。学部生の川口さん、助教の島尻さん、私という若いチームを、ボスの鈴木教授が強力に後押ししてくださったのも大きかったと考えています。

今後は、1電子でも共有結合が可能なことをより明確に示し、1電子結合の性質をさらに解き明かしたいと考えています。さらに言うと、「結合とは何か」という点も明らかにしたいと思います。現状では、原子間距離がどこからどこまでの状態を結合として定義してよいのか極めて曖昧です。あくまでも基礎研究に徹して挑戦し続けたいと思っています。

–– ありがとうございました。

聞き手は西村尚子(サイエンスライター)

著者紹介

石垣 侑祐(いしがき・ゆうすけ)

北海道大学大学院理学研究院 准教授
2012年、北海道大学大学院 理学院化学専攻にて学位(理学)取得。その後、日本学術振興会特別研究員PD(ウルム大学〔ドイツ〕にて研究に従事)、新日鉄住金化学株式会社、北海道大学大学院 理学研究院化学部門 助教を経て、2021年4月より現職。科学技術振興機構(JST)さきがけ「物質探索空間の拡大による未来材料の創製」領域の研究者。通常の分子では持ち得ない機能創出を目指し、高度にゆがんだ有機分子の特異な構造と機能の探究を進めている。

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 2

DOI: 10.1038/ndigest.2025.250234

参考文献

  1. Adcock, J. L. et al. J. Am. Chem. Soc. 114, 3980–3981 (1992).
  2. Cho, D. et al. Bull. Chem. Soc. Jpn. 88, 1636–1641 (2015).
  3. Takeda, T. et al. Tetrahedron Lett. 50, 3693–3697 (2009).
  4. Ishigaki, Y. et al. Chem 4, 795–806 (2018).
  5. Shimajiri, T. et al. Nature 634, 347–351 (2024).