研究者としてSNSをどう使っていくか
日本および世界が直面する超高齢化、温暖化などの課題に科学技術で貢献をしていくためには、科学と社会の信頼関係の維持は欠かせません。しかし、研究不正や震災を経て明らかになった多くの問題に加え、SNSによっても、信頼の分断はますます深まっています。研究者はどのような点に気を付けていくべきでしょうか。
SNSは感情の空間
科学と社会の信頼をつなぐ活動として1990年代半ばに英国で生まれたサイエンスコミュニケーションは、当初、コミュニケーターやインタープリター、科学ジャーナリストがその担い手と考えられていました。しかしSNSが日常的に使用される現在、その担い手は、SNSを使う研究者や研究機関にシフトしました1。
SNSが立ち上がって間もない2005年ころには、SNSによって議論が深まることが期待されましたが、現在では分離したイデオロギー団体がお互いを痛烈に批判し合う、感情が支配する装置になってしまったとの指摘があります。また、研究者もSNSを使う中で良くも悪くも普通の人であることが社会に見えるようになり、科学が誰にでもできるかのような錯覚をもたらし権威を落としていったという指摘もされています2。
「フィルターバブル」やクラウドファンディング
言いっ放しのSNSは、互いの主張に耳を傾け合意形成をしていく場とは程遠い現状があります。しかし、だからといってSNSがなくなるわけでも使わなければよいというわけでもありません。いかに賢く付き合い、科学を伝え科学の信頼をつなぐという本来の目的をいかに達成するか、という点が重要です。
インターネットでは、GoogleやAmazonを使うことで「フィルターバブル」3という現象が生じています。サジェスト機能により自分好みの情報(フィルター)に囲まれ、広い意見分布を目にする機会が減る現象です。これに陥らないためには、なるべく広い意見に触れるよう心掛ける必要があります。SNSでフォローするのは好みの言説を述べる人ばかりではないか確認するのもよいでしょう。
また、近年、多くの大学や研究機関が、インターネット上で小口の支援を募るクラウドファンディングを用いるようになりました。これを用いた研究は、研究資金獲得時にピアレビューがないことが特徴です4。相当の準備をもって望むことが必要で、成功させるには、支援を集めるのに適した研究テーマ設定も必要です。若手の方の場合は、審査を経て配分される助成金の方がためになるかもしれません5。
イデオロギーの困難と科学者の責任
SNS上ではイデオロギーの対立が年々激化していますが、もし皆さんがいち早く、社会に専門の情報を知らせたい場合、SNSは強力な拡散ツールとなります。研究者に求められている社会的責任は、社会を安心に導くことでも政策判断を下すことでもなく、科学に基づいた安全基準について説明をすることです。ただし、個人で発信する場合は説明が偏ることも否めません。そこで、学会や研究グループで解説文章などをあらかじめ作成してウェブページに掲載し、そのURLを紹介しながら補足説明をするなどの形をお勧めします。
米国をはじめ、世界ではイデオロギーの極端な二極化が進んでおり、例えば共和党支持者は科学リテラシーが高い人でも気候変動を信じない人が大半です。残念なことに、科学的事実を基に政策を検討することが困難な状況があります。科学と政治の関係は複雑ですが、少なくとも米国のように割れていない日本が世界の中で、少しでも人類全体への貢献になる合意形成を後押ししていくことは可能かもしれません。それには研究者が、SNSを楽しみながらSNSでもその責任を果たす必要があり、研究者として信頼される発言、振る舞いが求められるのです。
横山 広美(よこやま・ひろみ)
東京大学 Kavli IPMU 教授
専門は科学技術社会論。2017年から現職。2015年科学技術社会論学会柿内賢信賞研究奨励賞受賞。日本学術会議連携会員。
Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2019.190915
参考文献
- Bucchi, M. Public Understanding of Science 22, 904–915 (2013).
- Collins, H. Are We All Scientific Experts Now? (2014).
- Pariser, E. The Filter Bubble: What the Internet Is Hiding from You (Penguin Press, 2011).
- Ikkatai, Y., McKay E., Yokoyama H. M. JCOM 17, A06 (2018).
- Ikkatai, Y., McKay E., Yokoyama H. M. Japanese Journal of Science Communication 24, 55–67 (2018).