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死にゆく細胞からの代謝メッセージ

NK細胞などの細胞障害性リンパ球は、がん細胞やウイルス感染細胞を攻撃する際、そうした細胞にアポトーシスを誘導することが知られている。 Credit: Marcin Klapczynski/iStock/Getty

「最初に断っておく。マーレイは死んでいる。それについてはいささかの疑いもない(Marley was dead: to begin with. There is no doubt whatever about that)」。これは、チャールズ・ディケンズの小説「クリスマス・キャロル」の象徴的な冒頭で、確実に死が起こったことを伝えている。死という概念は、細胞死を考える場合でさえ、我々の思考に染み付いてしまっている。死んだ細胞とは、ディケンズのマーレイについての描写をそのまま引用するなら「ドアの釘のように死んでいる(as dead as a door-nail)」状態である。しかし、物語の中であの世のマーレイの影響により主人公エベニーザ・スクルージの性格が変わったように、死ぬ細胞も周囲の生きている細胞に重要な影響を及ぼす可能性がある。このほどバージニア大学(米国シャーロッツビル)のChristopher B. Medinaら1は、生物の細胞死過程について調べ、死にかけている細胞の代謝過程が生物に重要な影響を及ぼすことを明らかにし、Nature 2020年4月2日号130ページで報告した。

我々の体内では、組織の代謝回転や環境ストレスへの応答など、正常な生命活動の一部により、毎秒、数百万の細胞が死んでいる2。このような細胞死の大部分はアポトーシスと呼ばれる過程により起こる。アポトーシスは、自死の形式の細胞死で、数百種類の細胞内タンパク質を切断するカスパーゼと呼ばれる酵素群の作用によって調整されている3。このようにさまざまな分子の切断がカスパーゼによって調節を受け、秩序立った分解過程を通じて、死にかけている細胞を効果的に統括する。つまり、核内のDNAは小さな断片に切断され、細胞質の繊維状アクチンタンパク質の「骨格」のリモデリングにより小さな細胞断片に分解され、細胞表面に特定の脂質が露出すると、マクロファージなどの免疫細胞へシグナルが伝えられて死にかけの細胞が取り込まれ(貪食され)、消化されるのだ2

アポトーシスが最初に報告4されて以来、このタイプの細胞死は、壊死(ネクローシス)などの他のタイプの細胞死で見られるような炎症反応を引き起こさないことが知られている。その後の研究5により、アポトーシスによる細胞死には抗炎症作用があることが確認され、アポトーシス細胞の注入を炎症性疾患の制御に用いるという提案につながった。ネクローシスによる細胞死で引き起こされる炎症は、ダメージ関連分子パターン(DAMP)と呼ばれる分子の放出が原因となっていて、そのうちのいくつかが特定されている6。対照的に、アポトーシス細胞の抗炎症特性の原因となる機構についてはほとんど分かっていない。マクロファージによるアポトーシス細胞の貪食は組織修復を促進する7が、この効果の要因となるアポトーシス関連分子は分かっていない。

Medinaらは、in vitroで増殖させた哺乳類細胞(ヒト細胞を含む)がアポトーシスを起こしていると、この死にかけている細胞から放出された小分子が、マクロファージに対して組織の修復と炎症の抑制に関与する遺伝子の発現を誘導できることを見いだした。そして、この効果を担っているのが代謝過程で生じる分子であると推測した。Medinaらは、異なる刺激に応答してアポトーシスを起こしているさまざまなタイプの細胞のプロファイリングを行うことにより、死にかけている全ての細胞から一貫して放出されている複数の代謝物を特定した。しかしながら、それら以外の代謝物は放出されていなかった。この特異性は、少なくとも部分的には、細胞表面の特定のタンパク質チャネルであるパネキシン1(PANX1)の選択性に起因している。PANX1は、カスパーゼによる切断を受けることで開口する8。PANX1を欠損するよう改変した細胞にアポトーシスを誘導すると、アポトーシス関連代謝物の放出が見られなかった。

Medinaらは、全てのアポトーシス細胞から放出された6つの代謝物を調べ、これらが単独ではマクロファージの遺伝子発現プロファイルに有意な影響を及ぼさないことを見いだした。しかし、6つ全てを投与すると遺伝子発現パターンにロバストな影響があることが分かった。さらに、この代謝物のうちの3つ(スペルミジン、グアノシン一リン酸、イノシン一リン酸)のみの混合物にマクロファージを曝露しても、同様の発現プロファイルが少なくとも部分的には誘導できた。Medinaらは、これら3つの代謝物の混合物の投与により、関節炎のマウスモデルでの関節炎の抑制や、肺移植片を拒絶するマウスモデルでの拒絶低減など、in vivoで顕著な抗炎症効果があったことを報告している。

スペルミジンはポリアミンと呼ばれるタイプの分子で、主に、アミノ酸のアルギニンを、オルニチン分子などの中間体を介してポリアミンに変換する代謝経路から生成される(図1)。Medinaらは、この経路によるアルギニンのスペルミジンへの変換を追跡し、アポトーシスが誘導された細胞では、細胞死が進行する過程でスペルミジンとその前駆体である分子プトレシンの合成が上昇することを見いだした。ただし、アポトーシスを起こした細胞はスペルミジンを放出するが、プトレシンは放出しなかった。また、スペルミジンの放出はPANX1依存的に起こった。

図1 アポトーシスと呼ばれる過程で細胞死を起こす細胞は周囲の細胞にシグナルを伝える
Medinaら1は、アポトーシスを起こして死にかけているヒト細胞が、代謝によって産生された分子を放出すること、また、これらの代謝物が抗炎症作用や組織修復作用を持つことを報告している。
a 健康なヒト細胞では、アミノ酸のアルギニンはオルニチン分子に変換されることが多い。オルニチンは、スペルミジン分子を産生する経路で使用されるか、ミトコンドリア(細胞小器官の一種)に輸送されてシトルリンや他の代謝物に変換されるかのどちらかである。細胞死が開始するまで、細胞表面のパネキシン1(PANX1)と呼ばれるチャネルタンパク質は閉じている。
b 細胞にアポトーシスが起こると、アポトーシスの中心的な装置がカスパーゼと呼ばれる酵素を活性化し、カスパーゼがPANX1を切断することでチャネルが開く。スペルミジン分子とプトレシン分子の産生は通常よりも増強されている。これを説明し得る1つのモデルは、アポトーシスの中心的な装置によって、オルニチンがミトコンドリアに入るのが阻害され、その代わりにオルニチンをスペルミジン産生に転用させるというものである。スペルミジンやその他の特定の代謝物(図示していない)は、PANX1を介して選択的に放出され、周囲の細胞に影響を及ぼす。

この現象は、1つのアポトーシス誘導条件(つまり、紫外線)のみを用いて追跡されたが、この発見により、アポトーシスの活性化がスペルミジン合成経路を促進する可能性が浮上した。Medinaらは、BH3模倣薬と呼ばれるタイプの薬剤を投与した場合の効果についての観察から、このような促進を示唆する手掛かりを得た。この薬剤は、アポトーシスの中心的な段階である、細胞小器官ミトコンドリアの透過性亢進の直接の引き金となる〔ミトコンドリア外膜透過化(MOMP)と呼ばれる事象〕。BH3模倣薬を使用すると、紫外線によるアポトーシスで観察されるレベルに匹敵するスペルミジンが放出された。おそらくMOMPは、オルニチンのミトコンドリアへの輸送を阻むため(ミトコンドリアでオルニチンはシトルリン分子に変換される)、代わりにオルニチンは細胞質経路に誘導されて、スペルミジンの産生につながるのだろう。このモデルは、MOMPに必要な構成要素を欠損するよう改変した細胞を、BH3模倣薬に曝露することで検証できると考えられる。

尿素分子も、アルギニンからオルニチンへの変換の副産物として形成される。尿素は、ネクローシス細胞から放出される炎症性DAMPであるが6、Medinaらは、アポトーシスの際に尿素がPANX1を介して放出されるかどうかは明らかにしていない。しかし、Medinaらはアポトーシスの際にアルギニン代謝の上昇を観察したことから、尿素がPANX1を介して放出されないなら、これが、アポトーシスが炎症性ではないさらなる理由になるかもしれない。

ディケンズ著「クリスマス・キャロル」のワンシーン。暖炉の傍らに座るスクルージの前に、7年前に死んだマーレイが鎖につながれた幽霊となって現れる。 Credit: PHOTOS.com/Getty

マクロファージにおいて、スペルミジン、グアノシン一リン酸、イノシン一リン酸が応答を誘導する仕組みや、これら3つの代謝物が混合物として与えられた場合のみに効果を発揮する理由はどのようなものだろうか? グアノシン一リン酸とイノシン一リン酸は、Gタンパク質共役アデノシン受容体にシグナルを伝えることが知られており9、スペルミジンは広範囲にわたる活性に関与できる。また、イノシン分子(イノシン一リン酸に由来することがある)には抗炎症作用があり9、マウスにおいて細菌毒素に応答した致死的な炎症を防ぐことができる10。スペルミジンは、アデノシン受容体からのそのような抗炎症性シグナル伝達の増強作用を持つ可能性がある。しかしながらヒト細胞は、イノシンの抗炎症効果に対する感受性がマウス細胞の10分の1しかない。これは種間でのアデノシン受容体の発現や機能の違いによるものだと考えられているが、これらの代謝物を用いてヒト疾患を治療する取り組みは難しいかもしれない。

Medinaらの研究は、アポトーシスによって代謝の変化が引き起こされる仕組みや、代謝物の制御放出が組織に影響を及ぼす仕組みについて、今後、探索を進めるための幅広い可能性を開く。調節されたネクローシスなどの他のタイプの細胞死は、アポトーシスとは対照的に、周囲の細胞に大きく異なる影響を及ぼす。しかし、これらの細胞死経路によって引き起こされる代謝の変化が周囲に影響を与えるのかどうか、また与えるとすればその方法はどのようなものかは分かっていない。ネクロトーシスと呼ばれる調節されたネクローシスタイプの細胞死は、炎症に影響を及ぼすサイトカインと呼ばれる分子の合成および分泌を持続する11。このような細胞では、小胞体と呼ばれる細胞小器官でこうした分子が合成されており11、ゾンビのように死んでいるにもかかわらず作用を及ぼしている細胞である。同様に、アポトーシスの「ゾンビ」細胞でも、機能している小胞体で産生される代謝物が周囲の組織の生きている細胞にシグナルを伝えている可能性が考えられる。マーレイの亡霊は、彼が言うところの「自分が生きている時に(現世で)鍛えた鎖」につながれて現れる。細胞死では他にどのような「鎖」が構築されているのだろうか?

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200736

原文

Ghostly metabolic messages from dying cells
  • Nature (2020-04-02) | DOI: 10.1038/d41586-020-00641-0
  • Douglas R. Green
  • Douglas R. Greenは、聖ジュード小児研究病院(米国テネシー州メンフィス)に所属。

参考文献

  1. Medina, C. B. et al. Nature 580, 130–135 (2020).
  2. Green, D. R. Cell Death: Apoptosis and Other Means to an End 2nd edn (Cold Spring Harb. Lab. Press, 2018).
  3. Luthi, A. U. & Martin, S. J. Cell Death Differ. 14, 641–650 (2007).
  4. Kerr, J. F. R., Wyllie, A. H. & Currie, A. R. Br. J. Cancer 26, 239–257 (1972).
  5. Henson, P. M. Annu. Rev. Cell Dev. Biol. 33, 127–144 (2017).
  6. Garg, A. D. & Agostinis, P. Immunol. Rev. 280, 126–148 (2017).
  7. Bosurgi, L., Hughes, L. D., Rothlin, C. V. & Ghosh, S. Immunol. Rev. 280, 8–25 (2017).
  8. Chekeni, F. B. et al. Nature 467, 863–867 (2010).
  9. Hasko, G., Sitkovsky, M. V. & Szabo, C. Trends Pharmacol. Sci. 25, 152–157 (2004).
  10. Hasko, G. et al. J. Immunol. 164, 1013–1019 (2000).
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