100万年以上続いた後期三畳紀の長雨
イタリア・アルプス山脈のドロミテ山地で見られる三畳紀の岩石には、この時代の意外な多雨事象の存在を示す証拠が残されている。 Credit: ARTERRA/UNIVERSAL IMAGES GROUP VIA GETTY
英国サマセット州出身のAlastair Ruffellは、1980年代中頃のある日、実家近くのライプヒル(Lipe Hill)の道端で露出していた岩石に目を留めた。2億年以上前の三畳紀のものと見られるその露頭は全体的に暗い橙赤色をしており、この地域が当時太陽に照り付けられカラカラに乾燥していたことを物語っていた。それ自体になんら問題はない。この時代の気候は総じて乾燥していたことが知られていたからだ。ところが、Ruffellの目の前にある赤みがかった岩石には、ある奇妙な特徴があった。真ん中を、1本の灰色の細い線が貫いていたのだ。この層の存在は、乾ききった砂漠が沼の点在する湿地へと変貌を遂げた時期があったことを意味していた。この時代、何らかの理由で乾燥した気候が湿潤な気候へと移行し、その状態が100万年以上にわたって続いたのだ。
思いがけない発見に興味をそそられたRuffellだったが、彼は当時、バーミンガム大学(英国)の博士課程の学生で、優先すべき別の課題があった。そのため、彼は一旦この「三畳紀の謎」を脇に置いたのだが、数年後の1987年、若き古生物学者Michael Simmsとの偶然の会話を機に、この謎に取り組むことになる。Simmsはポスドク研究の過程で、Ruffellが謎の湿潤期を発見したのと同じ後期三畳紀の岩石に、複数の生物種が絶滅したことを示す証拠を見つけていたのだ。1989年、2人は共同で「後期三畳紀の湿潤期と絶滅事象は関連していた」という説を発表した1。しかし、彼らの主張をまともに取り合う科学者はいなかったという。
それから30年、科学界は現在、2人の主張が正しかったという見解で一致しつつある。後期三畳紀に何か奇妙な出来事が起きたのは明らかで、それは英国のサマセット州に限られたことではなかった。今から約2億3200万年前、「カーニアン期」として知られる後期三畳紀の前期には地球の至る所で雨が降っていたのである。これまでに発見されたこの時代の岩石のほぼ全てに湿潤な気候の痕跡が認められており、それらの記録は、地球が、数百万年にわたる乾燥気候の後で100万〜200万年も続く多雨期に突入したことを示している。そして、「カーニアン階多雨事象(CPE;Carnian pluvial episode)」と呼ばれるこの長雨の時期は、いくつかの大規模な進化的変化があった時期と一致していた。
中でも特に劇的なのはおそらく、CPEの時期が、爬虫類のある珍しい一群が爆発的に多様化して陸上生態系を支配するようになった時期と重なっていた可能性だろう。この爬虫類の一群とは他ならぬ初期の恐竜類である。つまり、カーニアン期が、後にステゴサウルスやティラノサウルスといった華々しい恐竜たちが進化するための道を開いた可能性があるのだ。
カーニアン期の前後で姿が大きく変わったのは、恐竜類だけではない。例えば、海洋プランクトンや造礁サンゴは、この時期を境にいずれもより「現代的」になり、現生種と進化的に近い形になった。最初の哺乳類が出現したのもこの時代だった可能性がある。「いくつかの要素においては、古い世界から新しい世界への転換期のような時代だったのです」とSimmsは説明する。
長く日の目を見ることのなかったCPE説は、今ここにきて注目を浴び始めている。2017年5月には、ドイツのハンザ先端研究所(デルメンホルスト)でCPEについての初めてのワークショップが開催された。また、英国のロンドン地質学会はJournal of the Geological Societyで、2018年末と2019年頭に連続してCPEをテーマとする特集を組んだ。カーニアン階の岩石を掘り下げて研究しようとする研究者の数は、この10年で確実に増えてきている。研究の焦点は、「気候の変化がなぜ起こり、それがどのようにして劇的な進化的変化につながったのか」。これまでに集められた証拠は、その原因が大規模な火山噴火であることを示しているという。
CPEが30年も前にほとんど偶然発見された事象であることを考えると、こうした状況の変化はまさに衝撃的といえよう。
偶然の連鎖
ウミユリ類の化石。 Credit: Davesangster/iStock / Getty Images Plus/Getty
全ては、Simmsが1987年に博士研究員としてリバプール大学(英国)にやって来たときに始まった。彼の研究テーマは海生無脊椎動物のウミユリ類。見た目が花や鳥の羽根に似た、ヒトデ類やウニ類などと同じ棘皮動物である。Simmsは前年、バーミンガム大学でジュラ紀(2億100万〜1億4500万年前)のウミユリ類に関する研究で博士号を取得しており、ポスドク研究ではさらに時代をさかのぼり三畳紀(2億5200万〜2億100万年前)のウミユリ類を調べようとしていた。
三畳紀は、地球史上最大とされるペルム紀末の大量絶滅の直後に始まり、三畳紀–ジュラ紀境界の大量絶滅で終わった。だが、Simmsにとって驚きだったのは、三畳紀の生き物たちもまた、非常に困難な状況に直面していたことだった。「研究を始めて間もなく、三畳紀のウミユリ類の間で大規模な絶滅が起きていたことが明らかになりました。しかも、それは三畳紀の終わりより数千万年も前に起きていたのです」とSimmsは言う。この時期は、ちょうどカーニアン期に相当していた。
1987年のある日、バーミンガム大学のかつての研究室を訪れたSimmsは、そこで博士号研究を進めていたRuffellと古生物学者のPaul Wignallに再会する。3人は研究室を共にした学友だった。
Ruffellは白亜紀(1億4500万〜6600万年前)の堆積物を研究テーマとしていたが、趣味で三畳紀の「マーシア泥岩群(Mercia Mudstone Group)」も調べていた。例の、サマセット州ライプヒルで見つけた露頭に含まれていた岩石群である。この岩石は大部分が乾燥した気候を反映しているが、カーニアン階の地層にはサメの歯などの化石が多数含まれた灰色の砂岩からなる1つの薄い層があり、河川や三角州が存在したことを示していた。「恐ろしく乾燥した時代の真っただ中に、かなり快適な環境が存在したのです」とRuffellは説明する。
3人で雑談中、Simmsは、カーニアン期にウミユリ類が絶滅していたという最近の発見について触れた。するとRuffellは、「当時は雨が降っていたんだ。ウミユリはきっと雨が嫌いだったんだよ」と言ったという。それは冗談半分で口にしたもので、当のRuffellは言ったことさえ覚えていないのだが、Simmsにとっては心に強く残る言葉だった。気候の変化は生物の絶滅を引き起こすことがある。とすれば、カーニアン期のウミユリ類の絶滅も、気候変化が原因だったのかもしれない。
これを機に、カーニアン期の謎の解明に共に取り組むことにしたSimmsとRuffellは、やがてドイツ、米国、ヒマラヤなどの岩石にも、カーニアン期の気候が湿潤だったことを示す証拠を発見する。それだけではない。この時期に絶滅の危機に瀕していたのはウミユリ類だけでなく、両生類や陸上植物の中にも姿を消したものがあることも分かった。1989年、2人はCPEと名付けたこの事象の証拠を地質学的観点からまとめ、学会や論文で発表した。
ところが、彼らの成果はほとんど話題にならないばかりか、一部の研究者からは強く批判された。「1人か2人の古参の研究者に、ばかげた考えだと言われたのを覚えています」とSimmsは振り返る。
1994年には、オランダ・ユトレヒト大学のHenk Visscher率いるチームが、「局地的に雨が増えた地域はあったかもしれないが大部分の環境は乾燥が続いていた」とする強い言葉による反証論文を発表した2。Visscherらによると、CPEの証拠とされた痕跡は、いずれも降水量の増加ではなく地下水位の上昇によって説明できるという。
痛烈な批判と無関心を受け、SimmsとRuffellは方向転換することにした。「この研究は終わりにして、別のテーマに取り組むことにしました」とSimmsは言う。Simmsは地質学と古生物学の道を進み、Ruffellは法地質学の専門家になった。
潤いの時代
しかし、CPE説が消えてなくなることはなかった。欧州、特にイタリアの地質学者たちが、カーニアン期に湿潤な環境が存在したことを示す証拠を集め続けていたからだ。そして、この時代の地球が全球的に湿潤だったことを示す証拠は、どんどん積み重なっていった。
カーニアン期の地球は、今とは全く違う世界であった(「変化の時代」参照)。陸塊は全てつながって超大陸「パンゲア」を形成しており、その気候は高温乾燥で、特に内陸でその傾向が強かった。陸上生態系は初期の恐竜などの小型の爬虫類が支配しており、顕花植物やイネ科植物はまだ出現していなかった。
変化の時代
数百万年にわたって続いた乾燥気候の後、後期三畳紀のカーニアン期に入ると、地球は100 万年以上にわたり、湿潤な気候を複数回経験した。この気候変化の時期は、現在の北米北西部に広がる「ランゲリア・テレーン」の中核をなす洪水玄武岩を生み出した大規模噴火の時期と一致している。こうした大変動は、恐竜類の爆発的な多様化など、大規模な進化的変化に拍車をかけた可能性がある。
哺乳類もまだ存在しなかったが、その出現がカーニアン期だった可能性も浮上している。2005年には、インド地質調査所(コルカタ)のP. M. Dattaが、インドのカーニアン階地層で発見した哺乳類のものと見られる歯の化石について記載しており3、2010年には、ドイツのカーニアン階地層から見つかった歯の化石が哺乳類のものである可能性が報告されている4。
哺乳類の起源を巡っては、論争が絶えない。現在リーズ大学(英国)に所属しているWignallは、「哺乳類がカーニアン期に出現した可能性はありますが、まだ発見されていないだけで、それよりも古い時代にすでに存在した可能性も否定できません」と言う。一方、多くの古生物学者は、真の哺乳類が出現したのは数百万年後のジュラ紀だったと主張している。とすれば、インドやドイツで発見されたカーニアン階地層の歯の化石は哺乳類のものではないことになるが、哺乳類の祖先のものと考えればつじつまは合う。
哺乳類の起源がどの時代に落ち着くにせよ、この10年余りで相次いだ一連の発見からは、他の進化的変化について強力な証拠が得られている。例えば、「石灰質ナンノプランクトン(円石藻)」と総称される植物プランクトン類はカーニアン期に出現した、という論文が2013年に発表された5。円石藻は、「円石」という炭酸カルシウムの硬い殻に覆われた単細胞生物で、現在の海でもたびたび大量発生(ブルーム)を起こしている。これらのプランクトンは、海洋の食物連鎖の基盤であることから「海の牧草」と呼ばれている他、海洋と大気の間の炭素循環でも重要な役割を果たしている。
イシサンゴ類が褐虫藻と共生を始めたのは、カーニアン期に入ってからだった可能性がある。 Credit: Charlotte Bleijenberg/iStock / Getty Images Plus/Getty
カーニアン期に大きな変化を遂げたもう1つの生物群は、造礁サンゴの代表格、イシサンゴ類である。イシサンゴ類が出現したのは中期三畳紀だが、大規模なサンゴ礁を形成するようになったのはカーニアン期に入ってからか、その少し後だった。化石の同位体組成やその他の手掛かりからは、イシサンゴ類がこの時期に共生者、すなわち光合成によって得た栄養を供給してくれる共生藻類を獲得した可能性が示唆されている6。
灼熱の世界
CPE説が広く受け入れられるようになったとはいえ、カーニアン期に温暖で湿潤な時期があったことを全ての研究者が確信しているわけではない。「私は今でも疑いを持っています」と言うのは、1994年にCPE説を強く批判したVisscherだ。彼は、この時代に気候が変化したことは受け入れているものの、「降雨が季節的になり、植生が1年周期で繁茂するようになった可能性もあるでしょう」と指摘する。また、ドイツのゲオルク・アウグスト大学ゲッティンゲンのMatthias Franzも、カーニアン階地層に認められる極めて湿潤な環境の痕跡が、他の地域はともかく、少なくとも欧州の一部では海水準の上昇が原因だった可能性を示す証拠を発見しており7、CPE説に疑問を呈している。とはいえ、Franzは「カーニアン期に何かが起きていたことは明らかです」とこの時期の重要性を強調する。「問題は、それが何だったかです」。
SimmsとRuffellは、CPE説を発表した当時、気候変化の原因として火山噴火を提案していた。そしてその有力候補となる大規模な火山活動の存在も、その後間もなくして明らかになった。カナダのブリティッシュコロンビア州から米国のアラスカ州にかけて延び、場所によっては厚さ数キロメートルに及ぶ大規模な玄武岩層群を作り出した地殻大変動である。
アラスカのランゲル山地にちなみ「ランゲリア・テレーン」と呼ばれるこの地質体は、今から約2億3200万年前、数十万〜数百万年にわたって膨大な量の溶岩を噴き出した複数の火山によって形成された巨大火成岩岩石区(LIP)の一部である。イタリア・パドバ大学のAndrea Marzoliによると、これらの火山は元は海底にあったが、溶岩の噴出が続くうちに海面上へと顔を出したのだという。
これらの大規模噴火がCPEと同時期に起きていたとすれば、地球を温暖化させるのに十分な量の二酸化炭素が火山噴火によって大気中に放出された可能性がある。そして、こうした全球規模の温暖化によって海や河川からの水の蒸発が促進され、雨量が増大したのかもしれない。一部の科学者は、この時期に起きた主な変化は地球温暖化であり、CPEという名称は誤解を招くと考えるようになっているという。
リーズ大学の地質学者Jacopo Dal Corsoは、「この流れを受け、世界各地で降水量の増加を引き起こしたのが、噴火により大気中に放出された二酸化炭素なのかどうかを明らかにしようと思いました」と言う。彼のチームは、イタリア・アルプス山脈のドロミテ山地で採取された、炭素を豊富に含むカーニアン階の岩石サンプルを分析し、2012年、炭素のより重い同位体である13Cの存在量がCPEの時期に異常に少なくなっていることを報告した8。これは、より軽い同位体である12Cが大量に大気中へと放出されたこと、そしてランゲリアの火山噴火がその主な供給源であった可能性を示している。
カーニアン期に地球の炭素循環が火山噴火によって約100万年にわたり乱された、というDal Corsoらの主張は、その後複数の研究によって裏付けられた9。しかし一部の研究者は、このつながりは仮説の域を出ていないと考えている。岩石の年代測定に伴う不確定性のために、ランゲリアの火山噴火がカーニアン期の気候変化や進化的変化と同時期に起きたと明言するのは難しいからだ。Wignallは、現在の不確定性の幅は100万年に上ることもあるが、それはカーニアン期がまだ集中的に調べられていないからだと指摘する。Marzoliは、ランゲリアの火山噴火の年代を明確にすることなどを目的として、2020年夏にサンプル採取を計画している。彼によると、CPEの原因として考えられる候補が他にないため、ランゲリアの噴火がその説明として最も適しているという。
一方で、CPEの時期に起きたと考えられる進化的変化の項目は増え続けている。
後期三畳紀の恐竜類である、古竜脚類のプラテオサウルス(中央)と獣脚類のリリエンステルヌスの想像図。これらの恐竜は、カーニアン期の後で急速に進化を遂げた。 Credit: Arthur Dorety/Stocktrek Images/Getty
中でも最も劇的な主張は、カーニアン期が恐竜類の急速な進化と拡大に不可欠だったというものだ。恐竜類が出現したのはカーニアン期より前の約2億4500万年前であったことが証拠から示されているが、最も初期の恐竜は数が少なく、ほんの数種しか知られていない。
明らかなのは、恐竜類がその後大きく様変わりしたということだ。カーニアン期の始めの恐竜はどれも小型で二足歩行をしていたが、この時代の終わりには鳥盤類や竜脚形類、獣脚類などの主要な分類群が出現していた。鳥盤類には後のステゴサウルスやトリケラトプスなどが、竜脚形類にはブラキオサウルスなどの首の長い巨大な植物食恐竜が、獣脚類にはティラノサウルスや鳥類などが含まれる。ブリストル大学(英国)の古生物学者Mike Bentonらは、ドロミテ山地で採取された年代が明確なサンプルのデータを用いてこれらの変化を記録し、後期三畳紀のさまざまな動物の足跡の詳細な年代スケールを作成した10。カーニアン期の初期にはクルロタルシ類というワニ類の祖先に当たる爬虫類が支配的だったが、この時代の終わりには恐竜類が陸上を支配していた。そして、この変化はわずか400万年の間に起こり、CPEの時期と一致していたという。こうして短期間に急速に多様化した恐竜類は、その後1億5000万年以上にわたって地球上に君臨することになる。
これらの多彩な変化に加えて、岩石の年代測定の不確定性から、研究者たちは、この時代の気候がどのように変化し、生態系にどのような影響を及ぼしたのか、一貫したイメージを描き出すのに苦戦している。とはいえ、カーニアン期が今や注目の話題になっていることは確かだ。「この時代の魅力の1つは、プランクトンから脊椎動物まで、いかに多様で多くの現代的な生物群がこの時代に出現したか、ということでしょう」とWignallは言う。
CPEはまさに、地球上の生命にとって大きな移行期の1つだった。三畳紀の地球はまだペルム紀末の大量絶滅からの回復途上にあったが、カーニアン期を境に、その後の地球を長年にわたって支配することになるいくつもの生物群が出現していったのである。
CPEを見いだして提唱した2人の研究者は、今日までの成り行きに驚き、そして喜んでいる。Simmsは現在、北アイルランド国立博物館(英国ダウン州)で地質学の学芸員を務めており、傍観者としてCPE研究の行く末を見守ることに満足している。一方のRuffellは、その後カーニアン期の研究を再開し、現在はクイーンズ大学ベルファスト校(英国)で研究を進めている。彼は、自身のカーニアン期研究が趣味から始まったのは皮肉だと笑う。進化の歴史を大きく揺さぶった激動の時代は、「そもそも、これを研究テーマとしていたわけではなかった2人によって発見されたのです」。
翻訳:三枝小夜子
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200314
原文
Did a million years of rain jump-start dinosaur evolution?- Nature (2019-12-05) | DOI: 10.1038/d41586-019-03699-7
- Michael Marshall
- Michael Marshallは、英国デボン州在住の科学ジャーナリスト。
参考文献
- Simms, M. J. & Ruffell, A. H. Geology 17, 265–268 (1989).
- Visscher, H. et al. Rev. Palaeobot. Palynol. 83, 217–226 (1994).
- Datta, P. M. J. Vert. Paleontol. 25, 200–207 (2005).
- Lucas, S. G., Heckert, A. B., Harris, J. D., Seegis, D. & Wild, R. J. Vert. Paleontol. 21, 397–399 (2010).
- Preto, N., Willems, H., Guaiumi, C. & Westphal, H. Facies 59, 891–914 (2013).
- Stanley, G. D. Jr Science 312, 857–858 (2006).
- Franz, M. et al. Glob. Planet. Change 122, 305–329 (2014).
- Dal Corso, J. et al. Geology 40, 79–82 (2012).
- Dal Corso, J. et al. Earth Sci. Rev. 185, 732–750 (2018).
- Bernardi, M., Gianolla, P., Petti, F. M., Mietto, P. & Benton, M. J. Nature Commun. 9, 1499 (2018).
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