「abc予想」の証明論文がついに出版へ
Credit: Kyodo News/Kyodo News/Getty
8年にわたる苦闘の末、京都大学数理解析研究所(RIMS)の数学者・望月新一の論文に一定の妥当性が認められた。数論の最大の未解決問題の1つである「abc予想」を証明する600ページに及ぶ論文が、専門誌に受理されたのだ。
望月の証明を巡っては、以前から激しい論争が繰り広げられていた。今回論文を受理したPublications of the Research Institute for Mathematical Sciences(PRIMS)は、RIMSが編集し、望月が編集長を務める雑誌である。
2020年4月3日、RIMSの数学者である柏原正樹と玉川安騎男の2人が京都で記者会見を開き、論文の出版について発表したが、望月は記者会見に登場せず、記者団の取材にも応じなかった。
望月は2012年に、abc予想を証明したとする長大な論文をネット上に4本投稿した。ところが2018年、2人の高名な数学者が望月の証明に欠陥を見つけたと確信していると発表した。多くの人は、これにより望月の主張は致命的な打撃を受けたと見ていて、今回の発表でも状況が変わることはなさそうだ。望月の証明を検証しようと多大な努力を払ってきた専門家の1人であるカリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の数論研究者Kiran Kedlayaは、「2018年以降、コミュニティーの意見に大きな変化はないと言ってよいでしょう」としている。また、カリフォルニア大学バークレー校(米国)の数学者Edward Frenkelは、「新しい情報が出てくるかもしれないので、論文が実際に出版されるまでは判断を差し控えたい」と言う。
abc予想は、整数の加法と乗法の間の深い結び付きを表現している。任意の整数は素数の積として表すことができる(例えば、60=5×3×2×2)。abc予想をごく大雑把に説明すると、2つの整数aとbがそれぞれ多数の小さな素数の積として表されるとき、aとbの和であるcは少数の大きな素数の積として表されるということだ。望月の証明の正しさが確認されれば、「フェルマーの最終定理」を革新的な方法で証明できるようになるなど、数論を大きく変える可能性がある。
多くの数学者は、望月の証明が不可解で特異な形式で書かれており、なじみのない数学的概念の上に全体が成り立っていると考えている。一方、望月は、この研究に関する海外からの講演依頼を全て断っている。当時、望月と親しい共同研究者の数人は、彼の証明が正しいことが分かったと述べたものの、世界中の専門家は、論文の検証どころか読み進めることにさえ苦労していた。この問題についての会議が開催され、参加者は部分的な進展を報告したが、結論に達するにはおそらく何年もかかると述べている。
2018年には、ドイツの数学者であるボン大学のPeter Scholzeとゲーテ大学フランクフルトのJakob Stixの2人が、望月のabc予想の証明への論駁を個人的に広め、論文中のある重要な一節について「欠陥がある」と集中的に批判した。同年9月、2人は自分たちの見解をレポートとして公表した。数学と物理学の学術誌Quantaの記事は、Stixの「深刻で修正不可能な欠陥」という言葉を引用して、このレポートについて報告した。
望月は自身のウェブサイトにコメントを投稿し、望月の論文を理解できなかっただけであるとほのめかして、2人の批判を一蹴した。しかし、複数の専門家がNature に語ったところによると、数学コミュニティーの大部分は、この時点で論争は決着したと考えているという。
玉川は記者会見で、ScholzeとStixから批判を受けたが、解答自体は変わっていないと述べた。それについてのコメントは論文中で発表されるが、根本的な変更はないだろうという。
数学の世界では、学術誌のお墨付きを得ても査読が終わらないことは少なくない。重要な成果が本当の意味で定理として受け入れられるのは、その定理が正しいというコンセンサスがコミュニティー内で得られてからであり、この段階に至るには、論文が正式に出版されてから何年もかかることもある。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 7
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200710
原文
Mathematical proof that rocked number theory will be published- Nature (2020-04-09) | DOI: 10.1038/d41586-020-00998-2
- Davide Castelvecchi
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