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火星の地震から見えてきた地質活動

火星探査機インサイトに搭載された地震計は、ドーム状の格納容器の中に3台の高感度センサーが入った構造になっている。 Credit: NASA/JPL-CALTECH

火星の地震が猛烈な勢いで多数検出されている。火星の赤道付近に着陸した米航空宇宙局(NASA)のインサイト(InSight)ミッションの探査機は、この場所で1日約2回のペースで地震を検出していて、その検出頻度は増加している。

ジェット推進研究所(米国カリフォルニア州パサデナ)の地球物理学者でミッションの主任研究員であるBruce Banerdtは、「多数の地震を観測できています」と言う。彼は2019年12月12日にカリフォルニア州サンフランシスコで開催された米国地球物理学連合の秋季大会で、これまでに得られた知見を報告した。

報告によると、インサイトは2018年11月26日に火星に着陸して以来1年余りの期間に、322回の地震を検出している。地球と月以外の天体で地震が検出されたのは、今回が初めてだ(2018年8月号「火星の内部構造に迫る探査機」および2019年7月号「火星の地震を初観測!」参照)。科学者たちは、地震のデータを利用して火星の内部を探り、どのように地殻・マントル・コアの層に分かれているかなどを解明しようとしている。

火星の地震のほとんどは微弱で、私たちが地球上で感じる地震よりはるかに小さいが、中には科学者が震源を特定できるほど大きいものもあり、最大ではマグニチュード4程度のものも観測されている。

これまでに観測された地震の中で最大級の2つは、インサイトの着陸地点から東に約1600km離れた所にあるケルベロス地溝帯という地質学的に活発な領域で発生していた。この場所の地震は、火星の地殻中の断層に沿って蓄積していた応力が、断層面にある岩石の破壊によって解放されたことで引き起こされた可能性がある。

これまでにインサイトから得られた最大の成果は、火星の地震データのリストである。インサイトに搭載された高感度の地震計は、日中に地面を揺さぶる風が静まる夜間に地震を観測し、リストをますます充実させている。

火星の地震は大きく2種類に分けられる。一般的なのは周期の短い高周波地震で、周期の長い低周波地震は少ない。チューリヒ工科大学(スイス)の地震学者Domenico Giardiniは、高周波シグナルは地殻の浅部が破壊されたときに生じ、低周波シグナルはもっと深いマントルから伝わってくるのではないかと言う。

これまでに観測された最大の地震は2019年5月と7月に発生したものだが、どちらも低周波のものであった。研究チームのメンバーは地震のエネルギーをたどることで、震源がケルベロス地溝帯であったことを特定できた。ケルベロス地溝帯は比較的新しい地質活動が起きている領域で、この1000万年ほどの間に動いたと思われる断層などがある。

インサイトの打ち上げ前から、研究者たちはケルベロス地溝帯で発生する地震を検出できるかもしれないと予想していた。パリ地球物理研究所(1PGP;フランス)の惑星科学者Alice Jacobは、この領域の断層は端部に応力が蓄積しやすいと考えている。彼女が中心となって行った分析は、インサイトが検出した地震がここで発生した可能性を示唆している。

火星の地震の発生頻度は高まっているとBanerdtは言う。インサイトが着陸した当初は数回の散発的な地震しか報告されていなかったが、今では1日2回のペースで発生している。その理由はミッションチームの科学者にも分からないという。

このミッションで得られたその他の初期の知見として、探査機の周囲で毎晩真夜中頃に出現する謎の磁気パルスもある。これも同様に不思議な現象だ。インサイトは磁力計でこれらの測定を行っていて、科学者たちは、火星の周りの宇宙環境で起こる現象と関連があるのではないかと考えている。1つの説は、太陽風の荷電粒子が火星に衝突するときに発生するのではないかというものだ。

「モグラ」の試練

インサイトの主要な目標のうち、現時点で最も難航しているのは、火星の地中5mの深さまで熱流量計のプローブを打ち込むという作業である。「モグラ(mole)」と呼ばれるこのプローブは、当初は順調に土を掘り進んでいたが、2019年10月に突然、穴から押し出されてしまった。ミッションエンジニアたちが「モグラ」を設計した時に想定していた土は、火星で実際に掘ることになった土とは違っていた。砂糖の容器に指を突っ込んでから引き抜くと、周囲の砂糖がすぐに崩れてくるため穴はできないが、小麦粉の容器に指を突っ込んでから引き抜くと、周囲は崩れず穴が残る。ドイツ航空宇宙センター(DLR;ケルン)の宇宙科学者Tilman Spohnによると、「モグラ」は、砂糖のように粒子同士がほとんど粘着せず、絶えず崩れてくる非粘性土の摩擦力により周囲を支えられながら下に掘り進めることを想定して設計されていたが、インサイトの着陸地点の土は、小麦粉のように粒子同士が粘着する粘性土だったのだという。

実際に「モグラ」が火星で地面を掘り始めると、周囲の土が押し固められて穴ができた。そして、「モグラ」と穴の側面との間には十分な摩擦力が生じなかったため、掘り進められなくなってしまったのだ。Spohnは、粘性土を使った実験ではこのような状況を見たことがあったが、インサイトの着陸地点の土壌は、火星の他の探査機の着陸地点と同じく非粘性土だろうと思い込んでいたと言う。

ミッションエンジニアたちは、探査機のアームを使って「モグラ」を穴の側面に押し付けることで、穴を掘り進めるための摩擦力を加えようとしている。「モグラ」は今、ゆっくりと慎重に、再び地中に進み始めている。

「クリスマスの頃には、振り出しに戻るというプレゼントを手にしているかもしれません」とSpohnは言う。「今の状況では大歓迎です」(訳註:インサイトの公式ツイッターによると、「モグラ」はその後順調に掘り進んでいたが、2020年1月22日に再び数cm押し戻されてしまったという)。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 3

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200308

原文

‘Marsquakes’ reveal red planet's hidden geology
  • Nature (2019-12-13) | DOI: 10.1038/d41586-019-03796-7
  • Alexandra Witze