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仔の鳴き声が母親の神経回路を形成する

飛行機に乗っているときに、泣いている赤ちゃんに遭遇したという経験は誰にでもあるだろう。ほとんどの乗客は、ヘッドホンを付けて赤ちゃんが眠ってくれることを祈るだろう。しかし、その子の親だったならば、なんとかあやして、赤ちゃんの要求を満たして泣き止ませようとする。なぜこのような違いが生まれるのだろうか。妊娠した女性の体に大きな変化が現れることはよく知られているが、脳にも大きな変化が起こることが最近になってようやく分かってきた。Nature 2023年9月28日号788ページで、Silvana Valtcheva(米国ニューヨーク大学医学系大学院)ら1は、仔マウスの苦痛の鳴き声に反応して持続的かつ効率的に仔の世話をするよう母親を促す、母マウスの脳でのみ活性化する神経回路を発見したことを報告している。この研究は、種を超えて進化的に保存されている小さな神経ペプチド分子であるオキシトシンに関係するものだ。オキシトシンは、陣痛時の子宮収縮や授乳時の乳汁分泌に重要な役割を果たすが、子の世話や絆づくりにも重要である。Valtchevaらと同じチームの研究者たちが行った以前の研究で、オキシトシンが関与する神経回路が、マウスの母性行動にいつ、どこで、どのように影響するかについて、多くのことが明らかになっている。

図1 仔マウスの鳴き声が母親の行動を引き起こす仕組み
Valtchevaら1は、仔マウスの苦痛の鳴き声に対する母マウスの反応を誘発する神経回路を報告している。
a 鳴き声は、聴覚情報に対する意識的反応を処理する脳領域(下丘〔IC〕と聴覚野〔AuCX〕)の活動を引き起こす。これらの領域、特にICは、視床後部(感覚情報が組織化され、脳の他の部分へと方向転換される領域)の一部である後髄板内(PIL)核にシグナルを送る。PILは次に、視床下部傍室核(PVN:生存を守るさまざまな基本的機能を調節する領域である視床下部の一部)のニューロンにシグナルを送る。しかし、PVNニューロンは最初は強く抑制されており、すぐには活性化しない。
b 長時間の鳴き声に反応してPILニューロンが持続的に活性化すると、やがてPVNニューロンの強い抑制が打ち消され、PVNニューロンは神経ペプチドであるオキシトシンを放出する。これにより、保護されていない仔を巣に連れ帰るといった、母性行動が誘発される。

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翻訳:古川奈々子

Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 12

DOI: 10.1038/ndigest.2023.231244

原文

The neural circuit that makes maternal mice respond to pups’ cries
  • Nature (2023-09-28) | DOI: 10.1038/d41586-023-02545-1
  • Flavia Ricciardi & Cristina Márquez
  • 共にコインブラ大学(ポルトガル)に所属。

参考文献

  1. Valtcheva, S. et al. Nature 621, 788–795 (2023).
  2. Marlin, B. J., Mitre, M., D’amour, J. A., Chao, M. V. & Froemke, R. C. Nature 520, 499–504 (2015).
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  10. Lee, D. et al. Nature Methods 14, 495–503 (2017).