News in Focus

深まるコロナウイルス血栓症の謎

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200708

原文:Nature (2020-05-08) | doi: 10.1038/d41586-020-01403-8 | Coronavirus blood-clot mystery intensifies

Cassandra Willyard

COVID-19の致死的合併症の背後にあるメカニズムの解明に向けた研究が始まっている。

COVID-19を発症した患者で血栓が形成されやすい理由について複数の説が考えられている。 | 拡大する

SPL-STEVE GSCHMEISSNER/Brand X Pictures/Getty

紫色の発疹、下肢の腫脹、カテーテルの塞栓や突然死などを引き起こす、大小さまざまな血栓の形成が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の合併症として頻発している。研究者たちは、その理由の解明に着手したばかりだ。

COVID-19の呼吸器系への影響には以前から注意が払われてきた。しかし数週間前から、この疾患が全身に及ぼす影響に関する報告が相次いでおり、その多くは血栓によって引き起こされている。「まるで血栓が巻き起こす嵐を見ているかのようです」と、コロンビア大学(米国ニューヨーク州)の循環器専門医Behnood Bikdeliは言う。重篤な疾患にかかっている人は誰もが血栓症を発症するリスクがあるが、COVID-19の入院患者はいっそう血栓症を発症しやすいようだ。

科学者たちは、この現象を説明するための仮説をいくつか考え出しており、メカニズムの理解を目的とした研究を開始したところである。しかし、死亡者数が急増していることから、取り急ぎ血栓形成を抑制する薬物を使った治療を試みているのが現状だ。

ダブルパンチ

血栓とは、細胞とタンパク質からできたゼリー状の塊であり、出血を止めるために身体に備わっている仕組みである。科学者たちを困惑させているのは単に血栓が形成されることだけではない。「所見に普通の血栓症とは違うちょっと変わったところがたくさんあるんです」と、イングランド王立外科医学院アイルランド血管生物学センター(アイルランド・ダブリン)のJames O’Donnellセンター長は話す。

COVID-19の患者では血液希釈剤で血栓形成を確実に防ぐことができず、若い患者が脳血管の塞栓による脳卒中で亡くなっている。入院患者の多くで、血栓が溶解するときに放出されるDダイマーと呼ばれるタンパク質断片のレベルが著明に上昇している。Dダイマーの高値はCOVID-19による入院患者の死亡の強力な予測因子であるようだ(L. Zhang et al. J. Thromb. Haemost. https://doi.org/10.1111/jth.14859)。

研究者たちはまた、毛細血管内に微小血栓を観察している。「これは通常の重症感染症の患者に見られるような所見ではありません」と、ウェイルコーネル医科大学(米国ニューヨーク)の血液学者Jeffrey Laurenceは話す。それは「ダブルパンチ」だとO’Donnellは言う。COVID-19によって引き起こされる肺炎では、肺胞に液体や膿が詰まってしまうだけでなく、酸素を含んだ血液の流れが微小血栓によって滞ってしまうのだ。

このような血栓が形成される理由は、いまだに謎に包まれている。1つの可能性として、COVID-19を引き起こす新型コロナウイルスSARS-CoV-2が、血管を裏打ちしている内皮細胞を直接攻撃していることが考えられる。このウイルスが肺細胞に侵入するときに利用するACE2受容体は、内皮細胞にもある。そして、内皮細胞がウイルスに感染し得るという証拠もある(2020年4月号「新型コロナウイルス感染が拡大しやすい理由」参照)。チューリヒ大学病院(スイス)とブリガム・アンド・ウィメンズ病院(米国マサチューセッツ州ボストン)の研究者たちは、腎臓組織の内皮細胞でSARS-CoV-2を観察したのだ(Z. Varga et al. Lancet 395, 1417–1418; 2020)。

健康な人の血管は「非常に滑らかな裏打ちが施された管」だと、オタワ大学心臓研究所(カナダ・オンタリオ州)の主任研究員Peter Liuは言う。血管を裏打ちする内皮細胞は、血栓形成を能動的に阻止している。しかし、ウイルスに感染して傷害されると、内皮細胞は血栓形成の誘因となるタンパク質を大量に放出するようになる。

SARS-CoV-2が免疫系に及ぼす効果もまた、血栓形成に影響を与える可能性がある。このウイルスは免疫細胞を刺激して大量のシグナル分子を放出させる。それが炎症を増強させて、さまざまな経路を介して凝固亢進と血栓形成につながる。このウイルスはまた、補体系として知られる生体防御機構の活性化を介して血栓形成を刺激しているようだ。Laurenceの研究グループは、COVID-19を発症した患者の肺や皮膚の組織に見られる塞栓した細小血管には、タンパク質の著明な沈着が認められることを見いだした。補体系、免疫系、凝固系は全て相互に関連していると、ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ・バンクーバー)血液学研究プログラムの責任者Agnes Leeは言う。「COVID-19の患者の中には、これら3つの系の全てが暴走してしまっている例もあるようです」。

新しい治療法を求めて

研究者たちはCOVID-19を発症した患者で血栓形成が起こる仕組みの解明に着手したところだが、それと並行して血栓形成を予防し、形成された血栓を溶解するための新しい治療法の試験にも全力で取り組んでいる。

コロンビア大学では、重篤なCOVID-19患者を対象に、血栓予防に用いられる血液希釈剤の標準的な投与量とそれ以上の投与量の効果を比較する臨床試験を開始している。同様の試験はカナダとスイスでも計画されている。また、ベス・イスラエル・ディーコネス医療センター(米国マサチューセッツ州ボストン)の科学者たちは、組織プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)と呼ばれる、より強力な血栓溶解薬の効果を評価する臨床試験の登録を開始した。

科学者たちは、これらの試験やその他の試験から、医師が難しい治療方針を決める際に必要なデータが得られることを期待している。その一方でLeeは、医師たちに安易に新しい治療法に飛びつく傾向が見られることを憂慮している。「地域での情報や個人的な経験を頼りに治療法を変えているんです」と彼女は指摘する。そうしたくなる気持ちは理解できると認めつつも、「それでも、何よりも大切なのは『害を及ぼさないこと』だということを肝に銘じておかなければなりません」と彼女は言う。

(翻訳:藤山与一)

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度