News in Focus

「トリップ」しない幻覚剤を見つけるセンサーが開発された

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210706

原文:Nature (2021-04-29) | doi: 10.1038/d41586-021-01156-y | Psychedelic drugs without the trip? This sensor could help seek them out

Ariana Remmel

幻覚作用のない幻覚剤を簡単に識別できるようになれば、うつ病やPTSDのような精神疾患の薬物治療を改善できるかもしれない。

Olsonらが開発したセンサーは、錐体細胞(写真)などに発現しているセロトニン2A受容体(5-HT2AR)を利用している。 | 拡大する

KATERYNA KON/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Getty

幻覚剤を用いた精神疾患の薬物治療を研究している科学者たちが、ある薬剤が幻覚を引き起こす可能性があるかどうかを、動物やヒトでの実験なしに判定する方法を開発した。

脳に作用する幻覚剤が、心的外傷後ストレス障害(PTSD)のような精神疾患の治療に役立つ可能性があることを示す研究結果が増えていることから、研究者たちは、幻覚剤の有益な効果はそのまま残し、治療を複雑にする幻覚の副作用だけをなくす方法を探している。

現在のところ、ある薬剤が幻覚を引き起こすかどうかを、動物やヒトで実験する前に予測することはほぼ不可能だ。カリフォルニア大学デービス校(米国)の神経化学者David Olsonは、「これこそまさに創薬が順調に進んでいない理由なのです」と言う。

そこでOlsonらの研究チームは、同じくカリフォルニア大学デービス校に所属する神経科学者Lin Tianと共同で、幻覚剤が標的とする脳内受容体の構造から、その分子に幻覚を引き起こす作用があるかどうかを予測する蛍光センサーを開発した。彼らはこのセンサーを用いて幻覚作用のない幻覚剤類似分子を特定し、マウスを使った実験で、この分子に抗うつ効果があることを明らかにした1

ノースカロライナ大学チャペルヒル校医学部(米国)の分子薬理学者Bryan Rothは、今回の発見は幻覚剤類似分子から副作用のない医薬品を開発するための努力に「拍車を掛けることになるでしょう」と話す。

幻覚作用

幻覚剤の中には、薬物依存、PTSD、重度のうつ病といった慢性的な精神疾患の症状を緩和する効果を持つものがある。この効果は、研究によれば、おそらく脳でニューロン間の新しい接続が形成されるのを助けることによるようだ。現在、シロシビン(マジックマッシュルームの成分)、LSD(リゼルギン酸ジエチルアミド)、MDMA(3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン、俗にエクスタシーと呼ばれている)を用いて、さまざまな精神疾患の治療を試みる各種臨床試験が進められている。

しかし、これらの幻覚剤によって引き起こされる幻覚体験が問題となる。投与された患者をずっと監視する必要があり、また、患者は幻覚で苦しむことにもなり得る。そのため研究者たちは、治療効果はあるが幻覚の副作用のない幻覚剤類似分子を見つけようとしている。

幻覚剤は、セロトニン受容体(気分に影響を与える神経伝達物質であるセロトニンに結合する脳内受容体)と呼ばれる受容体と相互作用して幻覚を引き起こす。しかしOlsonによれば、セロトニン受容体に結合する全ての分子が幻覚を引き起こすわけではないという。Tianの研究チームは、セロトニン2A受容体(5-HT2AR)という特定のセロトニン受容体の構造変化を利用したセンサーを開発した。5-HT2ARに分子が結合すると受容体の形が変化するが、その変化の度合いによって幻覚が引き起こされるかどうかが決まる。

このセンサーは、5-HT2ARに緑色蛍光タンパク質を結合させたもので、受容体の構造変化の度合いに応じて異なる強度の蛍光を発する。このセンサーを「幻覚作用を探知するレーダー」のように利用することで、分子が受容体にどのように結合するか、そして結合によって受容体が活性化されるかどうかを直接調べることができると、Tianは話す。

分子のスクリーニング

Olsonらは、このセンサーを使って、分子が持つ幻覚作用を予測できるかどうかを検証した。まず、幻覚作用の有無が既に分かっている83の化合物をスクリーニングし、センサーに結合したときの蛍光強度でスコア付けした。全ての化合物について、幻覚を引き起こす可能性があるかどうかを確実に予測できたと、Olsonは話す。

次に、幻覚作用を持つかどうかが未知の34の化合物に対してスクリーニングを行った。その結果、セロトニン受容体と相互作用するが幻覚を引き起こさないと予測される「AAZ-A-154」という分子が見つかった。AAZ-A-154を投与したマウスには幻覚と関連付けられている首振り運動(head twitch)が見られなかった。AAZ-A-154はまた、快感を感じる能力を低下させる遺伝子変異を導入したマウスにおいて、うつ病の症状を緩和したと考えられた。

今回開発されたセンターを利用して発見された幻覚剤類似分子「AAZ-A-154」は、マウスにおいて幻覚作用を引き起こすことなく、うつ病の症状を改善した。 | 拡大する

artisteer/iStock/Getty

AAZ-A-154の詳細な作用機序はまだ不明だが、それを発見した手法は、幻覚作用のない幻覚剤を見つけるための「革新的なアプローチ」だとRothは言う。

だが、スタンフォード大学(米国カリフォルニア州)の精神科医・神経科学者であるRobert Malenkaは、このセンサー技術を使って幻覚の副作用のない幻覚剤を見つけるというアプローチは、未完成だと注意を促している。彼は、マウスに対する幻覚剤の効果をヒトへの臨床応用へとつなげることは難しく、AAZ-A-154の発見はセンサーの良い概念実証であるが、この技術を分子スクリーニングに使うためには、さらなる開発が必要だと指摘する。

(翻訳:藤山与一)

参考文献

  1. Dong, C. et al. Cell https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.03.043 (2021).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度