Editorial

研究者のメンタルヘルス危機解決のために大学ができること

大学は、内部告発を奨励することに消極的な現状を見直すべきである。 Credit: Alamy

学術界の研究者は、一般人よりも不安やうつを経験する傾向が強いことが、科学におけるメンタルヘルス危機を調査したFeature記事で報告された(Nature 2023年5月25日号666ページ参照)。COVID-19パンデミックは、社会の広範囲にわたって多くの人々に深刻な悪影響を及ぼし、研究者にも同じように悪影響が及んだ。しかし、もっと重大な要因が、学術界に蔓延していることがはっきりしている。それは、心をむしばむ職場環境だ。

こうした職場環境の一因として挙げられるのが、短期契約の急増、低い給与(特に若手研究者)、競争的な職場環境と論文出版へのプレッシャーだが、そこに加わるのが、いじめ、差別とハラスメントだ。これらの行動が、特に過小評価グループ、例えば、女性、有色人種、低所得の学生、性的少数者やジェンダー少数者などに対して壊滅的な影響を及ぼしているという内容の研究報告が次々と発表されている。

残念ながら、学術界でいじめやハラスメントが広範に発生しているという知見は、新しい知見ではなく、Natureやその他の学術誌で報告されている。にもかかわらず、この問題の解決のために大いに尽力している学術界のリーダーがほとんどいないように見える。ただし、学術界のリーダーが耳を閉ざしているということではない。むしろ、その多く、おそらくは大部分は、耳を傾けていると思われるのだ。事実、かなりの数のリーダーが、学内の学生や研究者の健康と幸福を向上させるための政策を実施しようと努力している。しかし、こうした取り組みによって良い結果が生まれていない。

今より良い結果を出すためには、大学の管理部門や運営機関は、解決策を学外、特に産業界に求める必要がある。そして究極的には、現代の科学のあり方が反映されるように、学内の構造を改革する必要がある。そして、問題が生じた場合に職員を救済する現代的な制度、例えば内部告発を奨励する制度を導入する必要があるのだ。

問題の原因は、「孤独な天才の避難先」という構想に基づいて存在している大学が、共同作業によって進められる現代の科学に合っていないことにある。英国ケンブリッジ大学の物理学者であるアシーニ・ドナルド(Athene Donald)が2023年5月に出版した著書『Not Just for the Boys: Why We Need More Women In Science』で指摘しているように、現代の科学の多くは共同作業で成り立っている。大勢の研究者が関わっていることが多く、1つの研究室での共同研究だけでなく、複数の研究室による共同研究もあり、国や文化を超えた共同研究も多い。重要なのは、それぞれの研究者チームが、目の前の課題を遂行することを常に念頭に置いて、協力し合い、互いの長所を生かし、短所を補い合うことだ。質の高い科学を生み出すことの方が、組織内の上下関係よりも大事なのだ。過小評価グループ(historically under-represented group)に属する人々がチームに加わることで、発見と技術革新に恩恵がもたらされているのに、こうした寄与を無視したり、おとしめたりする事例があまりにも多いことが研究によって明らかになった(B. Hofstra et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 117, 9284–9291; 2020)こともドナルドは指摘している。

しかし、現在の研究システムでは、1人または数人に権限が集中する傾向がある。助成金が交付されると、研究責任者が助成金に関する責任を負うのが一般的で、より広く、研究チームのメンバーが共同責任を負うということにはならない。そのため、多数の若手研究者(分野によっては50人以上)が1人の研究責任者の監督下に置かれることが多い。これと同じように、学科や学部のトップも1人だ。そして、この「幹部職」にある人々のバックグラウンドは、管理職者と比べて多様性が低いのが一般的だ。

このようなシステムである必要性は失われている。権限、責任、自律性を共有することで、人々は、もっと平等な立場で研究を進め、必要に応じてキャリアのステップアップができる。これに対して、権限が1人かわずか数人に集中すると、権限の乱用によって、他人に対するハラスメントや、他人をおとしめる行為、いじめ行為を誘発することがある。そのようなことが、あまりにも頻繁に起こっているのだ。

旧来の在り方が原因で、大学には、不適切な行動に対する救済措置が構造的に備わっていない(2019年2月号「いじめを明確に禁止せよ」参照)。大学には、苦情処理や内部告発の手続き(不正行為を告発した人々が不利益を受けたり、解雇されたりしないように保護することを目的とした制度)があるが、不適切な行動や行為を匿名で告発することを奨励しない手続きが多い。匿名にすると苦情の調査が難しくなるという意見もある。確かにそうした場合は多いのだが、内部告発が行われる環境では、被害者のキャリアパスの最終的な決定権を加害者が握っていることが多いため、正義を勝ち取るための手段として、匿名の内部告発を認める制度の方が、より公平な手段と言える。

大学としては、この問題を十分に検討して、現代の研究のあり方がよりよく反映されるように学内組織の構造改革を進める方法を研究する必要がある。まずは産業界に目を向けてみるのがよいと思われる。産業界で働く研究者の仕事満足度は、学術界で働く研究者よりも高いことが分かっているからだ。それとともに、大学の運営機関は、内部告発の仕組みを見直すべきである。企業や公共部門、非営利組織ではそれがどのように行われているかを調査し、それぞれのやり方の長所と短所を評価する必要がある。

多くの国々において、大学は産学協同や知識交流オフィス、教授や理事を務める企業人の直接的な関与を通じて、産業界と幅広いつながりを持っている。こうした関係は、学術界に前向きな変化をもたらす方法を研究する際に活用できる可能性がある。

前向きな変化を実現する必要性は、いくら強調しても足りない。何もしないことは許されないのだ。前掲のFeature記事に示されるように、次世代の研究者が不満を抱いているとすれば、それは、研究と学術の未来が危機に瀕していることに他ならない。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2023.230805

原文

Encourage whistle-blowing: how universities can help to resolve research’s mental-health crisis
  • Nature (2023-05-23) | DOI: 10.1038/d41586-023-01703-9